今回、ご紹介する実力派会計人は、東京都千代田区に2020年10月に独立をした税理士・米津良治氏。上場企業の不動産会社にて法人営業や、空間づくりを行っている会社の総務経理を経て、30歳のときに税理士業界に転身。現在は、生前対策や相続税申告を中心にサービスを行っている。自身も中小企業オーナーの家に生まれ育ち、事業承継の難しさは身に染みて実感すると語る米津氏のこれまでのキャリア、そして今後の展望について話を伺った。(取材・撮影:レックスアドバイザーズ 市川)

住宅メーカーの法人営業から税理士業界に転身

税理士を目指したきっかけについて教えてください。

米津:新卒で就職したのは、大手住宅メーカーでした。建築や空間が好きだったことから選びました。業務内容は、お客様の理想の暮らし方や理想の家族像を、相談を通して家というものに具体化していくといった仕事です。さらにお話をお伺いする中で、お客様自身の気付かない部分までご提案していきました。そういった意味では、現在の業務とも通じる部分がありますね。ただ、この仕事は1年半で退職してしまいました。営業成績を追っていく毎日に疲れてしまったというのが退職の理由です。24歳で、空間デザインの会社のバックオフィスに転職し、その会社で7年いました。

転職先では最初は総務、次に携わったのがIR。そこで財務や会計に出会いました。大学は法学部だったので数字に関わったこともなかったのに、いきなり決算書を説明する側の人間になってしまったわけです。そもそも簿記の貸借も分かっていないと話になりませんから、簿記の勉強をし始めました。そんな理由から勉強し始めた簿記でしたが、やってみると手ごたえを感じて、これは自分に向いているなと感じました。簿記にはパズルのようにバチッとはまる感覚があります。その感覚が気持ちよかったのです。簿記2級を取って、さらに税理士資格も目指すことにしました。

さらに税理士を目指そうと思われたのはなぜでしょうか。

米津:ちょうどその頃リーマンショックがあって、そうすると仲の良かった40代、50代の先輩たちが早期退職していく姿を見て危機意識を持ちました。もう一つは、バックオフィスという仕事が手ごたえを感じにくいこと。営業として最前線で働いていた前職から比べると、誰のために何の仕事をしているのか分かりづらく物足りなさもありました。スキルを身に付ければ身につけるほど、それを使って目の前の人を喜ばせたいという気持ちが醸成されていって、税理士の道を選びました。この会社で勤めながら3科目を取って退職しましたが、みんな応援をしてくれて、最後も温かく送り出してもらえました。

30歳で、はじめての会計事務所勤務

会計業界に転職されます。どのような経緯でご転職されていますか。
米津:私の中学高校の同級生の父親が経営していた事務所に縁がありお世話になることになりました。入社直後は、やはりとても大変でしたね。営業経験はあるとはいえ税務の知識は未経験。

一方で嬉しいこともたくさんあって、ある日、顧問先の高齢社長から呼び出しを受け、ご自身の相続シミュレーションと対策立案を依頼されました。話を聞いたところ、数年前から相談を受けていたが、会計事務所の担当者退職などにより業務が途中でストップしていたことが分かったのです。

しかし当時の私は、相続税について税理士試験の勉強をし始めたばかり。資産税業務の実務経験はもとより、知識面でも完全とは言えません。内心冷や汗をかきながらも、口では「任せてください」と言って、事務所に帰ってから必死に頑張りました。Mykomon(名南経営)の相続シミュレーションツールを参考に、見よう見まねでExcelで再現して成果物の型は作り、足りない知識は税法、通達、各種書籍を読み漁って補てんしました。

そうやって何とかシミュレーションと相続対策案のプレゼン資料を作り上げて、おそるおそる報告をしたのです。今でもよく覚えていますが、お客様ご自身の経営する会社の敷地として使っている土地に小規模宅地等の特例を適用させて、相続税負担を軽減させ、事業承継を円滑に進められるようにすることを中心とした対策案でした。そして拙い報告を何とか終えて、社長さんのお車で駅までお送りいただいていたところ、その車内で「俺の死んだ後のことは米津さんに任せてあるから安心だ」と言っていただいたのです。このときは「税理士業界に転職して本当によかった!」と、達成感で天にも昇る気持ちになりましたね。

営業だった新人の頃は、数字を追わなければいけないとか、相手の気持ちを動かしてアポをとらなければならないという部分に注目しすぎていたのかもしれません。今はお客様を喜ばせようと仕事をして、成果が出た後に報酬を上げてもらえるか交渉をします。自分のやってきた仕事の結果が報酬として返ってくることはやっぱり嬉しい。新規の開拓よりも、既存のお客様と関係を深めていく方が好きですね。

仕事も順調だったのですが、やはり経験を積んでいくと自分の方向性というものもできてくるのです。パートナーが当時は3人いたのですが、いつの間にかそれぞれのステージが変わってきていることに気が付きました。

気の合う仲間ではあるものの、完全に一枚岩ではないので、それぞれの人の理念を叶えるためにパートナーシップを発展的に解消しました。

地主さんが抱くイメージを目に見える形に。米津氏の今後の展望

現在、独立をして半年経ちました。今後の展望はいかがでしょうか。
米津:私の実家が小規模ながら大家業を営んでいるので、相続や事業継承を強みにしていました。ここは地主であるお客様の気持ちにシンパシーを感じる、というのが大きいと思います。地主さんの悩みが他人事ではなく、感覚的に理解できますので、引き続き取り組んでいきたいと思っています。

地主さんは人生の軸が相続で承継した資産になりやすいのです。自分の家の資産を、自分の代で「守り育みながらその果実を享受している」という感覚を持っていますし、それを次の世代にどう引き継ぐかと考えています。それは私も同じ感覚です。

これに気付いたのは、とあるイベントで「どのようなお墓に入りたいか」という問いに対して、そこにいた方々が多様な埋葬を希望していたことがきっかけでした。多くの人は、海に散骨したいとか、樹木葬がいいとか、いろいろな意見を持っていました。しかし私の場合は、実家の墓に入る以外の選択肢を考え付かなかったのです。それまで自覚したことはなかったのですが、自分の家を繋いでいくという意識が周りの人に比べて強いのだなと感じました。

それもあって、お客様とお話するときに「どういうお墓に入りたいですか。」と話します。その問いがお客様の価値観を知るきっかけになります。やはり地主のお客様は実家のお墓に入ると答える方が多いですね。

私は相続の中でも生前の対策を得意としていますが、それは住宅販売の営業ととても似ています。自身が亡くなったあとその資産を次の世代にどのように引き継ぐのか、そういった部分は話しづらいですが、イメージを持たなければいけないところです。住宅販売の営業も、お客様の持つ理想やイメージを家という目に見える形にしていく仕事。これは相続も同様です。お客様の中で漠然と抱いているイメージを、現実のものとして捉えていただけるように引き出して、目に見える形にしていきます。地主のお客様に近い感覚を持っているという強みを活かして、今後も相続のお手伝いをしていきたいです。

【編集後記】
空間や建物が好きだったと話していた米津先生。その方のイメージを形にしていくという意味で今のお仕事にも繋がっているのですね。米津先生、ありがとうございました!

BASE(ベイス)総合会計事務所

●創業

2020年10月1日

●所在地

東京都千代田区二番町9-3 THE BASE麹町1階

●理念

お金の用心棒として頼られる存在であり続ける

●企業URL

https://www.base-tax.jp/top

 

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