今回は、アスリート経験者のキャリア活用の観点から、スポーツ選手のセカンドキャリア対策という社会課題に取り組む奥村武博氏ににお金のカラクリ侍こと松本ゆうやがインタビューしました。プロ野球選手から公認会計士という、一見すると派手なキャリア。しかしその裏には、苦労の連続と多様な経験、積み重ねられたノウハウが秘められていました。
―奥村先生の略歴はこちらです。
1998年 岐阜県立土岐商業高等学校卒業
1998年 プロ野球阪神タイガースにドラフト6位で投手として入団
2002年 引退し、飲食業界で開業チャレンジし、失敗
2004年 公認会計士試験にチャレンジ開始
2013年 9イニング(9年目)にして公認会計士試験合格
2014年 優成監査法人(現:太陽有限責任監査法人)入所
2017年 優成監査法人(現:太陽有限責任監査法人)を退所し、税理士法人・株式会社オフィス921に入所。一社)アスリートデュアルキャリア推進機構を創立、代表理事に就任。
2018年 早稲田大学のスポーツMBAエッセンスにて修学、認定取得
2019年 株式会社スポカチ創業
2020年 一社)日本障がい者サッカー連盟(JIFF)及び公社)全国野球振興会(日本プロ野球OBクラブ)、幹事就任
―やはり気になる、プロ野球阪神タイガース時代について教えてください。
実は怪我ばかりしていました(笑)。将来性を期待されて入団しましたが、1年目のオフに右ひじを故障し、2年目はほとんどリハビリ生活、4年目は肋骨骨折などと現役時代は故障に苦労させられました。それでも3年目は若手強化指定選手に選んで頂き、春キャンプから一軍に帯同し、オープン戦では2試合に登板しました。この時が私の現役ピークでした。その後は打撃投手としてチームに貢献していました。
―その後は飲食業界で開業もしてチャレンジされたようですね。飲食業界はいかがでしたか。
正直なところ甘くみていて大きな痛手を負いました。現役時代のオフシーズンは貯金を取り崩してまで飲みに通っていて、親しい店ではバーテンダーの真似事をさせてもらったりもしていたので、飲食店がなんとなくわかっているつもりでした。もちろんそんなわけがなく、プロ野球選手とは勝手が違いますし、お客さん側ではなくビジネスとしてみた飲食店は簡単にできるものではありませんでした。友人とバーを経営してみたのですが苦労して失敗に終わりました。
―どんなきっかけで公認会計士にシフトしましたか。
元々プロ野球選手だったとは言え、同世代の給料と比べたらほんの少し多くもらっているくらいの年棒で、飲み歩いて散財していたので大して貯金もありませんでした。そんな中で飲食店経営に失敗し、お金がなくなってアルバイトもしながら生活するような厳しい状況となり、人生を真剣に考え始めて公認会計士という職業と出会いました。
もともと、商業高校出身であり、日商簿記2級までは高校時代に取得していたので、会計業界に進む心理的なハードルは比較的小さかったです。
―公認会計士試験の受験生時代はどのような生活をしていたのですか?
(野球にちなんで)9イニング(9年目)にして公認会計士試験に合格したのですが、生活もあったのでアルバイトや正社員として働きながら受験を繰り返し、苦労の末に合格しました。特に最初の7年はどう勉強していいのか理解しておらず、テキストや問題集を与えられるまま漫然と勉強してしまっていたため、結果がまったくでない受験生でした。しかし、最後の2年はコツをつかみました。正確には掴んだというより、プロ野球選手として、プレーのパフォーマンスを高めるための取り組みは受験勉強と共通する部分が非常に多いことに気づき、それを勉強に取り入れるようになったことで一気に花開いてきた状況でした。
―パフォーマンスを高めるための取り組み方とはどのようなものですか。
アスリートはトライ&エラーを繰り返してやり方を随時見直しながら成長するサイクルで訓練に取り組みます。公認会計士試験でも、単にテキストや問題集を漫然と繰り返すのではなく、どこがダメなのか、それを改善するためには何をすべきか、その優先順位は?など、勉強の仕方を随時見直しながら行いました。
―アスリートの取り組み方を公認会計士試験に活かすというのは面白いですね!
最難関国家資格と呼ばれる試験との共通点を見いだせたことで、アスリートがパフォーマンス向上のために普段から当たり前のように行っている取り組みは、他業界でも十分に活用できるスキルなのだと感じました。同時に、私のようにたくさんのアスリートがセカンドキャリアで苦労しているので役に立てるのではと思いました。
―奥村さんはデュアルキャリアを提唱されていらっしゃいますね。
はい。デュアルキャリアとは、「人としてのキャリア形成」と「アスリートとしてのキャリア形成」の両方に同時に取り組むという考え方です。
デュアルキャリアという言葉を聞くと、パラレルキャリア的にスポーツとそれ以外のことを同時並行的に行うイメージが強いのではないかと思います。
一方、私が提唱しているデュアルキャリアは、一流になってきた努力の仕方、プロセスの積み上げ方、一流になる本質的な取り組み方という努力の仕方のノウハウや忍耐力は、競技引退後のスポーツ以外の分野で充分に活用できるスキルであるという考え方を指します。これをアスリートのキャリア形成対策において提唱しているのです。
なので、私が提唱しているデュアルキャリアはスポーツへの取り組み方を言語化しています。デュアルキャリアの追求は現役生活のパフォーマンス向上に役立ち、結果として引退後のキャリアの対策となっています。
実はトレーニングを意識的にロジカルにできている選手は日本ではまだまだ多いとは言えません。実際に自分はそうでした。日本のスポーツは監督に言われるがまま盲目的に努力するということが美徳とさえ感じている節があります。限界を超えるためにはそういった要素がまったく必要ないわけではないと思いますが、打ち込み方のこだわりが『固執』という悪い要素になってしまっている人もいるわけです。ぎりぎりの高いレベルでの競い合いが必要なアスリートにとってこのロスは大きな差です。
なのに、(トレーニング情報に限らず、)スポーツ以外の領域の情報を入手しようとすると茶化される風潮があります。ビジネスの世界でもイノベーションは一見関係ない領域の掛け合わせや見直しがあって初めて起き、アスリートはイノベーションの体現者であるのにです。
指導者に思考を奪う指導ではなく思考させる指導を覚えさせないと、教えられたことしかできない、キャリアが単一的で現役が終わったら他業界でも通用しない選手の育成になってしまうわけです。これがスポーツ選手のセカンドキャリアにつながりづらい文化になっているのではないかと私は感じています。
もちろん、イノベーションをトレーニングに実践することが出来ている方はいらっしゃいます。実際そういう方は超一流として活躍されています。「遠征の移動中に漫画や週刊誌以外の本を読んでいる選手をはじめてみた。」と文庫本を読んでいた古田敦也選手を野村克也監督が褒めたというエピソードが象徴的です。
―アスリート経験者×公認会計士として提供されていることを教えてください。
経験に基づいたキャリア支援、啓蒙活動、スポーツビジネスコンサルティングの3つの軸で動いています。
①経験に基づいたキャリア支援
自身の経験に基づいたキャリア支援を行うために、アスリートの具体的なセカンドキャリア機会の創出として、職業紹介を生業としています。しかし、アスリートの良さをビジネスに活かすことはとても難しくなっている現状があります。この要因としては、「アスリートと採用する企業側の認識のずれによるミスマッチ」と「アスリートの活躍機会の創出というアレンジ不足」の2つが挙げられます。
ミスマッチは、アスリートは「根性アリ、体力アリ、上下関係が得意」という固定観念を持ってしまい、そうではないアスリートを営業などそういった能力が求められるところに安易に放り込んでしまう事で生じます。
アレンジ不足は、アスリートのビジネスパーソンとしての成長マネジメントに対する間違いによるものです。アスリートではない一般的に優秀と呼ばれる人たちは、素晴らしいソフト、アプリが乗っているようなイメージ。対して、アスリートは優秀なOSなのです。最初から即使えるソフトやアプリがあるわけではなく、そういったソフトを載せる土台があるという素体のクオリティが高い存在なのです。逆に言えば、乗っける必要があるが乗っけたらとても優秀で、努力するという事について忍耐力・耐久力があり 一流になりやすい存在なのです。
そういったミスマッチやアレンジ不足を生じさせないでセカンドキャリアへの具体的な支援を行うことを大切に活動しています。
②啓蒙活動
デュアルキャリアという考え方の普及やキャリア形成、簿記会計の活用などを中心に講演やセミナーを行っています。プロ野球選手をはじめとしたアスリートに限らず、最近では中学生・高校生・大学生や社会人など、幅広い方を対象にお話をさせていただく機会が増えてきました。また、プロ野球引退後、0からのスタートで公認会計士になった自分の経験を基に、キャリアコンサルティング、キャリア教育イベントの開催、また、アスリートや企業を繋ぐ ”ハブ” としての役割を果たすことで、スポーツ選手のキャリア形成をサポートしています。そして、引退したアスリートのキャリア形成の実情や事例研究、各スポーツ業界のキャリア形成支援に関する調査・研究、アスリートに対するキャリア形成支援の実効性向上のための調査・研究を進めています。
特にこの活動では講演の評判が良く、デュアルキャリアの重要性について積極的に情報発信を行っていこうと考えています。
③専門知識によるスポーツビジネスコンサルティング
監事就任やコンサルティングサービスの提供をしています。
スポーツビジネスはとても難しく、一般事業会社とは異なるところがあり、そういった機微なところを理解した公認会計士として専門サービスを提供しています。
たとえば会計の前段となるビジネス環境ですが、スポーツ会社は一般事業会社と比べると閉鎖性が強い印象があります。これは言い換えると、現場とマネジメントの距離が遠いというニュアンスです。共通言語が会社の中でないことが多いのです。極論で言えば、現場は勝つことが最優先で絶対であり、売上などのビジネス的な数字をまったく意識しようとしません。もちろんマネジメント側は数字が大切であり、選手などあらゆる要素をマーケに活用したい思惑があり、当然ですが稼いでなんぼなわけです。
日本のスポーツビジネスの在り方自体が、『プロ』であるスポーツ選手としてどうあるべきかよりも競技スキルを優先し過ぎてきた結果だと思います。赤字でも親会社の補填が当たり前になっていることが象徴的です。ビジネスの要素が抜けているので、部活動の延長でビジネス団体としての成長意識が現場に少ないのです。結果として、スポーツ業界の発展が遅い状況になっています。海外と日本を昔で比べてみるとビジネス規模が実は同じだったのに、今は10倍近く差が出来てしまっている現状に気付いてすらいません。
私自身も現役時代はビジネス面は深くとらえられておらず、給料がどういう経緯で払われているのかも意識すらしていなかった存在でした。ファンサービスはビジネスのためというより、にぎわしとしてのニュアンスで大事だと考えていた感じです。
そんな私も公認会計士になって監査を通じてビジネスを見たり、自分でビジネスを立ち上げたりしたことで、スポーツ会社のマネジメントやビジネスの在り方が見えるようになりました。プロスポーツの、スポーツがビジネスの枠組みの1つであり、社会の枠組みの1つだということが具体的に見えるようになったということです。当たり前のことですが重要なことですね。
―公認会計士でスポーツ業界に関わりたい人は多いです。コツを教えてもらえますか?
ビジネスサイドと現場サイドのマインドの違いをよく理解することがスタート地点です。現場サイドに寄り添うことで見えてくるものがあります。そのうえで、「スポーツビジネスとは?」や「スポーツビジネスへの関わり方」を具体的にイメージすると自ずと付き合い方が見えてくるでしょう。
―最後にキャリアや今後築きたい世界観を教えてください。
アスリートは社会にとって超優秀な遊休資産です。私はこれを有効活用できる環境を世の中に届けたいです。社会を発展させるために有効活用したいのです。
アスリートがアスリートたりえているのは、もちろん築いてきたキャリアに対する時間投資の仕方が一般の人とは違うところはありますが、取り組み方を深めるプロフェッショナルだからです。それをうまく社会に活用してもらえるような環境を提供していきたいと思うのです。
また、自分が経験した戦力外通告を受けてからの「何をしていいかわからない」、「何ができるのかわからない」こういった引退した後の不安や苦労をなくしたいという想いがあります。
そして何より、プロになっても引退してから苦労することが当たり前という通説を覆したいです。このままでは、才能ある選手が引退後のキャリア不安を要因に、より高いレベルのステージへのチャレンジしない業界になってしまう可能性があるからです。私の大好きなスポーツという業界にとってとても残念な機会損失になります。将来の不安なくチャレンジできる人が増えれば、スポーツの魅力・価値がより高まり、さらなる業界の盛り上がりに繋がるはずなので、引退後のキャリアの不安を感じないで済む世界を創りたいです。
―編集後記
公認会計士も、最難関国家資格と呼ばれる資格試験というフィールドで勉強するアスリート。様々な分野でチャレンジする際に、公認会計士試験や業務で培った知見が成功に役立つかもしれないなと夢を頂きました。スポーツビジネスの発展にご自身の苦労された経験から絞り出した成功体験を分かりやすい形で見える化して、スポーツ選手のセカンドキャリアという難しい社会課題に取り組む奥村武博先生でした。インタビューへのご協力、ありがとうございました。
(インタビュワー:松本ゆうや)
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