経営に関する幅広い業務を行う山田コンサルティンググループ(以下、山田コンサル)に、地方銀行から転職した鷲原氏。さまざまな経験を積み重ねたからこそ見つけられた、理想の仕事像とは?
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専門性を身につけたいと、新卒で入った会社を辞めて勉強に専念。公認会計士に
-新卒での就職は、経理畑ではなかったそうですね。
鷲原絵(以下、鷲原):新卒では、メーカーの子会社に入社しました。ビル設備をメンテナンスする会社で、法人営業を担当していました。そのころから、漠然と「専門性がほしい」と考えていましたね。
―営業1年目でそう考えられたのですね。
鷲原:自分に強みを持たないといけないと、早い段階から思っていました。社会に出て営業を経験したら、会社がすべて数字で評価されているように感じ、財務数値や会計に興味が湧きました。それまで数字についての勉強は全くしてこなかったので、数字を理解したくて。また専門性が欲しいと考えていたこともあり、公認会計士の勉強を始めました。でも正直最初は簿記の考え方が入って来なくて、勉強のハードルが高くて。思い切って専念しようと決めて、3年目にメーカーは辞めました。
―仕事を辞め、勉強をするのは大きな決断です。どうして踏み切れたのでしょうか?
鷲原:2つ理由があって、まず自分は二兎を追えない性格でして。仕事をそこそこにやるのは職場の人に失礼だと思いましたし、勉強も中途半端で諦めることになりそうだなと思い専念することにしました。もう1つは、公認会計士は勉強すれば受かる資格だと思ったからです。大学受験の経験から試験勉強は得意だと思っていたので、集中して勉強すれば受かるかなと……。もちろん実際勉強は大変で半年、1年と勉強して、こんなにしんどいものかと驚きましたね。
就職のプレッシャーと闘いながらコツコツ勉強
―勉強を始めてから2年ほどで合格されています。勉強のコツなどはありましたか?
鷲原:そもそも仕事を辞めて退路を絶っていたので、1日10時間以上ひたすら勉強していました。始めたときにカレンダーを作って、勉強科目と、勉強した時間を書いていきました。よくネットに3000時間~5000時間やれば受かると書いてありますよね?最後に確認したら、やはり累積で5000時間くらいでした。勉強に時間をかけられたことは大きかったと思います。
―勉強は順風満帆でしたか?
鷲原:受かるかという不安よりも、当時はリーマンショックの影響で監査法人が採用を絞っていて公認会計士として監査法人に行けるルートが無いかもしれないとなったときには心が折れかけましたね。当時、社会人経験者は採用枠がほとんど無かったので、特に難しかったです。結局どこにも入れませんでした。
―社会情勢が壁になってしまったのですね。
鷲原:当時は、金融庁が就職できない公認会計士に監査法人以外の求人を紹介していて、銀行の経理は採用枠があったんです。それで、地方銀行に就職しました。
地方銀行で経理を経験。転職を決意したきっかけは
―地方銀行ではどんな仕事をしていたのでしょうか?
鷲原:5年間、経理と決算業務を担当しました。ある意味シンプルな業務だったので、経理ができるようになったという実感はなかったですが、決算周りはなんとなく理解できた気がします。そんな折、私が勤めていた地方銀行が近隣の地方銀行と経営統合することになりました。
―銀行が大きな転機を迎えたのですね。
鷲原:この時に公認会計士登録を済ませていましたから、M&A業務に携われるかもという期待はありました。ところが、まったく携われなかった。携われたのは財務手続きの処理くらいでしょうか。決算業務自体にも少し慣れてしまっていたこともあり、M&A業務に携われなかったことが悔しくて、再び転職することを決意しました。

エージェントの薦めで山田コンサルティンググループへ
―転職で譲れなかったポイントを教えてください。
鷲原:単純に、「公認会計士らしい仕事をしたい」という点です。それで、レックスアドバイザーズのエージェントに相談したところ、「バリュエーションや財務デューデリジェンス等のM&A業務は公認会計士にアドバンテージがありますよ」と公認会計士らしい活躍ができるという話をされて、興味が湧きました。
―個人の会計事務所は候補になかったのでしょうか?
鷲原:個人事務所は元々考えていなかったですね。転職当時、既に30歳を過ぎていたので、幅広くやるのは大変だけど、ある程度融通が効いてルールが決まりすぎていない組織を考えていました。そうしたら、エージェントに「山田さんは規模もちょうどよいし、融通が利く組織だと思いますよ」と提案いただき、選考に進みました。マニュアルを覚えていくような仕事や社内の調整に時間がかかるような組織では働きたくなかったので、面接で「自分で考えてやっていく」とか「できるなら任せる」といった話が聞けたのは、大きかったですね。それと、当時の山田FAS(現在の山田コンサルFAS事業部)には事業承継やM&Aなど多様な業務があったので、ジョブローテーションの中で、違う業務もいろいろと経験できるかもしれないとも思いました。
―山田コンサルで将来の新たなビジョンが見えたのですね。
鷲原:最初から個人の会計事務所に勤めると、業務の幅が限定的になるような気がしていて。実は面接で、M&A業務以外の仕事もできるかと聞いてみました。そうしたら、組織内に事業承継をやっている部署もある、いろいろ経験できると言われ、転職を決めました。
FASの業務を通じて学んだこと
―初めてFASでの勤務を経験して、どうでしたか?
鷲原:FAS業務はやることも複雑で難しかったですが、一方で、公認会計士試験で勉強したことが、実際の業務ですべて活きているとも感じました。やはり公認会計士らしい仕事だと確信しましたね。
―組織の規模感はどうでしたか?
鷲原:私が入社した当時の山田FASは80人規模の会社でしたが、その規模の会社に入ったのは初めてで、戸惑いはありました。まだビジネスができあがっておらず、どんどん変わっていく。部署ごとなくなるようなこともあり、最初は怖いと思いました。でも、そういう不安定な場所でも仕事ができるようになりたいとも考えていたので、ある意味チャンスだなと気持ちを切り替えました。
―業務内容が常に激しく変わるということですか?
鷲原:FAS事業部は、特に人が少なかったこともあり、同じ業務をあまりやらせてくれませんでした。仕事を選んでいる余裕はなかったので、しんどさはありましたが、ありがたいことでもありました。毎回、何かしらやることが違うから、飽きずに続けられているのかもしれません(笑)。進め方が分からない仕事も、何とか整理しながらやっていく。怖さもありますが、仕事の面白さが感じられます。
―現在入社して7年目となりました。大きな壁にぶつかった際にチームで乗り越えた経験はありますか?
鷲原:少し前になりますが、企業規模が非常に大きい海外のバリュエーションの引き合いを受け、当初私一人で対応していた案件がありました。その際、複数案件を抱えていたにも関わらず、うまくメンバーを巻き込まなかったことで、対応が遅れ、案件を取りまとめる証券会社から対応が遅いと言われてしまったことがあります。本来は、早い段階から部署全体を巻き込んで対応すべき規模だったにも関わらず、問題を先送りにして一人で対応しようとしてしまったことが原因でした。上司からも「目線が低い」と言われ、部署全体で物事を考えられていないことに対して厳しく指摘を受けました。最終的には上司に相談し、アサインの体制を大きく変え、部署全体で役割を分担したことで、案件は対応することが出来ましたが、部署全体で対応することを考えていられなかったことを強く反省しました。逆にチームでちゃんと役割を分担していけば、それぞれの得意を持ち寄って、大きな案件も受けられるということを感じました。
―上司に厳しく指摘されるんですね。
鷲原:うちの会社は優しいと思います。問題点をちゃんと指摘してくれ、そのままにしておかない。指摘は厳しくとも、答えを一生懸命返していけば、それなりに認めてくれます。まだまだ自分に足りていない部分は多いですが、なんとかやらせてもらっています。
―山田コンサルでは自分で考え走る人が求められるということでしょうか。
鷲原:そうですね。ただ、自分で考え走る人だけを求めているのではなく、人は適材適所だと思いますので、最近はFAS事業部では組織として自走できる人を育てていく取り組みに力を入れています。部として支えられる環境を整えるようにしている感じです。OJTだけではなく、部で勉強会を実施していますし、勉強会の内容は録画もしておいて、あとからでも見られるようにしています。内容はバリュエーションのやり方や業務ツールの使い方などで、1年半くらい続けています。

山田コンサルの理念と特徴、その影響
―改めて、貴社の理念と特徴を教えていただけますか。
鷲原:弊社は、この3つの理念を掲げています。
- 健全な価値観
- 社会貢献
- 個と組織の成長
最初聞いたときは、表面的に捉えていた部分がありましたが今は日々重要さを感じています。コンサルやM&A関連業務をしていると、弱きに流れそうになるところがありますが、この「健全な価値観」という理念は、あるべき行動が何かを常に立ち返って考えさせてくれるので結構大事だなと、よく感じますね。
また最近の自分は、「個と組織の成長」という理念について考える場面が多いです。今までは個の成長が組織を成長させると考えていましたが、個を成長させるためにも組織とのつながりが必要です。組織を成長させると、個も成長すると感じています。これらの理念を会社全体で真面目に実現しようと考えているところがあって、それが特徴でしょうか。
―組織の成長が個の成長につながると思ったきっかけがあったのですか?
鷲原:先ほどお伝えした、上司から「目線が低い」といわれた話ですね。3年前にマネージャーに上がったタイミングでは、証券会社に出向していて、社内でマネージャーの役割を明確に負わないままだったので、シニアコンサルタントの延長で物事を考えていました。マネージャーの役割の重要性は、ここ1、2年で強く感じるようになった気がします。
―チームのことを考えるようになったということでしょうか?
鷲原:仕事には「忙しいから楽しい」側面があると思っていますが、自分一人でできる仕事には限りがある中、自分が忙しくて楽しいだけではダメで、チームメンバーがどうやったら忙しくて楽しい状態になれるのかを意識するようになりました。チームとして個それぞれがどういう役割を狙えるのかを理解し、どう依頼するのかが大事だと思いますね。それが難しく、各自の役割の違いを意識しないといけないと感じていますね。
―先ほどお話が出ましたが、証券会社に出向していらしたのですね。
鷲原:山田コンサルのFAS事業部に入って、2年で証券会社に出向になりました。FAS事業部での業務をもっとやりたいと思っていたこともあり、正直最初は抵抗もありました。しかし元々安定を捨てて、山田コンサルに転職したので、ここで守りに入る必要は無いかなと思い、受け入れました。実際、証券会社での経験は今の仕事に大きな影響を与えてくれました。

常に新しさを求めて。山田コンサルティンググループが求める人材とは
―経験を積まれた今、仕事に関して心がけていることを教えてください。
鷲原:誰しもそうかもしれませんが、私は同じ仕事をやっているとつまらなくなってしまう性分です。これまでは会社や所属部署に、自分にとって新しいことをやらせてもらってきました。今後は自分が部署のメンバーに新しいことを提供できるよう心がけています。最近、組織としてもノウハウが蓄積されてきて、以前よりも大きい会社の組織再編やM&Aに携われるようになってきましたし、7年前に自分が入った時には、想像できなかった規模感の会社の案件も増えてきました。5年後、10年後にさらに規模を大きくできるよう、また今までやったことがない新しい業務を出来るようにすることが必要だと思っています。新しく入ってきた人に「新しいことに挑戦できる組織だ」と思ってもらえれるような部署、会社にしていくのが目標です。
―貴社にはどんな人が向いているとお考えですか。
鷲原:まずは自分で考え行動できる方ですね。全部話さなくても、考えて意見を述べ行動に移せる方は向いていると思います。また数字を扱うので、自分の作成したものに最後まで責任を持つ意識のある方は向いていると思います。逆に数字に苦手意識があったり、細かいことが苦手な方は向いていないかもしれません。
【あとがき】
山田コンサルティンググループに転職をされる際、偶然にも弊社をご利用いただいていた鷲原様。外部への出向を迷われた際に、「やらなかった後悔はやってしまった後悔より大きくなると思った」と語っていたのが忘れられません。また、撮影時にご案内いただいた執務室も開放感があり、オフィスもとても素敵でした。興味がある方はぜひ選考に進んでみてください。
山田コンサルティンググループ株式会社
YAMADA CONSULTING GROUP CO.,LTD.
●設立
1989年7月10日
●代表者
代表取締役社長 増田 慶作
●所在地
〒100-0005
東京都千代田区丸の内1丁目8番1号
丸の内トラストタワーN館10階(受付9階)
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