国税庁はこのほど、平成28年度査察事績、いわゆる「マルサ白書」を公表した。同年度に全国の国税局・所の査察が行った告発件数は132件で、消費税の輸出免税制度を利用した不正還付事案を含む消費税の脱税事案の告発件数が、消費税導入年に次いで多かったことが分かった。また、この4月から査察事案のうち検察庁への告発した事案については、法人(個人)名等を公表することを明らかにした。

困難事案増加で査察の着手件数は低調続く
今年3月末までの1年間に着手した全国の査察件数は、178件で前年よりも11件少なく、平成に入ってから最も少なかった。これは、年々進む経済取引の広域化・国際化・ICT化の進展により、脱税の手口が巧妙・複雑していることが影響している。
一方、検察庁への告発の可否を最終的に判断した処理件数は、27年度以前からの継続事案を含めて193件(前年度181件)と着手件数を上回る。このうち大口・悪質等により検察庁へ告発した件数は68.4%に当たる132件(同115件)だった。脱税額については、処理事案に係る脱税総額(加算税含む)は161億600万円(同138億4100万円)で、告発分はこのうちの126億9200万円(同112億400万円)を占めている。脱税総額等が前年度を上回った理由としては、処理件数が増えたこともあるが、脱税額3億円以上の大口事案が10件(うち10億円超の超大口事案1件)あったことも金額を大きく押し上げた。なお、1件当たりの脱税額は8300万円(告発分9600万円)。
告発事案の税目別内訳(件数順)は、法人税事案が79件(脱税額65億300万円)と圧倒的に多く、以下、所得税27件(同22億8200万円)、消費税23件(同33億7900万円)、相続税2件(同4億8200万円)、源泉所得税1件(同4600万円)。この中で注目されるのが消費税。事案の脱税額が前年の約3倍となっており、輸出免税制度を利用した不正還付事案(ほ脱犯との併合事案含む)が11件(脱税額27億3300万円)と目立っている(図表参照)。
■税目区別の告発件数

また、平成23年度に創設された消費税受還付未遂犯を適用した事案も2件と特徴的だ。
ちなみに、消費税の大口事案としては、高級腕時計の輸出販売会社。同社では、A・B・C社の3社において、基幹会社であるD社の在庫商品の高級腕時計利用し、国内仕入と仮装して架空の課税仕入を計上。D 社の国外の関係会社に持ち込み架空の輸出免税売上に仮装して申告、不正に消費税の還付を受けていた。その犯則税額は、A社で約3億8700万円、B社で約2億円、C社で約2200万円に及ぶ。
告発ワースト業種NO,1は「建設業」
告発した132件の業種・取引内訳をみると、最も多いのは前年度もワースト1位となった「建設業」。30者と前年の15者から倍増している。これは、景気の上向きによる土地取引の活発化や、国内外からの来街者の増加に伴う土地需要の高まりなどが、建設業界全体の景況感の上向きが脱税増加に繋がったものと推察される。
2位以降は、「不動産業」10者、「金属製品製造」と「商品、株式取引」が5者、「運送業」4者と続いている。(図表参照)
■告発の多かった業種

査察調査が行われるポイントの1つは、「世間から注目されている」、「市場が急速に拡大している」などによる“業界が好況”であることが上げられるが、今回ターゲットとしては(1) 震災復興関連事案、 (2) 太陽光発電関連事案となっている。
震災復興関連業者については、平成23年の東日本大震災における震災がれきや土壌汚染処理などの復興に向けた経済活動に伴う取引での業績が伸びており、脱税件数は仙台国税局管内の6件を含む12件と前年度の4倍に増えている。この中には給与所得者のように装い虚偽の住民税申告を行い、実際の事業の収益を秘匿して所得税の申告をせず4600万円の所得税を脱税していた、震災がれきの廃棄処理業者が含まれている。
また、平成21年に太陽光発電の固定価格買取が開始され、同24年に太陽光発電以外の再生可能エネルギーにも拡がるとともに、余剰電力買い取り制から全量買取制に変更制度により市場が一気に拡大した再生可能エネルギー関連業界も、27年度は2件だった告発件数が、関係会社に対する架空の業務委託手数料を計上する方法により所得を過少申告して多額の法人税を免れ、不正資金1億2千万円を関係会社の事業資金に充てていた住宅用太陽光発電パネル等の設置・販売会社を含めて10件と大幅に増えている。
押入れの床下を可動式に作り直し現金1.6億円を隠匿
年々巧妙になるのが、脱税した資金の隠匿場所。今回も「よくぞここまで」と言える隠匿場所が明らかになっている。
福岡国税局管内の脱税者は、居宅の押入れをリモコンで上下可動できるよに改造し、通常見える床に置いた金庫にはパスポートや宝石類などを入れておき、床下に隠れる下の棚に現金で1千万円の束10個と100万円の束6個の合計1億6千万円を入れた金庫2つを隠していた。また、関東信越国税局管内の脱税者は、事務所の商品搬入用エレベータと壁の隙間に隠していた段ボールに5500万円の現金を隠していた。
告発事案の一審判決はオール有罪、最高刑では懲役14年を求刑
28年度中に告発事案で裁判が開かれ一審判決が言い渡されたのは100件。基本的に脱税に関して十分立証ができているものを起訴していることから、今回もすべてが有罪判決で14人(前年度2人)に実刑判決が下された。その1件当たりの犯則税額は5900 万円(同6400万円)、懲役月数は13.9月(同15.2月)、罰金額は1400万円(同1500万円)で、実刑判決の人数は増えているが、犯則税額等は減っている。
また、実刑判決の中には、査察事件単独のものでは懲役5年、他の犯罪と併合されたものではなんと懲役14年を求刑された事案もあった。
有罪判決事案では、投資運営会社に投資者を紹介して手数料を得ていた甲社及び乙社の2社の経営者Aは、甲社名義預金口座に振込入金された収入のみ申告し、それ以外を除外して約5億7千万円の法人税を免れ、その不正資金を投資に充てるほか、乙社では所得金額を0円とした申告を行い当該投資に係る所得を一切申告せず、約4千万円の法人税を免れ不正資金を親族等に対する貸付金に充てていた。 Aには法人税法違反で懲役3年の実刑判決が下されている。
平成29年度も引き続き消費税事案をマーク
国税庁では毎年5月、全国の国税局の課税部や調査査察部など各部(沖縄国税事務所は各課)毎に上層部を集めて「全国部長会議」を開催。この1年の施策の結果、国税庁から次年度の基本方針等についての説明や各国税局(所)の状況と、それに係る討議が行われている。今年も5月19日に査察関係の会議が開かれ、引き続き消費税の受還付犯や無申告事案、国際事案といった社会的波及効果の高い事案を“重点事案”と位置付けて積極的な査察調査を展開することを決定している。
今年4月以降の告発事案は全て公表
これとは別に、国税庁では、全国の国税局(所)の査察が検察庁へ告発した脱税事件のすべてを公表することとした。これまで告発事案の公表は、日刊紙等が大口事案や特異な事案について、関係者からの情報等とした上で、法人名等を社会面で公表していることはあったが、国税当局からは守秘義務の観点から法人や個人の名前等を公にしていなかった。今回、「裁判を通じて公に知られることになる。悪質な脱税事案を公表することで納税意識の向上を図りたい」との認識から、検察の捜査に影響の出ない段階で可能な範囲で公表することとした。公表される告発事案は今年4月以降のもので、公表範囲は法人や個人の名前、脱税額や手口などを明らかにする。これにより、今後告発されれば否が応でも法人(個人)名等が全国的に広まり営業活動にも大きく影響するだろう。適正・公平な課税の実現に向けたさらなる抑止力となることが期待される。