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【電卓持って世界一周!】世界一周の終わりに―人が人を助ける意味~東京なう~

シンガポールで活躍した現役女性会計士が、電卓片手に、世界各地のNGOで会計士ボランティアをしながら世界一周! 旅の中での発見を、会計士目線で伝えていきます。今回は本連載の最終回。南アフリカ・レソトの「KICK 4 LIFE」を卒業し、2カ月の猛スピードで世界中を放浪、東京に帰ってきた今、思うことをつづります。

石井、無事帰還す

皆さんこんにちは、石井です!

この度、私は1年ぶりに東京に帰ってきた。前回の原稿の時点ではバックパッカー旅の最中でモロッコにいたわけだが、その後ヨーロッパ、中東、アジアを駆け抜け、なんと結局2カ月で23カ国を周ってしまった。

滞在国の一例を挙げると、たとえばスペインでアルハンブラ宮殿を訪れた次の週には、スイスで雪を冠したアルプスを眺め、アイスランドではオーロラの美しさに震え、トルコのカッパドキアで気球に乗り、エルサレムの嘆きの壁でユダヤ教の人と一緒に涙し、エジプトでピラミッドと写メを撮り、ドバイのブルジュ・ハリファで140階の夜景に絶句し・・・。

これらの国を旅で訪れる人は結構いると思われるが、2カ月で制覇する女は私くらいだと思う(笑)

実に奇妙な日々だった。来る日も来る日も「死ぬまでに一度は見たい絶景」といわれる景色を眺めて暮らしたので、感動や驚きの連続に、しょっちゅう頭がふらふらになった。今「うわ、これものすごい!!」と思った出来事も、瞬く間に後ろへと飛び去り、次の瞬間には目の前に人生観を変えるような別の光景がある。

旅をしていたのはたったの2カ月なのだが、私の記憶では1年くらいは放浪していたように感じられる。普通の人が1年くらいで積み重ねる、もしくはそれ以上の量の思い出を、一気に味わったからだろう。

未知の体験は、人間の体感時間を延ばす。それに気づいて以来、日本に帰ってきてからも、なるべく新しい人と会い、行ったことのない場所へ行き、食べたことのないものを食べるようにしている。

「2カ月が1年」が難しくても、せめて「2カ月が4カ月」くらいに感じるような日々を過ごしていれば、これからの20年を40年分くらいの体感時間で生きることも可能だと思うからだ。時間は巻き戻せないが、これから自分が生きていく時間を延ばすことはできる。

クロアチアのプリトビツェ湖群国立公園。印象派の絵のような美しさ

石井、久しぶりの日本に浦島太郎状態

とはいえ、久しぶりの日本定住も悪くない。2012年にシンガポールへ移住して以来、こんなに長く東京にいるのは6年ぶりである。今は日本のおいしいご飯を満喫しながら、浦島太郎状態を満喫している。なにしろ世俗の情報がまったく分からないので、流行っている物事を一生懸命周りの友達から教わっているところだ。(えっ松坂桃李って誰? えっ貴乃花って警察沙汰になったの?)

なんたって1年近くアフリカの途上国にいたから、日本の近況を見失っていることは容易に予想できていたわけだが、変わってないのになぜか驚いたこともあった。東京に帰って一番驚いたのは、その大きさである。あれっ、東京ってこんなに広かったっけ? 移動時間こんなに長かったっけ? 電車内で過ごす時間が長すぎて、JRの車内TVのコマーシャルも、大体覚えてしまった。

私が20代のころ勤めていた会社は日本橋にあり、私は幕張の自宅から毎日door to doorで1時間かけて通勤していた。当時は気にもしなかったが、こんなに長時間ヒールを履いて満員電車に揺られていたのかと思うと、若かりしころの自分のガッツに胸アツである。

小ぢんまりしたシンガポールに甘やかされてしまった現在の私に、片道1時間通勤は、だいぶ荷が重い。もし将来日本で就職する日が来たら、絶対会社の隣に住む。ウサギ小屋みたいにちっちゃい部屋で十分だピョン。

イスタンブールの歴史地区にあるアヤソフィア。夜のライトアップが幻想的

石井、世界一周の終わりに何を思う

そのようなわけで私の世界一周の旅も、ついに幕を閉じてしまった。なので今回の「電卓持って世界一周!」には、私が日本に帰国してから、ずっと考えていることを書こうと思う。それは「他人を助ける」という行為についてである。

皆さんご承知の通り、私はこの1年間、アフリカのNPOで働いていた。だから東京でもよく「途上国開発に関わる仕事に就きたいと思っています。どう思いますか?」と聞かれることがある。それは素晴らしいことだと思う。ユニセフのポスターを目にして「かわいそう」と思う人は世界にたくさんいるが、実際に途上国のNPOに行って働こうという人は少ない。

私は途上国のNPOで働けるかどうかの決め手は「ありがとうを言われなかったとしても、赤の他人を助けられるか」だと思う。あなたが助けようとしている人が、あなたに特に感謝していなかったとしても、手を差し伸べられるかどうか。

アフリカの貧困層を救うためには、そのシステムを作るために、地べたを這いずり回るような大きな努力が必要だ。でも現地のアフリカの人のほとんどは、地べたを這いずり回るほどの努力は決してしない。そんなに必死に働くのは嫌だからだ。そういう人たちの生活を向上させる目的のために、あなたは自身の身を粉にして、働き続けることができるだろうか? そういうことだと思う。

チェコのプラハの画家の方(イケメン)に似顔絵描いていただいた。似てますかー?

石井、某NPOの活動に感動する

私がシンガポールで再開した友人に、若き経営者の男性がいる。彼はいろいろな会社のトップと繋がりがあるため、そのご縁で、一度NPOの説明会にも参加したことがあるそうだ。そのNPOは、途上国で売春を強要されている女性を救い、職業訓練を通じて社会に再適合できるよう、支援している。私も名前だけは聞いたことがある、なかなか有名な団体である。

そのNPOの代表の方は、女性たちの境遇に対して真剣に憤り、奮闘された。途上国の農村に工場を作り、そこで元売春婦の女性たちを雇い、住まわせた。ビジネスとして雑貨作りを教えた。できた雑貨は日本に卸すのだが、もちろん彼女たちが初めて作った製品など、日本の小売店の求める品質を満たすものではない。何度もダメ出しをくらい、返品され、それでもやっとなんとかして最初の出荷が行われ、会社に収益が入ってきた。

代表はそれをもとに、従業員たちに初めての給与を払った。代表は喜んだ。よかったね、あなたたちが一生懸命働いた成果だねと。従業員たちももちろん喜んだ。

翌日になった。従業員が出社してきて、ニコニコしながら「お金? 全部使っちゃったよ」と言う。ほらきれいでしょ、とパーマした髪や、ネイルを見せる。1人ではない。なんと会社の従業員全員が、その月の給与全額を使いきり、美容院やネイルサロンに行ってしまったのだ。小さな子どもがいる従業員もいるが、食費や教育費などには一銭も使っていない。もちろん貯金などしない。

その光景を見て、代表は膝の力がヘナヘナと抜けてしまったんだそうだ。「この女性たちを経済的に自立させることに、果たして意味はあったんだろうか」と。同団体では、今では給与の使い方に関するトレーニングを、従業員に対して定期的に開いているという。

私はその話を聞いて、「うーん」とうなり、NPOの代表に心底同情してしまった。偉いと思う。なかなか赤の他人の面倒をそこまで見てあげられるものではない。

そして、そんなトレーニングを行っても、結局美容院やネイルサロンに給与のほとんどを使ってしまう従業員は、いると思う。またお金が手に入り始めると、もっと贅沢がしたくて「息子が病気で薬代がいるのだ」という嘘をついて給与の前借りを要求したり、「私たちの給与は少ない! こんなに働いているんだからもっともらえて当然だ!」と、毎日ふらふら職場にいるだけなのに文句を言い始める従業員も、結構いると思う。

だからといって、その女性たちを売春宿に戻すことも、今更できない。事業と違い、ソーシャルインパクト系の活動って、一度始めるとストップすることは実に難しいのだ。

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