前回は採決の概要や事実関係、争点、納税者と課税当局の主張を紹介しましたが、今回は審判所の判断について検討し、解説します。

相続により取得した上場株式の取得費について、被相続人の名義書換日の終値により算定することが相当であると判断した事例【所得税(譲渡所得)】(その2)

国税不服審判所令和元年11月28日裁決(国税不服審判所HP)

第1回  相続で取得した上場株式の取得費の判断~1~

5.検討

(1)相続で取得した株式等の取得費の引継ぎ

所得税法第60条第1項第1号は、居住者が、贈与、相続(限定承認に係るものを除く)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く)により譲渡所得の基因となった資産等を取得した場合、前所有者(被相続人)の未実現キャピタル・ゲインに対する課税を転稼させるべく、資産を取得した受贈者又は相続人に前所有者の資産の取得価額が引き継がれる旨規定している。

(2)特定口座内保管上場株式等の譲渡に係る申告不要制度の特例

居住者等が金融商品取引業者等に一定の要件を満たす特定口座を開設して、当該業者との間で上場株式等保管委託契約等を締結し、かつ「特定口座内源泉徴収選択届出書」を提出したときは、保管されている上場株等の譲渡に係る所得金額については、15%の税率(この他、復興特別所得税を併せると15.315%)により源泉徴収が行われる(措法37の11の4①②)。この場合当該居住者等は、その年分の所得税の確定申告に際して、当該譲渡等に係る所得の金額(又は損失の金額)を除外することができる(申告不要制度。措法37の11の5①)。すなわち、源泉徴収選択口座内において生じた上場株式の譲渡による所得については、源泉徴収のみで課税関係が終了することになる。なお、申告不要制度の概要は、利子・配当を収受する居住者等の場合も同様である(措法8の5①)。

(3)修正申告書の位置付け

通則法第19条は、納税申告書を提出した者又は更正決定の処分を受けた者等が、その法定申告期限後において、その申告又は更正決定に係る税額が過少であること等を理由としてその税額等を変更するため修正申告書を提出できる旨規定している。したがって、修正申告によって修正することができる事項は、先の申告又は更正若しくは決定に係る課税標準等又は税額である[1]。本件において、請求人は、譲渡所得の金額(又は譲渡損失の金額)を確定申告に含めないという選択をしたものといえるから、その後にされた修正申告において、譲渡所得の金額(又は譲渡損失の金額)を上場株式等に係る譲渡所得等の金額(又は譲渡損失の金額)の計算上、算入することはできない(争点1)。

これに対し請求人は、修正申告は、納税者が源泉徴収口座における上場株式等に係る譲渡所得等を初めて申告するものであるから、源泉口座の損失や配当金額を算入できる旨主張する。しかしながら、審判所は、このような主張は、租税法律主義に基において、措置法第37条の11の5第1項の文理に反する独自の解釈を前提とするものとして、請求人の主張を排斥している。

(4)概算取得費について(争点2)

措置法通達37の10・37の11共―13は、株式等を譲渡した場合の譲渡所得の金額の計算上取得費に算入する金額は、資産の取得に要した金額等の原則的な方法(所法38①、同法48、所令105及び109等)の他、譲渡をした同一銘柄の株式等について、当該株式による収入金額の100分の5に相当する金額を当該株式の譲渡所得の金額の計算上取得費として計算しているときはこれを認めて差し支えないものとしており、この100分の5相当の金額を「概算取得費」[2]と呼ぶ。

概算取得費について、国税庁HPタックスアンサーNo.1464「譲渡した株式等の取得費」では、「5 取得費が分からない場合などの取扱い」で、概算取得費を用いることができるとした上で、上場株式等については、「上場株式等の取得価額の確認方法」と題したPDFファイルのリンクを示しており、そこには④で「名義書換日を調べて取得時期を把握し、その時期の相場を基に取得価額を算定します」と記載されている。


[1] 志場喜徳郎他『国税通則法精解』(平成28年 大蔵財務協会)315頁

[2] 概算取得費は、個人が昭和27年12月31日以前から引き続き所有していた土地・建物を譲渡した場合における長期譲渡所得の計算上収入金額から控除する取得費の特例として、措置法第31条の4《長期譲渡所得の概算取得費控除》に規定されていたものであり、その後土地・建物以外の資産についてもその適用が拡張された。株式等の取得価額に関しては、所得税法基本通達38-16《土地建物等以外の資産の取得費》及び同通達48-8《有価証券の譲渡価額》に同様に規定がある。


 

前回述べたとおり、原処分に係る調査において、原処分庁は、申告漏れとなっていた株式の取得費については、できる限りの調査を尽くしたものの、大部分の上場株式等の実際の取得価額は判明しなかったとして、概算取得費により更正処分を行った。このこと自体、審判所は、一定の理解を示したものの、各株式の名義書換日を調査して取得時期を把握し、その時期の相場(終値)を基に、総平均法に準ずる方法により取得価額を算定すべきであるという請求人の主張に応え、職権調査により取得費に算入する金額を確定し、原処分の一部を取消した。

各株式の名義書換日を遡って調査することは、対象となる株式が上場株式であるからできることであって、本裁決の射程はその分限定的とはいえるが、反対に上場株式等を相続等により取得しその後譲渡した場合には、安易に概算取得費に頼ることなく、過去に遡って名義書換日及び当該日の株価の終値等の調査をすることが納税者に求められることになろう。

 

国税不服審判所令和元年11月28日裁決(国税不服審判所HP)


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