中小企業の事業承継の一つの選択肢として注目されるM&A(合併・買収)。会計事務所も顧問先の事業承継でM&Aに関する知見が求められるケースが増えている。会計事務所にとっては、新たなサービス分野だけにM&Aの現状や今後の動き、それをサポートできる人材はどのようなことが求められるのか気になるところだ。そこで、M&A仲介サービス大手のストライク(東京・千代田区)の代表取締役社長の荒井邦彦氏と、会計事務所業界の採用支援などを手掛けるレックスアドバイザーズ(東京・千代田区)の代表取締役の岡村康男氏に、M&AビジネスやM&Aサポートで求められる人材などについて語り合ってもらった。(ファシリテーター:編集員兼論説委員 宮口貴志、撮影:KaikeiZine編集部)

コロナ禍でM&A業界はどう変わったか
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、日本経済は大きく悪化しましたが、M&A件数はそれほど経済の影響を受けていないようですね。その要因は何だと思われますか。
荒井:当社調べでは、2021年8月のM&A件数(適時開示ベース)は前年同月比6件減の62件で、5月から4カ月連続で前年を下回っています。4カ月連続の減少は2020年8~11月以来です。ただ1~8月の累計は前年同期比12件増の571件で、602件だった2008年以来13年ぶりの高水準を維持しています。M&A件数の増減については、もう少し検証が必要ですが、事業承継という観点から言えば、コロナ禍だからこそ、自身に何か起きる前に備えておこうという社長は増えたと思います。複数の経営者の方々から、ご自身や周りの方が新型コロナウイルスに感染したということも聞きました。今まで「俺は80歳まで現役で頑張る」と言っていた社長が「株価だけでも算定しておいてもらおう」と、考え方を変えるケースも少なくありません。

岡村:弊社にも最近、M&A仲介会社から事業承継に関する案内状やお手紙が多く送られてきます。この1年で10社以上あったと思います。私は、こうしたM&A仲介会社の方とは、できるだけ会うようにしています。個人的に情報はなるべく多く仕入れたいと考えているからです。
M&Aは事業承継のための選択肢の一つとなりますが、自社の成長戦略としてM&Aを考えるケースも多いと思います。最近の中小企業のM&Aは、どういった目的で行われるケースが多いのでしょうか。
荒井:これまでの弊社の実績を目的別に見ると、後継者不在が一番多いです。約55%を占めると思います。選択と集中を目的に、中核ではない事業を売却し、中核事業は逆に買う。それが20%ぐらいです。他に事業再生というケースもあります。再生目的でのM&Aは、最近はめっきり減りましたが、リーマンショック前後には、かなり多かったです。それが10%ぐらい。残りにスタートアップや成長戦略型が入ってきます。事業を立ち上げ、軌道に乗ってきたらその事業を売却する若い経営者も少なくありません。これは全体の5%ぐらいを占めます。弊社のお客様でも、最近はそういう方が増えてきました。事業承継一辺倒ではなくなってきているのが、最近の中小企業のM&Aマーケットの特徴かもしれません。
岡村:成長戦略を目的にM&Aを検討する中小企業というのは、すでにM&Aを実行した経営者が知人にいたり、M&Aに関する知識を持っていたりする方が、社長の周りにいたりするのだと思いますが、如何でしょうか?
荒井:ベンチャー企業の経営者の観点からは、都市部と地方では少し様子が違います。都市部だと、経営者の知り合い、もしくはその知人・友人ぐらいにM&Aを経験している人がいます。そのため、事業の売買に関して抵抗感があまりないと言えます。また、M&Aだけでなく、周りに上場を果たした経営者もいますし、相談役も多くいます。地方都市に行くと、ベンチャー企業はあることはあるのですが、M&Aを経験した経営者が周りにいるという人は少ないのが現状です。都市によってそこは濃淡がありますが、札幌や福岡などの大都市でも、そのあたりのアドバイスをできる相談相手が少ないということはよく聞きます。
岡村:当社は企業などの人材採用のお手伝いをしていますが、地方都市の場合、都内と比べ最高財務責任者(CFO)の人材も足りていないように思います。上場を目指す場合など、優秀な財務戦略のプロは不可欠です。
荒井:上場を目指している地方都市の会社は、東京からUターンしてきた人にCFOになってもらうことも少なくありません。
それは、M&Aも似たような感じだと思います。会社や事業を売却したいものの、周りに知識やノウハウを持った人が少ないというのが現実だと思います。
日本では、コロナ禍で企業のICTへの取り組みが急激に進み、ネットを活用した業務効率化が図られていますが、M&Aコンサルティングの現場では変わりつつありますか。
荒井:ネット時代になっても、対面でのコミュニケーションを重視することが多いと思います。
岡村:ネット時代になってしまったらM&A仲介のコンサルティングもオンライン会議システムなどを利用してやればいいようにも思いますが、そうでもないということですね。
荒井:対面を重視する方々が多いのは、私自身も強く感じています。ただ、仲介プロセスでは、デジタル化した方が良いものもあるので、そういうものは、段々オンラインになっていくでしょう。
結局は、個々のお客様の状況などによって、臨機応変にやることが重要だと思います。全部オンラインでいいという人もいれば、局面によっては対面がよいという方もおられます。いかにお客様にストレスをかけずに、コミュニケーションを取るかということが大事で、現状は重要な部分は対面で行ったほうが良いということだと思います。
経営者は顧問税理士以外にM&Aの相談をする
ストライクの実績によると、事業承継の一つの選択肢としてM&Aを行うケースが一番多いとのことです。地方にはM&Aのアドバイスやサポートができる人材が少ないという現実があります。一方で、地方都市の方が経営者の高齢化は進んでおり、事業承継におけるM&Aという選択肢は益々高まってくると思います。この点、どのようにお考えですか。
荒井:経営者の高齢化による後継者問題は、都市部より地方の方が深刻な問題です。ただ、都市部に比べ、地方の経営者の中には、会社の売却自体をまだネガティブにとらえている人も少なくありません。そのためM&Aに踏み出すことを躊躇してしまったり、身近な人に相談しにくくなったりするようです。「今までお世話になった取引銀行だから、M&Aや事業承継の話も銀行にしたい」と考える経営者がいる一方で、近すぎるがゆえに話しにくいという経営者も少なくありません。そういった方が、当社に相談に来られます。
岡村:中小企業の経営者にとって、最も身近な存在であり、会社の中身をよく知っているのが顧問税理士だと思うのですが、M&Aサポートにおいて顧問税理士から貴社への相談などは増えているのでしょうか。
荒井:実は、半分以上が直接当社にご相談にいらっしゃいます。この傾向は、企業の大きさ、売上高などは関係ありません。
売り手側の顧問税理士との契約を継続するケースは多い
岡村:顧問税理士がM&Aに積極的に関与しないのは、売り買いになりますと当然うまくいかないこともありますので、クレームや責任を負いたくないという理由もあると思います。顧問先が増えるようなM&Aならいいのでしょうが、逆になくなるものに対しては積極的にはなれないというのが現実なのかもしれませんね。

荒井:そう考える税理士先生が多いのですが、実はそれは誤解なのです。買われたら必ず顧問契約がなくなるわけではなく、私どものケースでは7割方はそのまま続いています。買い手の会社から見ると、自分のところの顧問税理士に任せるよりも、これまで関与していた税理士先生に継続してもらった方が、会社の内情をよく知っているのでいいのです。会計の流れも分かっていますし、一度顧問契約を解除してしまうと、これまで蓄積してきた情報も容易に開示してもらえなくなります。
岡村:そのお話は、会計事務所の先生方にとって心強いと思います。
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