東京、ニューヨーク、香港と渡り歩いた“旅するタックスアドバイザー”マリアが、世界を飛び回るサラリーマン圭亮を主役として、出張先の国々と日本との文化や税制の違いを紹介します。今回は、アメリカにいる甥っ子へ大学進学祝いの送金をしようとした圭亮が直面した、日本の贈与税の課税範囲の広さについて解説します。

アメリカ随一の学園都市、ボストン/Photo by 12019
アメリカ市民である甥っ子の大学進学祝い
せわしなく出張を繰り返す圭亮は、誰もが認める独身貴族の典型であった。
特定の相手をもたず好きに時間を使い、急な出張が入っても誰を待たすわけでもない。
北米へも、欧州へもアジアへも身軽に飛んでいけるうえに、帰国後の時差ボケも存分に寝ることで解消できる。
圭亮自身はこの生活をとても気に入っていた。周りが自分を「独身貴族」と呼ぶ際に、何かしらの決して好意的でない意味が含まれていたとしても、全く気にはしていなかった。
そんな圭亮にも実は、目に入れても痛くない甥っ子がいる。
圭亮には歳の離れた姉が一人いる。彼女はアメリカで日本人と結婚をし、18年前に子どもを生んでいたのだ。
甥っ子の名前は幸雄といい、彼は今年の秋からアメリカの大学に進んでいる。アメリカ生まれ、アメリカ育ちだが、姉夫婦の徹底した教育の甲斐があり、完璧な日本語を話す。
自分に子どものいない圭亮にとって、幸雄は唯一、可愛がり甲斐のある存在であった。
「もしもし姉さん、久しぶり。幸雄が出て行って寂しいんじゃないの?」
圭亮は久しぶりに姉に電話をかけた。アメリカの子どもは大学から親元を離れるのが一般的であり、幸雄もその例にかなった。

ボストンのアパートメントが立ち並ぶ街並み/Photo by StockSnap
「それはそうよ、やることがなくって困っちゃって。それよりどうしたの急に」
幸雄がアメリカの大学に進む際、圭亮はちょうど繁忙期に差しかかっていたため満足にお祝いをすることができていなかった。やっと仕事が落ち着いてきた今、進学祝いに何か贈り物をしたいと思い姉に電話を掛けたのだった。
「大学生活はいろいろと物入りだと思うし、学費の足しにもできるから、いくらか現金で渡そうと思うんだ。そんな大金は出せないけどね」
現金で渡すのが一番いい、それは圭亮が考えに考え抜いた結論であった。自分が18歳であったら何が一番うれしいか、そう思ってのことだった。
「あら、それはありがとう。でもあんた、贈与税のこととか、ちゃんと考えてるの?」
「うん、それは大丈夫。アメリカの幸雄への送金だから、日本側では贈与税がかからないはずだから」
圭亮の誤解
日本の贈与税は、贈与を受けた側(受贈者)が負担をするものである。つまり、税金を負担するのは、お金をもらったほうである。利益を得るのはお金をもらった側であるのだから、この立て付けは理解しやすい。
一方、米国では、贈与税は贈与をした側(贈与者)が負担をする。お金をあげる側が税額まで織り込んで額を決定すべきという立て付けである。
圭亮は自分から幸雄へ現金を送金すると仮定した際に、それぞれの国での取り扱いは、以下のとおりになると思っていた。
【日本側】
日本では受贈者(お金をもらった側)に納税義務がある。
受贈者である幸雄はアメリカ居住者であり日本に何の関係もないので、日本に対して納税義務はない。
【米国側】
米国では贈与者(お金をあげた側)に納税義務がある。
贈与者である圭亮は日本居住者であり米国には何の関係もないので、米国に対して納税義務はない。
「あら、あんたそれ間違ってるわよ。実はこの夏ね、お母さんが幸雄にって、いくらか送金してくれたんだけど、念のために税理士に相談したら、こんな情報が入ってきたのよ」
指摘をしてきたのは姉のほうであった。
どうやら圭介は、母親の血を引いているらしい。この夏に母親が幸雄に送金の話をもちかけたというのだ。
姉の説明によると、それぞれの国での取り扱いは以下の通りとなり、結果的には日本で贈与税がかかるという。
【日本側】
日本では受贈者(お金をもらった側)に納税義務がある。
受贈者である幸雄はアメリカ居住者だが、贈与者である圭亮は日本に住所をもつので、幸雄は日本国に対して納税義務を負う。日本に“納税管理人”を設定し、贈与税の申告書を提出し、納税をしなければならない。
【米国側】
米国では贈与者(お金をあげた側)に納税義務がある。
贈与者である圭亮は日本居住者であり米国には何の関係もないので、現金が日本から米国への送金である限り(米国内の現金の移転でない限り)米国政府に納税義務を負わない。
なるほど、どうやら幸雄は日本政府への納税から逃れられないようである。
以下の図を見てみてほしい。図の中で白くなっている部分については、全世界の財産が贈与税の課税対象となる。一方、黒くなっている部分については、日本国内の財産のみが贈与税の課税対象となる。

ここからわかることは、贈与を受ける側(受贈者)が国外に住んでいたとしても、日本に住所のある贈与者からの贈与である場合、受け手は日本に対して贈与税の納税義務を負うということだ。これは資産の移転による税逃れを回避する目的の制度であるが、世界の中でも、とても厳しい課税対象の範囲であり、税率も最高55%と、とても高い。
日本国における贈与税は、暦年(1~12月)の間に受けた財産の額を元に計算する。贈与を受けた額から基礎控除額110万円を差し引き、残った金額に税率を乗じて税額を計算する。
つまりは基礎控除額110万円を超えない額を贈与する限りにおいては、そこに税金はかからないことになる。これがよくちまたに広がっている、110万円の壁である。
非課税枠の罠
「なるほどね。じゃぁ姉さん、もし500万円くらい送りたいと思って、5年に分けて贈与したら完全に無税ってことかな」
「そこにも注意が必要なのよ」
毎年110万円を超えない限り、贈与の額は基礎控除額を上回ることはないため、贈与税額は発生しない。しかし、これを利用しようとして、贈与者と受贈者との間で「5年に渡って計500万円を贈与する。ただし支払いは年100万の5回の割賦払いとする」などという定めを交わしてしまうと、おしまいである。
実は上記のような取り決めをしてしまうと、500万円の贈与の取り決めがなされた部分に着目をし、その金額に対して贈与税の計算をしなければならないこととされている。
“たまたま100万円の贈与の取り決めが5年間、毎年発生し、結果的に5年後振り返ってみると合計500万円の贈与が行われていた“のであれば、毎年の贈与額100万円について基礎控除額110万円が適用されるのであるが、先例の取り決めがある場合、500万円―110万円=490万円について贈与税の計算がなされてしまう。
現行の贈与税の税率は、一般の場合には以下の通りである。

贈与が直系尊属(祖父母、父母)から20歳以上の者(子ども、孫など)へのものである場合には、以下の特例税率が適用される。 圭亮と甥っ子の幸雄は直系の関係にないため、この特例税率は利用できない。

「なるほどね。じゃぁ幸雄には毎年110万円以内の送金をすることと、間違っても“あらかじめそれ以上の金額を渡すつもりだが、支払いは割賦払いにする”などといったメールや手紙を残さないことが、日本側での贈与税を回避する方法なんだね。はは~助かったよ。ちょっと幸雄に連絡してみる」
圭亮はもともと100万円を超える金額を送金しようとは思っていなかったのだが、あたかもそうするつもりであったかのような見栄を張ってしまっていた。
贈与税を回避するために金額を小額にしているだけなのだと、いいわけを添えて幸雄に連絡をしようと決めた圭亮なのであった。
日本の相続税および贈与税は、世界中で最も課税対象となる資産の定義が広義であり、税率が高いものとなっている。日本に一時的に住んでいる外国人にとって、これは大きな問題となっており、昨今ニュースでも日本進出の際の大きな“足かせ”になってしまっていると問題定義がなされている。