国内で行われる人的役務の提供事業の対価を非居住者等に支払う場合、源泉徴収は必要でしょうか?国内法と租税条約で取扱いが異なるため、条約の検討が必要です。
<ケース>
『日本法人X社は、社内システムの開発を行うに当たり、A国に所在するシステム開発会社Y社に依頼し、技術者の派遣を受けることとなりました。
Y社からは技術者が来日し1カ月に渡り技術指導を受ける予定です。
X社は技術指導の費用をY社に支払うこととなりますが、この支払いの際に源泉徴収は必要でしょうか。
なお、Y社は日本国内に支店などの恒久的施設(PE)は有していません。』
国内法の規定
国内法では、非居住者や外国法人(以下「非居住者等」)が行う事業所得については、基本的には日本国内に支店などの恒久的施設(PE:Permanent Establishment)を有していなければ日本で課税されることはありません。
これが、「PEなければ課税なし」という事業所得課税の基本的なルールです。
しかし、国内法では、事業の中から一定の「人的役務の提供事業」を抜き出し、人的役務の提供事業の対価については、国内に恒久的施設がなくても課税するという仕組みとなっています。
では、人的役務の提供事業の対価について、国内法ではどのように規定されているのでしょうか。
国内法では、国内において行う次の人的役務の提供事業の対価は、国内源泉所得に該当するとされており、非居住者等に対価を支払う際には20.42%の税率で源泉徴収を行う必要があります(所法161①六、212①、所令282)。
- 映画若しくは演劇の俳優、音楽家その他の芸能人又は職業運動家の役務の提供を主たる内容とする事業
- 弁護士、公認会計士、建築士その他の自由職業者の役務の提供を主たる内容とする事業
- 科学技術、経営管理その他の分野に関する専門的知識又は特別の技能を有する者の当該知識又は技能を活用して行う役務の提供を主たる内容とする事業
なお、ここでいう「人的役務の提供事業」とは、自ら人的役務を提供するのではなく、非居住者等と雇用関係にある者や専属関係にある者など、他人による人的役務の提供を主たる内容とするものが該当します。
<ケース>の場合のY社による役務提供は、上記3. に該当すると思われますので、国内法上は、X社は技術指導の費用を支払う際に20.42%の税率で源泉徴収を行わなければなりません。
Y社にとっては、20.42%の源泉徴収により課税が完結するわけではないので注意が必要です。
Y社は、X社から受け取る対価に係る損益について、たとえ日本国内に支店等の恒久的施設を有していなくても、日本で法人税の確定申告が必要となります。
Y社はこの法人税の確定申告によって源泉徴収された所得税の精算を行うこととなります。
もし、多くのコストがかかったような場合には、Y社の所得が小さくなるため、源泉徴収された税金の一部が還付となる可能性もあります。
租税条約がある場合
人的役務の提供事業の対価については、国内法では一般の事業所得とは区別し、別個の国内源泉所得として規定しています。
一方、租税条約の多くは、国内法とは異なり、事業所得に関する条項が適用されます。
事業所得に関する条項は、一般に
『一方の締約国の企業の利得に対しては、その企業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業を行わない限り、当該一方の締約国においてのみ租税を課することができる。(以下、省略)』
と規定されています。
多くの租税条約では、このように人的役務の提供事業の対価を「企業の利得」又は「産業上又は商業上の利得」としてとらえており、そのような条約の場合には、恒久的施設(PE)を通じて事業を行わない限り、日本での課税は免除されることとなります。
したがって、租税条約がある場合には、「PEなければ課税なし」という事業所得課税の基本的なルールが適用されることとなり、「人的役務の提供事業」であったとしても、国内にPEがなければ課税されないとなります。
今回の<ケース>の場合、もしA国との間に租税条約が締結されていれば、日本では課税が行われないため、源泉徴収は必要ないという結論になります。