今回ご紹介する実力派会計人は、税理士・石野裕之氏。新卒で国税に入局。2年目にして自身の個人調査事案が優良事績として国税局長より表彰され、当時の表彰最速記録を樹立。そのほか法人税調査で税務署長より優良賞を受賞するなど数々の実績を残している。しかし、過度のストレスにより適応障害と診断され、出世の道を自ら手放す。挫折を経験してもそれを受け入れ糧にすることが大切だと語る石野氏の国税でのキャリア、今後の展望に迫ります。(取材・撮影:レックスアドバイザーズ 市川)
父のリストラがきっかけで戦略的に就活し国税へ
国税職員になろうと思ったきっかけは何でしたか。
石野:私が大学2年のときに、アパレル関係に勤めていた父がリストラに遭いました。再就職先は何とか見つかったものの、苦労している姿を見てきました。このときに、職を失わない安定した先でまずは働き、その間に経験・資格を得て、自分の力で生きていけるようにしようと心に誓いました。
国税はまさにそんな自分の願望を叶えてくれるところだと思いました。公務員になれて、法人や個人などの課税部門で10年勤務をすれば税法が免除になるため、簿記論・財務諸表論に合格をすれば税理士としてキャリアを歩むこともできる。不祥事等を起こさない限りは、リストラになることはない安定さも魅力的に映りました。
また、在学中に簿記2級を取得し、数字を使った仕事は自分に合っていると感じ、その後、国税専門官試験に合格し、2005年に国税局に入局しました。
入職後、最短で優良事績表彰されているのですね。
石野: 国税の仕事は、税の申告が適正に行われているかを調査する業務がメインです。納税者の自宅、事務所、店舗などへ赴き、帳簿を中心に調査を進めていく所謂「一般調査」が最も多く行われている調査です。
調査の際、とある小売店のレシートを数枚眺めていた時に、おかしいと違和感を覚えました。
“何か変だな”
直観的にそう感じ、当時の上司にその小売店の調査へ行かせてほしいと頼みました。
臨宅し、すぐにパソコンを見せてもらったところ、売上を除外していることを把握しました。
事前に脱税が見込まれる情報を持って調査に赴く場合には、当然脱税を発見しやすいのですが、私が行った先はそのような事前情報は一切なく、その中で不正を見つけ、通常2日~3日ほど臨宅する一般調査において、半日で決着をつけたこと、領収書の違和感に気付き、自ら収集した資料をもとに不正を把握した着眼点の鋭さから、上司に推薦され、国税局長から表彰されました。
2年目でこうした賞を頂戴できたのは非常に嬉しかったのですが、感じたこともありました。国税の現場では、脱税を発見すれば評価されますが、見つけられなかった場合はその逆。
しかし、きちんと申告されている納税者をどんなに調べても、“出ないものは出ない”のです。
現場の調査官は永遠とそのサイクルを繰り返すことになります。
きちんと真面目に申告されている納税者は称賛すべきなのに、現場にいて「上司に詰められる」と、どうしてもマイナスな感情が湧き出てしまう。
この頃の私は税理士になることより組織の中で評価されたい、出世したいという価値観だったので、そんなジレンマを抱えながらも成績を上げることに夢中になっていました。
適応障害と診断され、自分を見つめ直すまで
その後、特別調査班に異動をされたと伺っています。
石野:そこでは大口かつ複雑困難な調査をします。相手が不正をしているという前提のもとで、事前予告なしに現地へ踏み込み、全ての資料を手あたり次第調べ尽くすのです。しかし、私は税務署VS納税者という敵対関係ではなく、納税者と対話しながら調査をしたいと思っていました。相手が必ずしも脱税しているとは限らないですし、仮に脱税をしているとしても相手は同じ人間です。調査官が自身の個人情報を漏らすのは良くないものの、自己開示をして距離を埋めていかなければ、相手も心を開いてくれませんし、情報も手に入りません。
そういった組織の方針と、更にペアを組むことになった先輩との相性が合わず、いつしか食事が喉を通らなくなりました。病院に行くと、「適応障害」と診断。年功序列の組織で、ペアを解消してほしいと言えば出世の道は遠ざかり、非難される…。しかし、このまま続けていては自分が壊れてしまう。
勇気を振り絞り、上司にペアを解消してほしいと願い出ました。その希望は通ったものの、当然、ほかの先輩方からは後ろ指を刺されました。
「逃げるな。これからも逃げ癖がつく」
「命令されたことは全うすべき」
人事配置で決まったペアの解消を申し出るのは異例なことだと思います。調査ができると評判の先輩だったので、周辺署にも噂が知れ渡り、色んなご指摘も頂き、肩身が狭く、辛かったです。
しかし、そのペアを組んだ先輩は、酒の席などで私のことを落とす発言は一切しなかったと同僚伝いに聞いています。2009年、入職から4年目の出来事です。
そして、この頃から人生で自分が本当にやりたいことは何か、税理士としての道を模索し始めました。2009年に日商簿記1級に合格したことを皮切りに試験勉強を開始し、2013年に財務諸表論、2017年に簿記論に受かり、2018年7月に退官しました。
国税には13年ほど在籍しましたが、組織や環境が本当に辛いときは逃げてもいいと感じます。ただ、ある程度快復したら、逃げる前に自分のスキルを磨いておいてほしい。例えば、私の場合、退官前に管理運営部門への異動を希望しました。この部署は国税組織においては出世から遠い部門と揶揄されていますが、個人、法人、資産、徴収等あらゆる税法について、納税者からの質問窓口となる部署で、税目を横断した現場経験が積めることから、税理士のキャリアを見据えて希望しました。
漠然とでもいいから、先を見据えて、戦略的撤退の余地を残しておいた方がよいと考えます。私自身、辛いときでも税理士になるという目標があり、仕事をする一方で資格取得のために動いていたことが10年以上組織で続けることができた理由だと感じています。
自分の中にある信念を貫いて
退官後は税理士法人、ベンチャー企業の経理を経験されているのですね。
石野:ここでは独立を見据えた実務経験を積んでいたのですが、独立のきっかけは、有名なひとり税理士の先生の講演会にたまたま参加したことでした。
その方は、自分の短所やマニアックな趣味なども隠さずに自己開示されていて、その結果、相性の良い顧客を獲得できている。自分の失敗談を開示し、その上で人を惹きつけられていることに衝撃を受けました。私も自分が勝負できて、かつ楽しいことを追求したい。講演をきっかけに自分のキャリア・スキルの棚卸しを行い、自分が戦える領域は何かと模索し始めました。
そして、当時勤めていた職場はどうかと考えたときに、私の得意分野との親和性が薄く、周囲に追いつくには最低2、3年の時間を要すると感じました。自分が必要とされ、かつ自分が興味の湧く仕事にいち早く辿り着きたい想いで、本格的に独立をしました。
独立後は、自由になった反面、責任も重くなり、常に仕事のことを考えているような状態が続いています。それに、初めはお客様も数件なので、キャッシュが減っていく不安はありました。そんな中でも、特技のランニングや趣味のSNSを通じて知り合った税理士の先輩方や士業仲間と繋がりを持つことができ、得意分野を活かした仕事ができるようになりました。
最近では、自分の趣味サークルや遊びに参加していたら、そこで仲良くなり、顧問や紹介に繋がる事もあります。「好きなことを仕事にしたい」、税理士の仕事はそれが叶う職業だと思います。
そしてこの仕事は様々な業種の方と関わり、際限なく知見を拡げていける可能性を秘めています。
私は、アニメ、漫画、サブカルチャーが好きなのですが、独立してからは同人作家さん、コスプレイヤーさん、タレントさんなど、今まで出会う接点がなかったジャンルの方々と話せる機会が増えて面白いです。先日もアイドルのお客様のライブを視聴し、一生懸命頑張っている姿を見て感動しました。
こうして好きなことができているのも、国税での経験があったからです。
またその中でも、周囲の評価を気にせず、はっきりと自己主張してきたからだと感じます。対立することも多々ありましたし、生意気で扱いが面倒な職員だったと思います。
しかし、世間体など余計なプライドは捨てて、常に自分軸を持ち、伝え続けたことで、今があると思っています。
税理士として手に職をつけて、経営者と伴走すること、新しい世界を見たいという自分軸をぶらさず、組織での出世の道は手放しましたが、目標のために選んだ管理運営部門での最後の年は、人間関係に恵まれ、非常に楽しく仕事ができました。国税時代、私のような人間に良くしてくださった上司、先輩、同僚、後輩には感謝しかありません。
長く組織に属していれば嬉しいこともあれば、苦しいこともあります。私のように人間関係で悩んだ方もいると思いますが、どんなに辛くても、失敗しても、挫折しても、先を見据えることを忘れないでほしいです。そして自分を壊してまでその組織に依存するのも良くないと感じます。
逃げたとしてもまた立ち上がってください。
そして、また歩き始めればその経験は“人生の糧”に変わります。
自分の中にある信念を忘れず、生きることが大切だと思います。
【編集後記】
挑戦することを諦めないでよかったと語られていた石野先生。楽しそうに取材を受けて下さった姿が印象的でした。石野先生、ありがとうございました。
Earth’s税理士事務所(石野裕之税理士事務所)
●創業
2020年8月(2019年2月に開業税理士登録。企業経理兼開業税理士)
●所在地(東京本社)
東京都中央区銀座1-13-12 銀友ビル 3階
●理念
自分に関わってくれる人達を自分のスキルで幸せにする。そして自分も幸せになる。