非婚のシングルマザーに寡婦控除を認めるべきか――2010年前後から、非婚のひとり親家庭の保育料や公営住宅の家賃等を、結婚歴のあるひとり親と同水準にする自治体が増えてきました。これは各自治体における寡婦控除の「みなし適用」ともいえる動きですが、近年、所得税法上においても寡婦控除の改正議論が注目を集めています。今回は寡婦控除や我が国における伝統的な家族観などに着目してみましょう。

寡婦控除の要件と税制改正
所得税法は、居住者が寡婦又は寡夫である場合には、その者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から27万円を控除するとしていますが(所法81①)、ここで、寡婦とは、次に掲げる者をいうと定義されています(所法2①三十)。
イ 夫と死別し、若しくは夫と離婚した後婚姻をしていない者又は夫の生死の明らかでない者で
政令で定めるもののうち、扶養親族その他その者と生計を一にする親族で政令で定めるものを有するもの
ロ イに掲げる者のほか、夫と死別した後婚姻をしていない者又は夫の生死の明らかでない者で政令で定めるもののうち、…総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額…が500万円以下であるもの
ここで注意が必要なのは、寡婦とは、夫と「死別」「離別」又は「生死不明」となった者のみであることです。すなわち、結婚歴のない「非婚」の場合には寡婦には該当しないため、非婚のシングルマザーには寡婦控除が適用されないのが現状です。
さて、平成30年12月に平成31年度与党税制改正大綱が発表されました。そこでは、所得税法上の寡婦控除を非婚のシングルマザーにも適用すべきか否かが議論されましたが、地方税法上の取扱いについてのみ適用するという結論になり、結果的に所得税法上の寡婦控除の改正は見送りとなりました。
同大綱では、「子どもの貧困に対応するための個人住民税の非課税措置」として、次のように述べています。
「子どもの貧困に対応するため、事実婚状態でないことを確認した上で支給される児童扶養手当の支給を受けており、前年の合計所得金額が135万円以下であるひとり親に対し、個人住民税を非課税とする措置を講ずる。」
そして、非婚のシングルマザーに対する寡婦控除の適用の要否については、平成32年度税制改正での検討事項としています。
「子どもの貧困に対応するため、婚姻によらないで生まれた子を持つひとり親に対する更なる税制上の対応の要否等について、平成32年度税制改正において検討し、結論を得る。」
この点、2018年12月14付け日本経済新聞(デジタル版)は、「自民党内では保守系の議員を中心に寡婦控除の見直しに慎重な声があった。結婚を選択しないカップルの増加を助長し、伝統的な家族観を揺るがす懸念があるとの理由から」非婚のシングルマザーへの寡婦控除の適用に否定的な見解が展開されたと報道されています。
法制度と家族観
ところで、民法学者の大家の一人である我妻榮博士は、家族法を大改正した昭和22年民法改正について、「わが国の世界に誇るべき『家族制度』の崩壊だといって悲しんでいる人が、中年層以上の人々の間にかなり多かった。」とされ、「しかし、このような人々は、家・戸主・家督相続という特定の法律制度と、親に孝、兄弟に友、夫婦相和し、親族互に扶けあうという家族道徳とを混同している。」と指摘されています(我妻『民法案内1〔第2版〕』78頁(勁草書房2013))。
そして、我妻博士は、わが国の家族観に「美しい一面」と同時に、「醜い一面もあったことを自覚」する必要があるとし、更に、それまでの法律制度が全ての者の意思を認め、協力してできる秩序形成には妥当しない側面をもっていた点を指摘し、次のように述べられています。
「家族関係に対しても、国家社会全体の必要から、一定の枠を設けて、自由を制限することは、決してその例に乏しくない。しかし、家族関係は、最も個人的な、最も人格的なこととして、いかなる国家においても、自由・平等の原理が最も強く維持されていることは、疑いない。戦時統制のいかにきびしいときでも、婚姻を強制したり、配偶者を配給する制度は考えられないであろう。だから、私法の指導原理を自由・平等とする限り、家族関係こそ、最も純粋に私法的な分野だということができる。」(前掲書82頁)。
前述の自民党内の保守系議員がいう「家族観を揺るがす懸念」が何を指すのかについては判然としませんが、考えようによっては、結婚を選択することのみを我が国の家族観とした上で、結婚を選択しない自由に対する事実上の制約となり得る制度を維持することに問題はないのかという疑問も惹起されます。