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酒井克彦の「税金」についての公開雑談~保険の本質~

我が国の国民の健康志向は、ここ10年で飛躍的に増加しているように思われます。テレビなどでも健康や医療にフォーカスした番組も多く、また、喫煙に対する世間一般の考え方も大きく変化しているのではないでしょうか。そうした健康に係るリスクに対応するものとして生命保険をはじめとする各種保険が存在しますが、保険商品の進化も目覚ましいものがあるでしょう。今回は「保険」に着目をしてみたいと思います。

国民の健康志向の高まり

我が国の国民の健康志向は顕著なものがありましょう。
厚生労働省によれば、国民の生活の面で以下のような指摘ができるとされています。

「疾病の予防や健康維持に関心を持つ人が増えているように見受けられる。たとえば、休日や昼休みに河川敷や公園をジョギングする人もよく見かけられるようになり、フィットネスクラブの利用者数は年を追うごとに増えつつある。また、特定保健用食品(いわゆる『特保』)の市場規模は10年間で倍増したほか、喫煙率は年々減少するなど、食生活や個人の嗜好の面においても健康志向が垣間見られるようになっており、健康に対する意識は近年高まっていると考えられる。」

このように、国民の健康志向は、ここ10年で飛躍的に増加しているものといえそうです(なお、10年以上前には、むしろ健康志向は低下していたとする分析として、上杉正幸「現代日本人の健康意識の分析」香川大学教育学部研究報告〔第1部〕83頁(2007))。

さて、健康のためには、食事のみならず、適度な運動など体を動かすことも重要です。
運動を含む身体活動をよく行う人は、生活習慣病の罹患率や死亡率が低く、また、高齢者にとっても日々の身体活動が寝たきりを防止する効果があると言われています。

例えば、国立循環器病研究センターの調査では、1日の歩行時間や1週間のスポーツ時間が長い人の方が循環器病による死亡率が減少するという結果がでています(厚生労働省『平成26年度厚生労働白書』79頁(以下の2つの図も同白書より))。

〔1日の歩行時間と循環器疾病による死亡の関係〕

〔歩数と生活習慣病による死亡者数(人口10万人当たり)の関係〕

「歩くと長寿」~生命保険との関わり~

「たくさん歩くと健康増進、長寿につながり、病気や死亡のリスクが減る。」
上記のデータは、そうした点を表しているといえるでしょう。

さて、歩行と健康の関係がこのようなデータのとおりであるとすると、医療保険や生命保険に加入するインセンティブが下がることにもなるでしょう。
もっとも、医療保険等に関する需要が減ることにより、供給側(生命保険会社の側)での価格競争が起き、保険料が下がるという図式は好ましくありません。むしろ、病気や死亡のリスクが減ると死差率が低くなり、生命保険会社の利益が増加することで保険料が下がるという傾向を生命保険会社は模索しているといえそうです。

そのような利益確保のために、保険加入者が健康であることが望ましいことはいうまでもありません。そこで、近年、「たくさん歩く健康増進」を生命保険会社としては推奨するべきとの方針が打ち出されています。

これが、例えば、東京海上日動あんしん生命の「あるく保険」のサービスです(坂井隆之=宮川裕章ほか『AIが変えるお金の未来』99頁(文藝春秋2018)によると、同保険会社の担当者は、「キャッシュバックを励みに加入者が健康増進に努めれば、結果的に私たちが支払う保険金も減る」と説明しているようです。)。

かくいう筆者も、同様のアプリケーションをスマートフォンにインストールして、歩数を気にしながら生活をしています。
自動車保険の領域では、ドライブレコーダーを取り付けた車に対して保険料が安くなるという設定の保険が広まりつつありますが、それと原理は同じものであるともいえるかもしれません。

保険は変わりつつあり、また多様化しています。
例えば、保険は、単に疾病や死亡に備えるためというものとは別に、節税のための機能を有していることも、もはや租税実務家にとっては当たり前の話でしょう。

保険のシステムを日本に紹介したのは福沢諭吉といわれていますが、福沢は、その著『西洋旅案内』において、「一人(いちにん)の災難(さいなん)を大勢(おおぜひ)に分(わか)ち、僅(わずか)の金(かね)を棄(すて)て大難(だいなん)に遁(のが)るる」と説いています。

そして、福沢の時代から続く我が国の保険は、今ITとの関わりにおいて変容しつつあるともいわれているところです。
松本尚也氏は、将来起こるかもしれないリスクに対し、予測される事故発生の確率に見合った一定の保険料を大勢の人が少しずつ出し合い、万一の事故などに備えるという保険の仕組みを説明した上で、ITが保険を変えつつある点を論じています(坂井=宮川ほか・前掲書111頁)。

「リスクに対応するための保険」に対応するための保険

このように保険とは、将来のリスクに備えるためのものですが、かかる保険を使って節税を行い、その節税策が税務当局によって否認されることによる新たなリスクを招来するとなれば、保険の保険たる本質を見失っているようにも思われてなりません。

となるとすれば、「保険契約による節税が否認されたときのリスク」に備える保険に加入しないといけないことになりはしないでしょうか。見方を変えれば、現実的には税理士賠償責任保険などがその一部を賄っているといってもよいのかもしれません。

それは、あたかも、「あるく保険」を気にしすぎて、携帯電話やスマートフォンの画面に夢中になることで生じる交通事故のリスクのために別の損害保険に加入する、あるいは歩きすぎによる肉離れや関節炎に備えるための医療保険に加入するというような話であって現実的ではないかもしれませんが、さりとて、単純に笑える話でもなさそうに思われるのです。

税理士賠償責任保険は、否認されないような手堅い確定申告の作成にインセンティブを持たせるような商品設計を考えるべきなのかもしれません。例えば、税務調査後の是認通知書の写しを提出すると保険料が下がるといった商品が考案される日も来るのではないでしょうか。

著者: 酒井克彦

中央大学商学部教授 兼 法科大学院教授/法学博士

中央大学商学部教授。法学博士。現在、税務会計論・租税法などを担当。一般社団法人アコード租税総合研究所 所長、一般社団法人ファルクラム 代表理事。単著に『スタートアップ租税法〔第3版〕』、『クローズアップ保険税務』他5冊のアップシリーズ、『所得税法の論点研究』(財経詳報社)、『裁判例からみる所得税法』、『裁判例からみる法人税法〔2訂版〕』(大蔵財務協会)、『レクチャー租税法解釈入門』(弘文堂)、『プログレッシブ税務会計論Ⅰ、Ⅱ』(中央経済社)、『アクセス税務通達の読み方』(第一法規)など。その他、論文多数。
■一般社団法人アコード租税総合研究所
http://accordtax.net/
■一般社団法人ファルクラム(FULCRUM)
http://fulcrumtax.net/

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