東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた“旅するタックスアドバイザー”マリアが、世界を飛び回るサラリーマン圭亮を主役として、出張先の国々と日本との文化や税制の違いを紹介します。今回の旅先は、台湾。圭亮が出張で度々訪れ、長期滞在するこの国には思わぬ落とし穴がありました・・・。

圭亮の第二の家、台湾

香港に住んでいる大学時代の同期、遼のバチェラーパーティーのため、この週末はマカオで派手に遊び倒した。暴飲暴食のうえ、カジノで散財までしてしまったが、久しぶりに思い切り遊んで気持ちのいい時間を過ごした。

夢の中にいたような香港・マカオでの休日を終えた日曜の昼下がり、圭亮は香港から台湾へ向かう飛行機に乗り込んだ。台湾は年に少なくとも4回は訪れる。1年中あらゆる国に出張している圭亮にとって、日本の次に長く滞在している国は台湾である。滞在日数からすると、日本に並ぶ”第二の家”といっても過言ではない。今回は香港・マカオに滞在することが分かっていたため、少し時期を早めて台湾出張をスケジュールすることに成功していた。

香港国際空港から、2時間弱。圭亮は台湾の桃園国際空港に到着した。

圭亮には、台湾で楽しみにしていたことがあった。それは2017年3月に開通した、MRT桃園空港線に乗ることだ。これは桃園国際空港と台北駅とをつなぐ鉄道で、それまで市内へ出るには1時間弱かかってしまっていたのを、35分で繋ぐことに成功した画期的なレールであった。圭亮は、空港から直結するMRTへの入口を見つけると、迷うことなく台北行きの列車に乗り込んだ。

MRTの車内では、週末一切開くことのなかったノートパソコンを開き、いくらかメールを整理することにした。山のような未読メールの中に本社人事部の鈴木さんから届いたメールを見つけたが、社内のものは後回しにするいつもの癖で、それはとばして後で処理することにした。タイトルに「【至急】ご確認ください」と書かれていたが、社内の至急案件を社外の通常案件よりも後回しにしてしまうのは圭亮の悪い癖だ。

Photo by カメラ兄さん

人事部からのメール

台北市内に出てすぐ、タクシーで5分ほど走らせたところにあるサービスアパートにチェックインした。圭亮は年に4回、それぞれ1カ月前後、台湾に滞在する。毎回ホテルを予約するよりも、1カ月単位で借りるサービスアパートを手配したほうが、会社としても安上がりなのだ。

軽い夕食を済ませた圭亮はノートパソコンを開き、先ほどとばしたメールを確認することにした。鈴木さんからのメールは、先週金曜日に送付されてきていた。

“お疲れ様です。この度、弊社XX商事は、OO税理士法人と個人所得税に係る税務コンプライアンスに関する顧問契約を締結するに至りました。そして当該年より、OO税理士法人の助言を受け、出張者の皆様の海外での税務コンプライアンスについても、可能な限り適正に把握し、必要な対応をとっていきたいというのが本社の方針です。・・・・・・・(中略)・・・・・・・私どもの部署で把握している圭亮さんの各国別出張日数は、以下の通りです。ここに年末までの見込み出張日数を追記して頂けますか?・・・・・・・“

メールには、従業員の個人所得税のために、会社が税理士法人と顧問契約を締結したと書かれている。よくよく読むと、これは全従業員のためではなく、会社の業務命令などにより、世界中に出向・出張している従業員を対象にしたものだと解釈できる。

メールを読み終えた圭亮は、まさに自分が対象となるものだと思った。1年中、世界中に出張しているが、これまで自分の知る限り、税金は日本でしか払ってきていない。出張先の国で税金を払う必要がある場合があるということか? とりあえず、鈴木さんが送ってきたエクセルのテンプレートを開き、年末までの出張日数見積もりを各国別にまとめた。

社用での旅行をまとめると、2017年1~12月の圭亮の出張日数は、それぞれ以下の通りであった。これは勤務日数のみカウントしたもので、土日や祝日、バケーション、個人的な旅行は含んでいない。たとえば、この週末の香港旅行はプライベートなものであったため、カウントされていない。

・ アメリカ 27日
・ フランス 9日
・ カナダ 8日
・ 台湾 110日
・ オーストラリア 18日

それぞれの日数をまとめ上げた圭亮は、やはり台湾での勤務日数がずば抜けて多いことに驚かされた。年によって90~110日と変動こそあるのだが、2017年は少なくとも110日程度は台湾で勤務することが分かっていた。大きな案件が動いているためだ。

エクセルを上書き保存し、鈴木さんに返信した。

Photo by  旅人

税理士法人からの再度の連絡

台湾でのミーティングを忙しくこなし、気が付けば水曜になっていた。バタバタとした1日を終え、サービスアパートでビールを空けながらメールチェックをしていた圭亮は、再度、本社人事部の鈴木さんからメールが来ていることに気が付いた。

“お疲れ様です。出張日数のご回答ありがとうございました。こちらを税理士法人に提出したところ、圭亮さんは台湾において、個人所得税の納税が必要であるという結論に至りました。つきましては今後の手続き等について、税理士法人の担当者から連絡がいきますので、ご対応をお願いいたします。“

メールにははっきりと、圭亮は台湾で税金を払う必要があると書かれていた。

すぐにはそれが理解できなかった。いつだか拾い読みした税金関連のウェブサイトに、「それぞれの国に183日以上滞在しなければ、その国での税金は発生しない」と書かれていたためだ。圭亮の場合、2017年は1年を通して台湾に110日滞在することが分かっていたが、183日は超えていない。なにかの間違いだという確信があったが、鈴木さんに伝えても仕方がないと思い、税理士法人の担当者から連絡が来るのを待つことにした。

翌日すぐに、税理士法人の担当者である木田さんから簡単なメールが入っていた。「一度、電話で背景の説明や今後の手続き等について説明をしたい」という内容だった。担当者が社外の人に代わった瞬間、なぜか機敏になる圭亮は、さっそく午後に電話をする約束をとりつけた。

「もしもし、OO税理士法人の木田です。はじめまして。お忙しい中、お時間いただきありがとうございます」

木田さんは、とても丁寧にゆっくりと話す女性であった。

圭亮は続けた。

「こちらこそ早速ありがとうございます。これまで、あまり海外での納税について考えたことがなかったものですから、突然連絡をもらって、正直とても驚いています。これは早く対応しなきゃなと(笑)」

「そうですよね、特にいろいろな国に滞在されているとなると、それぞれの国で納税をするなんて、あまり想像できないかと思います。今回は圭亮さんの台湾での納税についてのみ、絞ってお話させていただければと思います。説明の途中でご質問がありましたら、いつでも割り込んできてくださいね」

電話がかかってくる前、税理士法人の担当者はどのような物腰なのだろうかと想像していた圭亮は、あまりに気さくな木田さんの対応に、安心感を覚えた。よくよく考えれば、税理士法人の担当者は、税金を徴収する役人ではないのだ。当たり前のことなのだが、“至急”や“納税”などといったキーワードが並ぶメールでのやりとりをすると、緊張感を覚えてしまっていたことに無理もない。

木田さんは落ち着いた様子で、次のように続けた。

「台湾のことを話す前に、少しだけ国際租税の仕組みについてお話させていただきます。圭亮さんは”183日ルール”というものを聞いたことがあるかと思います。今回も私たちから連絡をさせていただく前、もしかしたら、このルールについて疑問に思われたかもしれません」

「ええ、その通りです。台湾には確かに相当な日数、滞在していますが、183日を超える年はなかったものですから」

「そうですよね。この183日ルールというものは、租税条約を締結している国同士に適用されるルールであるというのが前提です。たとえば、日本とアメリカ、日本とカナダ、日本とオーストラリアなどです。日本は経済的に成熟しているほとんどの国と租税条約を締結しています」

Photo by  bBear