AIに任せる領域と、人が担うべき領域

AIを効果的に生かすうえで欠かせないのが、業務を「AIが処理できる部分」と「人の判断が必要な部分」に整理し直すことです。
この線引きを誤ると、期待したほどの効果が出なかったり、かえってレビュー工数が増えたりすることもあります。
だからこそ、業務を分解し、どこがAI向きで、どこが人の判断を必要とするのかを整理することが重要になります。

AIに向いている領域

会計業務のなかでAIが向いているのは、圧倒的に「記帳」処理でしょう。
会計ソフトへの記帳は、これまでは「人がキーボードを使って入力する」のが主流であり、多くの会計ソフトはそのためのキーボードショートカットの充実や画面遷移スピードの向上などを通じて、「いかに速く大量の記帳ができるか」を追求してきました。
会計人からも、そのような機能改善が強く支持されてきました。

そうした背景もあり、ブラウザベースで利用するクラウド会計が登場した当初、寄せられた不満の多くは「遅い」でした。
クラウド会計は、外部からのデータ連携などを通じて「いかに入力しないか」を追求することで活用できるものなのですが、「高速に入力できるのが良い会計ソフトだ」という観点から評価すると、そのような不満が出てしまうのでしょう。

しかし、記帳という点で考えれば、その作業はAIに置き換えられていくであろうことは自明です。
まだ現時点では、「人間が処理した方が速い」というケースもあるかもしれませんが、その優劣が逆転するのも時間の問題でしょう。
ただし、それは「入力作業」としての記帳に限った話です。
仕訳は過去データも含めて蓄積した情報量が多く、パターンが比較的安定しています。
AIが得意とする「情報整理」「パターン抽出」の特性と相性がよく、作業時間を大きく短縮できる可能性が高いのですが、問題はその入力作業の前後にあります。

人が対応すべき領域

記帳という処理をもう少し細かく見ていきましょう。

キーボードを使って入力することが記帳のメインではありますが、全てではありません。
まず、記帳の元となる証憑や取引データを入手する必要がありますし、その取引の背景情報や当事者の情報の事前理解も必要です。
これが「入力」の前工程として必要なものです。
さらに後工程としては、入力された内容の「確認(レビュー)」があります。
会計処理のレビューは、日付・金額・税区分などが正しいかだけではなく、企業の帳簿を構成する要素の1つとしてその仕訳が適切かを総合的に判断しなくてはいけません。

会計実務をやったことがある人であれば分かると思いますが、記帳をしようとするときの最大の問題は「どうやって仕訳を切ればいいか分からない」ことではなく、証憑が期日通りに集まっていないことです。
インボイス制度によって、請求書や領収書の確認はこれまで以上に厳格に行う必要も出てきました。
AI-OCRによる請求書のデータ化も、AIによる自動仕訳の生成も、証憑が回収できてこその仕組みです。
記帳業務にAIを活用するのはどんどん進めていくべきだと思いますが、本当の業務のボトルネックは記帳スピードではなく、証憑の回収のようなところにあることを忘れていけません。
「作業」を自動化するだけでは、全体の業務効率はそこまで変わらないケースも少なくないのです。

また、レビューをする際は証憑と勘定科目や金額を付き合わせるだけでなく、月次推移などで過去の処理との比較をしたり、その企業のビジネスを考えたときに妥当な処理なのか考えたり、経験や知識を総動員して総合的に見ていくことが求められる業務でもあります。
ベテランになればなるほど、「あれ?これはなんか変だな」と直感的に感じたものを掘り下げていくと、誤りを発見したという芸当ができるようになりますが、これをAIが処理できるようにすべて言語化することは困難でしょう。
AIによる処理の自動化割合が増えるほどに、逆にレビュワーは高いスキルと経験を求められるようになるはずです。
他業界でも同じ流れが起きています。
例えばプログラマの世界では、すでに「レビューが追いつかない」「レビューをできる人材が不足している」という事態が起こっているようです。
会計の世界もAI導入が進むと同じような状況になるでしょう。

AIと人の役割分担

これらを踏まえた上で重要になるのが、AIと人の役割分担です。
線引きが曖昧なままAIを導入すると、次のような問題が起きやすくなります。

  • AIが判断すべきでない領域に踏み込み、誤処理が発生する
  • 人がレビューに追われ、むしろ工数が増える
  • AIへの指示(プロンプト)が複雑化し、成果物が安定しない

こうした状況は、業務プロセスが整理されていない組織で起こりがちです。
業務のどこに判断が必要であり、どこが単純作業なのかを把握できていないと、AIを適切に配置できません。
その境界を整理するために行うのが業務設計です。

ここまで見てきたように、AIを導入するだけで業務効率化につながるわけではありません。
現場でよく耳にするのは、「AIを使ってみたけれど、思ったように効果が出ない」「むしろレビューや確認作業の負担が増えた」といった声です。
これは、AIの能力の問題ではなく、業務の構造が整理されていないことが原因であるケースがほとんどです。
例えば記帳1つとっても、パターン化しやすいものもあれば、例外処理や方針判断のように文脈や背景の理解が欠かせないものもあります。
AIは前者に強みがあり、人は後者を担うべきですが、両者の境界が曖昧なままAIを導入すると、成果物が安定しなかったり、判断の精度が落ちたりと、期待した効果が得られません。
これは、AIにとって必要な前提条件(処理ルール・判断基準・例外の扱い)が整っていない状態で運用しようとした結果生じるものです。

それを避けるには、業務設計によって「AIに任せる部分」と「人が担う部分」を明確にし、業務を構造として整理する必要があります。
具体的には、次のような視点が含まれます。

  • 業務プロセスを分解し、工程ごとに役割を整理する
  • 判断基準や例外処理のルールを明確にする
  • 情報の流れを可視化し、どのタイミングで何が必要になるかを把握する
  • 上流(証憑回収・背景理解)から下流(レビュー)まで一貫したプロセスを設計する

AIを使った効率化においては、この業務設計の精度がそのまま成果に直結します。
どれだけ優れたAIを導入しても、業務が構造として整理されていなければ本来の力を発揮できず、むしろ混乱を招きます。
AIは万能な処理ツールでもなければ、人間の代わりに仕事をしてくれるわけでもありません。
その限界をきちんと理解した上で、使うべきところでAIを活用していくことが重要です。
最新のAI情報を追いかけたり、どの生成AIが優れているかを議論したりするよりも、まずは自分たちが普段行っている業務がどのような構造になっているのかを可視化し、整理し、AIを活用するための土台を整えることが重要です。

AIによって置き換えられる仕事の筆頭に会計系の職種があげられることは多いですが、それは外から見ると「入力」という1つの側面だけが目に入りやすく、その印象だけで評価されてしまっているからです。
会計業務が、高度な知識と経験が必要な仕事であることは会計人である皆さんが一番分かっているはずです。
しかし、人手不足の影響は会計業界にも及んでおり、AIを使って業務の効率化をしなければ生き残れない環境になりつつあります。

AIに過剰に期待するのでも過度に恐れるのでもなく、まずは足元の業務をしっかりと設計し直すことが、長い目で見てAIを適切に活用するための基盤になります。

AIによって変化する会計業務

前回は、freee会計を導入することによって経理職の役割が拡張され、「正しい会計処理」だけでなく「適切な業務プロセスの構築・運営」まで担うようになる、という内容をお伝えしました。

そして、AIの進化によって会計業務はこれから大きく変わっていく可能性があります。
しかしその変化の中心にあるのは、「すべてが自動化される未来」ではなく、業務を構成する工程ごとに、AIが力を発揮できる領域と、人が担うべき領域がより明確に分かれていくという方向性です。
AIの効果を最大化するには、この境界を明確にし、業務の構造を整えておくことが欠かせません。

特に会計業務は、証憑の回収、取引背景の把握、社内ルールに沿った判断、レビューといった、人の介入が不可欠な工程が数多く存在します。
AIはそれらを丸ごと代替することはできませんが、人が介入する必要がない領域では大幅な効率化が期待できます。

AIを活用していくためには、まず足元の業務を分解し、どこで判断が必要で、どこがパターン化された作業なのかを明確にすることが重要です。
業務プロセスは百社百様で、「絶対的にこれが正しい」というものはありません。
また、常に最適な業務プロセスというものは存在せず、技術の進化や事業環境の変化、法改正などによって継続的な見直しが求められます。
そのために必要なのが業務設計であり、AI時代における会計実務の土台となります。
業務設計は、決して大げさな取り組みではなく、現在行っている業務を可視化し、整理するところから始められるものです。

AIに「何ができるか」を議論することも大切ですが、それ以上に「どこで使うか」を考えることが成果を左右します。
AIによってあらゆる業界のスピードが上がっていくなかで、会計業界も対応が求められるでしょう。
この変化をチャンスと捉えて、前向きに業務設計に取り組んでみてください。

次回は、AIの進化によって「SaaS is dead」と言われるなかで、会計ソフトはどのようになっていくかについて、私なりの見解をお伝えします。

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