この記事のポイント
●投資家も「人」。良いリレーション構築がIR活動成功のカギ
●良い会社も良いIRをしないと投資してもらえない
●IPOから1年目が勝負の分かれ道
以下の前回の記事では、IRオフィサーが投資家のことを知り、分析して、自らが投資家にアプローチすることがIRオフィサーの役割であるということを解説いたしました。
しかし、あまり機関投資家と面談をしたことがないIRオフィサーにとっては、機関投資家というのは実態の見えづらい巨大な組織体の様に見えるのではないでしょうか。
本記事では、私がIRオフィサーとして、どの様な心構えで、機関投資家の様々な部門の担当者とどの様な内容の面談をしているかアウトプットします。
本記事の内容が読者のみなさんの会社のIR活動に役立ちましたら幸いです。
IR入門2:機関投資家と接する心構えについて
先述のとおり、機関投資家との接点が多くないIRオフィサーは、機関投資家は怖い存在と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?
実際私もIPOからの半年間は、機関投資家には、ビジネスモデルの細部まで聞いてくる、やたらと3文字英語(TAM、ROE、EPS等)を多用してくる、手元で把握していないKPI指標を聞いてくる、という印象を持っていました。
また、自社が属する市場全体の質問や競合他社の動向など、調べ切れていないことへの質問が集中し、「本当に自社のことに興味があるのかな?」と疑問に思うこともしばしばありました。
しかし、実はそのヒアリング内容について真摯に調査を行い、回答ができる状況になると、私自身が大局的な視点から自社を分析ができるようになり、経営企画の管理に役立つことに気づきました。
例えば、営業社員の数と離職率、生産性などの質問は、機関投資家が手元で成長ストーリーを組むための重要なKPIであり、そのKPIを自社における予算管理に適用することで、精度の高い予算を設計できるようになりました。
また、業界動向や競合他社に対する質問に回答するために、競合他社の決算の内容を決算発表と同時に調査することで、市場全体の動向を把握し、他社業績の変化から自社にも与え得るリスクを想定し、自社が取るべき打ち手を提案できるようになりました。
この様に機関投資家からの質問に回答するために、調査したことが自社の打ち手として活用できるようにもなりました。
そして、決算発表ごとに機関投資家と対話をする状況になってからは、機関投資家が何を聞きたいかを決算発表前から想定することができるようになり、その想定質問を決算説明資料に織り込むようになりました。
その結果、機関投資家との対話が建設的なものとなり、決算数字に関する質疑応答はそこそこに、事業の成長戦略等のディスカッションに時間を割くこともできるようになっています。
投資家と上場企業という関係なので、簡単にはリレーションを構築することはできませんが、投資家が知りたいことをIRオフィサーが答える、つまり期待値の調整を的確にすること、その繰り返しにより信用してくれるようになると感じています。
何よりも機関投資家の担当者も「人」です。
誠実な応対をすることで、人的関係が構築できるようになると感じています。
IR入門3:機関投資家内の役割に応じた担当者とのリレーション構築について
機関投資家の中には、様々な役割を持っている担当者がいます。
面談する担当者がどの様な役割を持っているかを把握し、何を知りたいのか、知った後にどの様なアクションを取ろうとしているかを知ることで、IRオフィサーとして何を伝えれば良いかが想定できるようになります。
以下では、IR活動で接している機関投資家の担当者の役割と、私が面談に際して意識していることを紹介いたします。
アナリスト
アナリストは、投資家の第三者目線で、上場会社の決算の財務分析やインタビューを通じた会社の競争優位性や今後の成長戦略の評価を行う担当者です。
一般的には業種(セクター)毎で担当者が任命され、長くその業界でアナリスト活動を行っているので、業界に非常に詳しい方が多いです。
IR活動を行う中ではとても重要なポジションで、アナリストの方とどれくらい密にコミュニケーションを取り、関係性を築くことができるかが、IRの成功を左右すると言っても過言ではないです。
アナリストには「セルサイドアナリスト(証券会社の中のアナリスト)」と「バイサイドアナリスト(機関投資家の中のアナリスト)」がいて、いずれのアナリストとも関係を構築することが重要です。
ここでは、セルサイドのアナリストについて解説します。
セルサイドアナリストは、企業の分析やインタビューを行った後にアナリストレポートを発行してくれることがあります。
そのレポートは、国内・海外の機関投資家に向けて配信されます。
配信されたレポートを見たPMやバイサイドアナリストが、セルサイドアナリストに会社の業績や今後の見通しを質問して、投資するかどうかの判断を補完しています。
セルサイドアナリストレポートの影響は大きく、そこでの評価いかんで大きく株価が変動するため、機関投資家に対しても強い影響力を持っています。
そのためIRオフィサーとしては、アナリストからレポートが発信されることを前提に、自社が現実的に予見している見通しとアナリストとの目線を一致させることを意識して、コミュニケーションを取る必要があります。
ただし、セルサイドアナリストはカバーしている会社が多いので大変忙しいです。カバーするきっかけは、機関投資家から「●●という会社について教えて欲しい」という問い合わせが増えることなので、後述するPMと多く面談することが重要です。
ポートフォリオマネージャー(PM)
PMは、上場会社に対して投資するか否かの意思決定を行う担当者です。
つまりIRオフィサーにとっては、自社への投資が決まる際のキーマンになります。
PMは、機関投資家から一定の枠で与えられた資金を運用し、その運用成績をもって評価されるので、株価の動向にも非常に強い関心を持っています。
また、IRオフィサーにインタビューをして投資する運用スタイルのPMは、基本的には短期的な株価の乱高下を嫌うため、サプライズは好みません。
そのため上場会社が出すIR情報で、そのサプライズ要素がないかを入念に確かめますし、インタビューの際にはリスク要因を聞かれるので、細かい質問が多いように感じられるかもしれません。
しかし、この質問に対して正確かつ分かりやすく伝えられるかどうかが、IRオフィサーとしての腕の見せ所だと感じています。
PMは、IRオフィサーの発言が信用できるかどうかをとても重視していることから、私は決算発表の度に手元の資料も入念に準備して、可能な限りあらゆる角度の質問に回答できるような心構えをしています。
そして、質問に回答するだけではなく、PMに「成長することを期待したい」「この会社に投資したい」と思っていただけるように、自社の成長ストーリーや強みについてしっかりと説明することも意識しています。
証券会社の上場会社営業担当者
上場会社にアプローチしてくれる営業担当者は、最も近くで伴走してくれるIR活動のパートナーであり、相談相手でもあります。
言い換えれば、営業担当と良好なリレーションが取れていなければ、IR活動の一歩目を踏み出すことが難しくなってしまいます。
なぜなら IRオフィサーは、PMと日常的に接点がない場合、PMに直接アプローチするチャネルを持っていません。
そのため、証券会社の営業担当者を通じてしか機関投資家に面談依頼ができず、またスモールミーティングやカンファレンスに招待してもらうこともできないからです。
あなたの会社は、IPO以降に主幹事証券会社の営業担当と疎遠になってしまってはいないでしょうか?
もしその様な状況になっていたら、すぐにIRオフィサーが主幹事証券会社に問い合わせ、改めてリレーションを構築することを強く推奨いたします。
私もカチタスのIPO直後は、営業担当の方に毎日のように電話をして相談していましたし、初期には開示書類の事前相談も行っていました。
その営業担当の方には、多大なる迷惑と負担を掛けていましたが、結果として良好なリレーションが構築できたのも事実です。
そして、お世話になっていることをカチタスの経営陣にフィードバックすることで、今では担当者単位だけでなく、証券会社とカチタスという法人単位でのリレーションの構築につながっていると感じています。
責任投資部門
機関投資家は、多くの会社に投資を行う「株主」であることから、議決権行使も重要な責任となっています。
近年では、機関投資家の議決権行使について、後述するアセットオーナーの利益を最大化するように実施することが求められているため、機関投資家にとっての議決権行使の重要性が増しています。
機関投資家の裏にいる投資家(アセットオーナー)は、公的年金や企業年金などなので、ある意味では国民自体が最大の投資家になっています。
その機関投資家の中で、株主総会の議決権行使をする重要な役割が、責任投資部門の担当者です。
責任投資部門の方との面談機会はさほど多くはなく、議決権行使をする株主総会の半年前くらいから面談を行うことになります。
それを、「Shareholder Relations(SR)活動」と言います。
SR活動は、想定される半年後の株主総会の議案について事前相談したり、機関投資家としての議決権行使基準を説明してもらったりしながら、その基準に基づく判断の可能性をディスカッションする場になります。
議決権行使をする部門なので、上場会社のガバナンスについても重要視しており、具体的には独立社外役員の牽制や取締役会における議論の内容などと言った、取締役会が形式的にではなく実効的に機能しているかという観点を重視しています。
そのため、SR活動においては自社の取締役会でどの様な議論がなされているのか、社外取締役が独立的な立場を堅持しているか、ESG・TCFDという領域に対する取り組みについて積極的に伝えるように意識しています。