人気連載第24弾! 東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた税制コンサルタントMariaが、あらゆる国の税に関するエピソードをご紹介。今は反政府デモに揺れるレバノン。以前、現地へ旅行した筆者が、現地の税制についてご説明します。
“中東のパリ”と呼ばれるレバノン
レバノンの首都ベイルートへ行ってきました(3年前ですが・・・)!
普段なかなか訪れるきっかけのないレバノン。友人の結婚式のために、当時住んでいたニューヨークから飛行機に乗り、トルコ経由で行ってきました。
それまで中東へ行ったことのなかった私は、漠然と、治安への不安を抱えたまま旅行へ行きました。
ところがベイルートへ訪れた2016年当時は、とても平和でした。街中に内戦の爪痕はあったものの、街ではおしゃれな若者が楽しそうに歓談し、商業施設も発展しており、まさに“中東のパリ”と呼ばれるゆえんを体感できました(レバノンはかつてフランスに委任統治されていたため、随所にその影響が残されています)。
実は到着したのは深夜1時過ぎ。
そこから薄着で街中のバーへ行ったのですが、女性が深夜に飲み歩いていても、かつブルカを着ていなくても、誰も変な目で見てくるようなことはありませんでした。想像よりもずっと、そのほかの国際都市と似ていました!「 百聞は一見に如かず」ですね。
新税導入がきっかけで始まった、レバノンにおける反政府デモ
現在、イラクや香港など、世界各地で反政府デモが繰り広げられていますよね。
レバノンにおいても、2019年10月中旬から反政府デモが繰り広げられています。レバノンにおけるデモのきっかけは、無料通信アプリ「WhatsApp」を使った無料通話への課税を政府が発表したことでした。
WhatsAppは、世界最大のスマートフォン向けメッセンジャーアプリです。日本においては「LINE」が普及し親しまれていますが、WhatsAppは世界に10憶人以上ものユーザーを抱えています。
そんなWhatsAppを利用した無料通話に対して課税を発表したレバノン。背景は財政難でした。どのくらい財政難かを政府債務対GDPで見てみると、世界ワースト6位で151%です。どうにかして歳入を増やす必要がありました。ちなみにワースト1位はぶっちぎりで日本、237%です・・・。
しかしながら当課税案の発表は、大規模反政府デモへと発展しました。
道路は封鎖され、銀行も営業ができない状態になる等、都市機能が停止してしまったのです。これを受け、政府は課税案の撤回を余儀なくされました。しかし、それでもデモは収まらず、ハリリ首相は辞任せざるおえない状況となりました。
ひとつの法案がきっかけでデモが始まったという構図は、香港と同じです。
現在続く香港の反政府デモも、逃亡犯条例の改正案がきっかけでした。
しかしどちらの国においても、きっかけとなった法案が撤回された後になっても、反政府デモは続いてしまっています。
香港においては“一国二制度”の限界や、大陸中国への政治的不満、また高騰する不動産価格への不満等、社会構造のひずみが次から次へと露呈されていきました。
レバノンにおいても事態は収束していません。格差の広がりや、若者の高い失業率等への不満が爆発し、現在のデモへと繋がっていると報道されています。
さて、ここで疑問が生じます。財政難にあえいでいたレバノン政府が、新税を導入しようとして暴動に繋がりました。日本では暴動にこそなりませんでしたが、財政難にあえぐ政府が、増える歳出へ備えるために消費税増税を実施しました。
財政難の度合いでいうと、日本のほうがはるかに深刻です(政府債務対GDPが日本は237%、レバノンは151%)。レバノンが暴動にまで発展したのは、なぜでしょうか。実はもっと深刻な事態が起きていたのではないでしょうか。
実際に格差や失業率をデータで確認しようとしても、実はレバノンの財政や経済データは公表されていないものが多いため、ニュース記事を渡り歩いても、なかなか数字が確認できないのが現状です。
格差を数値化したものとしては、「ジニ係数(Gini Coefficient、所得分配の不平等さを測る指標)」が信頼できます。世界銀行の公表する世界のジニ係数を見てみると、レバノンのデータは2008年のものとなっており、残念ながらこちらも現状を正確に反映したものではなさそうです。
そこで非政府団体World Inequality Databaseの掲載の資料を参考にしてみます。レバノンにおいては、トップ1%が国民所得の25%を、トップ10%が55%をシェアしています(2010-2014、WID調べ)。
日本を同年データで比べてみると、日本においてはトップ1%が国民所得の10%を、トップ10%が41%を占めていました。日本と比べると、格差があることは数値として確認できます。しかしながら、2つの国が極めてかけ離れているのか? というと、そうでもない気がします。
では、失業率はどうでしょうか。レバノンにおける完全失業率は2018年時点で6.17%でした。さらに15~24歳の若者に絞ると、その数値は17.36%にもなります(Youth unemployment rate, ILO調べ)。いっぽう日本の完全失業率は2.4%、さらに同定義の若者に絞ると3.7%程度です。レバノンは、深刻な失業率を抱えていることが分かります。
もし日本においても、若者の失業率が17%にまでのぼったらどうなるでしょうか。
・・・個人的な見解ですが、日本においては、広く大衆の参加するデモというのは、あまり想像できない気がします。かつては学生運動が盛んな時期もありましたが、現在の日本はどうも、デモと遠縁であると思ってしまいます。
高い失業率や財政難といったことだけがデモの理由となるのでなく、国民性といった定性的な背景が大いにデモのきっかけとなるのではないでしょうか。
レバノンの税制
そんなレバノンの個人税制はどのようなものなのでしょうか。
何となく、中東というと産油国というイメージをお持ちの方が多いはず。その代表例であるサウジアラビアやUAEの歳入は、実際にオイルマネーで潤っています。結果、無税率あるいは低税率国家が多い地域となっているのです。
しかしレバノンにおいては、その限りではありません。これまで内戦で国内が不安定であったレバノンは、石油採掘に本腰を入れていませんでした。実際に、つい今年になって、政府は海底石油の採掘を始めるとアナウンスしたばかりです。
そんなレバノンにおいては、税収がとても大切な政府歳入の手段です。個人税、法人税、相続税、付加価値税(VAT、日本における消費税のようなもの)、関税等、税目はフル装備されています。
税収内訳は残念ながらデータが公表されていないため、どのようなタックス・ミックスかはご紹介できません。しかし、各税目の詳細は公表されているので、個人に関係する税目をご紹介いたします。
まずは、個人の所得税。4~21%の累進税率で課税されます。不動産の譲渡益については15%の比例税率が適用されます(個人につき2軒までの居住用家屋、かつ12年以上所有しているものを除く)。
次に、相続税。12~45%の累進税率です。意外と高い最高税率が設定されていますね。
最後にVAT。標準税率は11%と、なんと日本よりも高く設定されています。しかし日本と異なり、免税の対象となる商品が多く指定されています。以下は免税対象商品の一例です。
- ・生鮮食品(肉、魚、野菜等)
- ・殆どの飲食料品
- ・ベビーフード
- ・宝石類(真珠、ダイヤモンド、金、銀、天然石等)
- ・本、雑誌、新聞、紙類、インク類
- ・切手
- ・ガス
- ・種、農耕用品
- ・医療用薬品、医療用器具
日々の生活に必要な飲食料が免税の対象であることは、他の国にもある制度です。しかしながら、金・銀・パール等を含む宝石類へのVATも免税されるのは、なんともお国柄が反映されていておもしろいですね。
宝石商にレバノンを含む中東出身の方が多いのは、このような制度が背景にあるのかもしれません。
今日の結論:レバノンの財政難、WhatsAppに課税するのではなく、まずは宝石類へのVATを免税でなくしてみるのはどうでしょう・・・?
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