「相続税・贈与税の一体化が近々、税制改正で行われるかもしれない」___。これが今の税務業界のトピックの一つとなっています。なぜ一体化が行われるのか、そしてどうなるのか。現在の税制を確認しつつ、今後の行方を探ります。

■現行の相続税・贈与税の制度は「別々の制度」

一体化議論を見る前に、現行の制度を確認しましょう。

生前贈与には原則、贈与税だけが課されます。相続税はかかりません。贈与税は相続税の補完税としての立ち位置だからです。

相続税は、人の死をきっかけに移転する財産が対象です。生きている間に移転した財産には課税されません。この違いを利用した課税逃れを防ぐべく、生前贈与には相続税の代わりに贈与税が課されます。つまり、相続税と贈与税は別々の制度なのです。

ただし、例外的に相続税のかかる生前贈与があります。次の2つです。

  • ・生前贈与加算…死亡日以前3年間に贈与された財産
  • ・相続時精算課税制度…「相続時精算課税選択届出書」を出した以降の贈与すべて

これらの制度において、相続税と贈与税は一体化していると言えます。

■低税率の贈与をくりかえせば相続税を抑えられる

暦年課税での贈与税の基礎控除は年間110万円です。一方、相続税の基礎控除額は「3千万円+600万円×法定相続人の数」となっています。そして、贈与は相続税よりも高い税率の贈与税がかかります。

このように比較すると、贈与でもらうより相続した方が節税になると言えます。ただしこれは「同額の資産を一度に移転する」ことが前提です。財産を分割して移転するなら話が変わります。

第4回税制調査会 説明資料(資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等について)(財務省)

税制調査会(以下「税調」)が挙げた6億円超の財産の例を見てみましょう。相続でも贈与でも、一度に財産を移転すると高い税率が適用されますが、分割して贈与でもらえば低い税率で済みます。つまり「税率の違い」「相続税と贈与税が分離している」ことを利用し、生前贈与を長期間くりかえせば重い相続税を回避できるのです。

【引用元】第4回税制調査会 説明資料(資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等について)(財務省)

■相続税・贈与税の一体化課税の内容はどうなるのか

連年贈与による節税は違法ではありませんが、課税側には歯がゆいものです。税収が落ち込むだけでなく、格差の固定化を容認し、富の再分配を阻むことになります。

そこで、3年前から税調は「相続税と贈与税の一体化」を議論するようになりました。近年の税制改正大綱でも言及しています。

【参考】

平成31年度税制改正大綱(自民党)P14

令和2年度税制改正大綱(自民党)P14

令和3年度税制改正大綱(自民党)P18

  • ●新たな制度は「海外の一体課税」を参考に

一体化課税の議論は、海外の課税制度を参考にしています。「アメリカ・フランス・ドイツでは、相続税・贈与税が一体化されている」と言うのです。

【引用元】第4回税制調査会 説明資料(資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等について)(財務省)

確かに、これら3か国は生前贈与加算の期間を日本よりも長くしています。アメリカは生前贈与すべてが相続税の対象です。ドイツとフランスの加算対象期間は10年ないし15年となっています。

相続財産だけでなく贈与財産も相続税の対象とすれば、無用な節税行為を防げます。いつ資産を移転しても課税額は同じなので、親は子の若い内に資産を移転するようになるかもしれません。こういったことを踏まえ、税調は「日本も相続税と贈与税を一体化し、移転時期に関係なく同一の課税ができるようにすべきだ」と言っています。

  • ●生前贈与加算の期間が長くなる?

では実際の改正はどうなるのでしょうか。「現行の生前贈与加算の対象期間を3年から5年あるいは10年に延長する」のでは、筆者は考えています。制度を根本から変えるような大きな改正は、行政と国民生活に混乱を与えるからです。

なお、一部メディアは「暦年課税制度の110万円の基礎控除がなくなる」と予測しましたが、その可能性は低いでしょう。「基礎控除をなくす」というのは、担税力や国民の生きる権利、財産権の観点から許容されていいものではありません。

■相続税・贈与税の一体化で気になる点

税調の主張はもっともらしく見えますが、問題がないわけではありません。気になるのが「富裕層以外に影響はないのか」「一体化が果たして格差是正と富の再分配につながるのか」です。

資料を細かく見ると、諸外国と日本とで課税のしくみが大きく異なることが分かります。

【引用元】第4回税制調査会 説明資料(資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等について)(財務省)

【引用元】第4回税制調査会 説明資料(資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等について)(財務省)

【引用元】第4回税制調査会 説明資料(資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等について)(財務省)

生前贈与すべてが相続税の対象となるアメリカは、相続税の基礎控除額を生前贈与と合わせて12億6千万円としています。また、課税割合を見ると、日本は8.5%ですが、アメリカはたった0.2%に過ぎません。つまり「アメリカの相続税・贈与税は超お金持ちの問題」なのです。

また、フランス・ドイツは個人が取得した財産ベースに納税額を計算する「遺産取得課税方式」を採用しています。基礎控除は相続人1人あたりのものです。相続人の人数に関係なく、すべての相続で同じ額の基礎控除を受けられます。単一の基礎控除を相続人・受遺者同士で分け合う日本と異なる点です。

さらに、日本の相続税の課税状況にも注意が必要です。基礎控除額が2015年1月1日に引き下げられて以降、相続税はお金持ちだけの問題だけではなくなっています。一方、税調が課税回避の例に挙げたのは、6億円超の財産を有する世帯です。実際に一体化を行えば、富裕層だけでなく財産の少ない世帯の資産移転にも影響するおそれがあります。

こういった違いや事情を斟酌せずに「海外にならって日本も一体化課税をしよう」だけで推し進めると、担税力の低い世帯の生活に必要な資金を圧迫することになりかねません。

この他、回収した富の再分配も重要です。「どう分配して格差を縮めるのか」も説明しなければ、課税強化は単なる国民いじめで終わります。他の税目も年々課税強化されていますが、回収したお金が国民に分配されているようには感じられせん。

「少ない課税で現役世代に資産移転をし、消費に回してもらった方が社会経済にとってプラスだ」という意見もあります。建設的な税制改正を考えるなら、税調は国民の声に耳を傾けるべきです。

【参考資料】

第4回税制調査会 説明資料(資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等について)(財務省)

税制調査会(第4回総会)議事録 令和2年11月13日(金)(内閣府)


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