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弥生×会計人

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第2章 インテュイット、ライブドア時代に築かれた礎

アメリカから黒船来襲で3社統合

宮口編集長
1996年、米Intuitはミルキーウェイを買収、翌年には日本マイコンを買収し、統合会社になり日本法人が設立されました。私もそうでしたが、税理士業界では「黒船来襲か?」とかなりの注目度だったのを覚えています。まず、日本マイコンとミルキーウェイについて、どのような印象をお持ちですか。
岡本社長
当時の人たちから話を聞く限り、日本マイコンはモノづくりが好きな会社だったという印象です。ですので、モノづくりの会社としてしっかりしたソフトウェアが作られました。ミルキーウェイは経営陣に公認会計士がおり、経営の視点を持った会社だったというイメージがあります。モノづくりの会社と会計と経営視点を持った会社が統合されたことは良かったと思います。

両社共にパソコンが普及するという将来性に早くから着目し、パソコン会計ソフトの市場を築いた大きな功績があると思います。パソコンで使える会計ソフトは、いろいろとあったと思いますが、「弥生会計」と「大番頭」というブランドは、当時も現在も会計ソフトのお手本になっていると思います。

宮口編集長
インテュイットについてはどのような印象をお持ちですか。
岡本社長
私がアメリカにいたころは、インテュイットの「Quicken」という個人向けの家計管理ソフトが主流でした。ご存じの通り、アメリカは小切手の社会です。小切手を管理するためにパーソナルファイナンスというジャンルが昔からあります。そのため、会計ソフトへの取り組みが日本よりも先行しており、そこから事業者向けの「QuickBooks」も生まれました。インテュイットの経営スタイルは同時代の日本企業の経営スタイルと比べ、非常に洗練されていたと思います。

インテュイットが弥生にもたらしたもの

宮口編集長
インテュイット時代の弥生についてどのように評価していますか。
岡本社長
現在の弥生のビジネス基盤が作られたのはこの時代だと思います。たとえば商品のパッケージ。それ以前は「フロッピーディスクをお客さまに届けるための箱」という考えで作られていたパッケージが、インテュイットのマーケティングという発想が取り入れられるようになると「売れるためのパッケージ」という視点で作られるようになりました。
宮口編集長
魅せ方をより意識するようになったということですね。
岡本社長
そうです。それから、サポートをより充実させるようになりました。それ以前はお客様からの問い合わせに対して「できる範囲で答えます」という姿勢でしたが、インテュイットになってから「しっかりと答えます」という姿勢に変わりました。そのため、大阪にカスタマーセンターを立ち上げ、人員と設備をしっかり整えました。
宮口編集長
サポートといえば「弥生 PAP」の制度が立ち上がったのもそのころですね。
岡本社長
はい。会計ソフトを普及させるには会計事務所の皆さまとのパートナーシップが大切だという考えがあり、2000年に立ち上げた「IPAP」が現在の「弥生PAP」の前身です。
宮口編集長
開発に変化はあったのでしょうか。
岡本社長
ソフトのUI/UXに対する考え方が変わったと思います。それ以前は技術者の意見を中心として作っていたのですが、インテュイットになってからはお客様の声を取り入れるようになりました。実際、ユーザーに集まってもらってソフトの画面を操作してもらい、使い勝手について意見を聞く。今ではあたり前のことですけどね。

活気と混沌がまじりあう時代

宮口編集長
インテュイットからMBOによって弥生株式会社が誕生しました。そして、ライブドアの傘下に入りました。この時代をどのように評価されていますか。
岡本社長
私はあの時代を企業として「明確に事業の成長を指向した時代」と評価しています。インテュイットの時代もライブドア傘下に入った時代も「どんどん成長しようよ」と社内に活気があり良かったと思います。
宮口編集長
当時、外部から弥生を見ていた私には、社員がフワフワしている印象を受けました。「この会社はどこに向かっているのだろう?」という不安を抱いている社員が多かったように思いましたが、いかがでしょうか。
岡本社長
なるほど。確かに、買収されることが続いたこともあり、方向性が見えなくなっていたかもしれません。活気のある時代である一方、混沌とした時代でもあったと言えますね。
宮口編集長
いずれにしても、ビジネス的には成功を収めた時代といえます。
岡本社長
そうです。弥生がパソコンの会計ソフト分野で明確なNo1の座を確立したのは、当時の平松庚三社長の時代です。製品開発、ユーザーサポート、チャネル戦略など、合理的にやるべきことをやってきた成果だと思います。
宮口編集長
優秀な社員のいる会社に経営のプロが集まり成果が生まれた。そういう時代だったのでしょうか。
岡本社長
その反面、人の流動も激しかったとも言われています。良くも悪くも、外資系企業という雰囲気があったのかも知れません。

岡本 浩一郎(おかもと こういちろう)

弥生株式会社 代表取締役社長

1969年横浜市生まれ。東京大学工学部卒業。野村総合研究所(NRI)入社。システムエンジニアとして証券系システムの開発、マーケティングなどに従事。プロジェクトマネージャーとしてWindowsベースの基幹システム開発ツールの商品化にも携わる。在籍中の97年にはカリフォルニア大学ロサンゼルス校で経営大学院を修了。98年、ボストンコンサルティンググループの経営コンサルタント、2000年、IT戦略に特化した経営コンサルティング会社を設立。08年4月、弥生の代表取締役社長に就任。

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