人気連載第15弾! 東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた税制コンサルタントMariaが、あらゆる国の税に関するエピソードをご紹介。今回は、出産をした筆者が改めてまとめ直した、赤ちゃんにまつわる税制についてです。
お母さんになりました!
明けましておめでとうございます。みなさま、平成最後の年越しは、どのように過ごしましたか?
日本の年末年始は、こたつでゆっくりバラエティ特番を見るのが筆者のお気に入りの年越しスタイルです。しかし今回は、ゆっくりと過ごすことはできませんでした。
その理由は・・・年末に出産したためです! お母さんになりました!

香港は日本よりも出生率が低い
香港と日本、どちらも出生率がとても低いです。少子国として、それぞれの国がその対策として、どんな政策を提供しているか、税制の観点から見てみましょう。
その前に、まずは「期間合計特殊出生率」について、一度整理します。少子高齢化である日本では、ニュースでよくとり上げられる単語です。
期間合計特殊出生率は、一人の女性が15歳から49歳までの間に産む子どもの数です。この理屈でいうと、人口が増えていくか減るかの境目・・・つまり人口を保つには、出生率が2.07ある必要があります。
カップルの間に2人子どもができれば次世代の頭数は保たれるのでは(出生率は2でいいのでは)?とも思えますが、実際には生まれてくる子どもは男の子が若干多いことや、妊娠可能な女性の死亡率を考慮する必要があることを踏まえ、2.07が境目だといわれています。
さて、米国CIAの2017年版ランキングによると、日本の出生率は1.43で、世界ランキングの中では下から16番目です。香港はさらに低く1.19で、ワースト4位です。日本も香港も、少子化に悩む国なのです。

出産にかかる費用の控除
まずは、出産にかかる費用の控除から比べてみましょう。
日本の所得税の計算上、出産にかかる費用の中で一定のものは“医療費控除”として、その年の所得の金額から差し引くことができます。実は、意外とたくさんのものが引けるんですよ!
(1) 妊娠確定後の定期検診、検査の費用
(2) 通院費用(領収書は不要。一般に電車代やバス代が想定されるが、タクシーを利用した場合でも入院時にやむを得ない場合はOK)
(3) 病院に対して支払う入院中の食事代(出前や外食を除く)
これらの支出を合計した金額から、補填された金額(保険組合から支払われる出産育児一時金など)を差し引いた金額・・・つまり自己負担分を算出します。その自己負担額が10万円を超える場合、その超えた金額を医療費控除として申告できます。この控除を申告するには、確定申告をする必要があるので要注意です。
出産にはお金がかかります。しかし日本においては、出産育児一時金が2019年現在、おおよそ42万円支払われることと、そこでカバーしきれなかった部分については医療費控除を通して、いくらか税上も還付を受けることができるという2点を考えると、なかなか手厚くカバーされているという印象を受けます。

さて、一方香港はどうでしょうか。
香港では、実は・・・香港の所得税の計算上、医療費控除というものはありません(泣)! 香港は、そもそも税制がとてもシンプル(税率が低く、控除の数も限られている)なので、医療費控除といったような細々した項目が設定されていないのです。また、出産一時金のように政府から支払われるものもありません。
香港の出産費用は公立の病院だと比較的安く済みますが、私立病院だとウン百万になることもしばしば。香港に住んでいる人々はどうするのかというと、まずは安く済む公立病院での出産を検討します。公立病院だと、出産しても数千円程度で済んでしまうのです。待ち時間が長いなどありますが、医師の腕はとてもいいですし、設備も綺麗なので、在香港日本人も多く公立病院を利用しています。
プラスアルファの快適さを求める人、かかりつけのプライベートドクターがいる人、または任意で加入している保険を通して出産費用がある程度カバーされる人は、私立病院での出産を選択する傾向があります。そう、香港ではプライベートの保険会社の補填次第で病院選びが決まるのです。健康保険制度も医療費控除の制度もない香港・・・この点においては、日本のほうが手厚いですね。
扶養控除
次に、日本の扶養控除を見てみましょう。扶養控除とは、同じオサイフで生活する家族について、その負担を考慮して、一定の金額をその年の所得から差し引いて税計算をするものです。子どもに限らず、親や、いとこなどの親族・姻族を扶養している場合も扶養控除を申告することができます。
養う家族が増えるのですから、赤ちゃんが生まれると扶養控除を申告できそうな気がしますよね。しかしながら、日本の所得税の扶養控除は、その年の年末時点での年齢が16歳以上の扶養親族を対象としています。
そう、つまり・・・赤ちゃんが生まれても、16歳になるまでは扶養控除が申告できないのです。これ、以外と知らない方が多いんです!
赤ちゃんが生まれてから16歳になるまでの間、なぜ扶養控除を申告することができないのでしょうか。これは、子ども手当(現在の児童手当)の導入と関係があります。児童手当が導入される平成22年以前は、16歳未満の扶養親族についても、所得税上控除を申告することが可能でした。児童手当の導入と同時に、扶養控除が廃止されたというカラクリです。
現行の児童手当では、0~15歳までの子どもを扶養している場合、以下の金額が受け取れます。
0歳~3歳未満:15,000円/月
3歳~小学校修了前(第2子まで):10,000円/月
(第3子以降):15,000円/月
中学生:10,000円/月
しかし、児童手当には所得制限があり、所得の高い方は上記の金額によらず、月額5,000円しか受け取れません(所得制限額は東京都の場合、子供1人の場合660万円、2人の場合698万円、3人の場合736万円、それ以降は38万円ずつ加算)。この5,000円は“特例給付”というものですが、廃止に向けた動きがあるため、高所得の世帯は児童手当をまったく受け取らなくなることも考えられます。
いずれにせよ、平成23年以降、政府は16歳未満の子どもがいる家庭への政策を“扶養控除”から“児童手当”に切り替えました。扶養控除を申告して税金を安く済ませるのと児童手当を受け取るのとでは、どちらが家計にとってお得だったのでしょうか。
扶養控除は税前控除(税率を掛ける前の控除)なので、税率によって控除額のインパクトが変わります。そう考えると、税率の高い高所得世帯の方が扶養控除でのお得感が大きいといえますね。児童手当の制度には所得制限があるため、高所得の世帯へは手厚い手当は支払われません。それらを考慮すると、所得の低い方ほど児童手当への切り替えで得をし、所得の高い方は従前の扶養控除の方が得だったといえるでしょう。
例えば、課税される所得金額が400万円の場合、従前の扶養控除のもとでは、赤ちゃんを産んで安くなる税はおおよそ年額109,000円でした(所得税からの控除38万円、住民税からの控除33万円、所得税率20%、住民税率10%が計算の前提です)。児童手当への切り替え後は、この金額が申告できない代わりに、年額180,000円を児童手当として受け取ることになります(3歳未満の場合)。
一方、課税される所得金額が2000万円の場合、従前の扶養控除のもとでは、赤ちゃんを産んで安くなる税はおおよそ年額185,000円でした(所得税からの控除38万円、住民税からの控除33万円、所得税率40%、住民税率10%が計算の前提です)。児童手当への切り替え後は、この金額を申告できないうえに、児童手当の受給に際して所得制限に引っかかってしまうため、年額60,000円の受給額になります。
と、日本の話が長くなりました。

香港では、Child Allowanceとして、25歳までの未就労の子ども1人につき、年間12万香港ドル(日本円でなんと約166万円!)の税前控除が申告できます。香港の所得税率は最高でも15%なので、税後インパクトは年間約25万円にもなります。日本の倍以上、税制を通したキャッシュインパクトがあります。その代わり、児童手当のように政府から支払われるものはありません。
まとめると、日本には出産一時金、医療費控除と児童手当の制度が、香港にはChild Allowanceの制度があります。日本の制度の方が細やかであり、特に低所得の世帯へ届くものになっています。香港は細やかな制度でない代わりに、分かりやすい&金額の大きい控除が一本太く存在しています。分かりやすさでは香港が勝っているといえるでしょう。
今日の結論:とにもかくにも、赤ちゃんはかわいいです!!!