介護現場へのIT導入がなかなか上手く進まないケースがある。それは事前の計画や検証が不十分な場合に多いのだが、「管理会計」の視点によって、当たり前の内容でも論理立ててしっかりとIT導入の効果を検証することにより、適切な効果を持つIT導入が可能となる。その方法を、インキュベクス株式会社 代表取締役 上村隆幸氏が語る。

介護現場へITを導入するにあたっては、なかなか導入を進められないケースや、導入後に思った効果が出ず、後悔することが多くある。スムーズなITの導入を行うためには、事前に綿密な効果の検証や計画を立てておく必要があるが、それを冷静に分析することは簡単ではない。そこで今回は「管理会計」の視点を活用したITの効果検証や導入方法について紹介したい。

失敗しがちな介護現場のIT導入

介護現場へのIT導入は、いまだに手付かずの部分が広く残る未開拓の分野だと言えるだろう。だからといって、「現場にITを持ち込めば、それだけで徐々に売れるようになる」などといった生易しい状況ではない。そこで、試行錯誤しながらもIT導入に成功している介護現場に共通する「管理会計」の視点を紹介しながら、介護現場へのIT導入で失敗を避ける方法を考えていきたい。

私は産業技術大学院大学(AIIT)に在籍しているが、そこで学んだことを盛り込んだAIITとの共同研究により、介護現場で活用するIoTデバイスを開発している。
例えば、エアコンの温室管理ができない高齢者が風邪を引いてしまうなどを防ぐための「室内温湿度管理の機能」であったり、高齢者の運動量を計算するための「動き観察の機能」であったり、高齢者の異常を感知し呼び出す「危急呼び機能」、家族との雑談のために簡単にチャットが行える「チャット機能」、薬箱を開け順番で管理して飲み間違いを無くす「服薬管理機能」、人感センサーとドアセンサーでトイレ入室と排便情報を把握する「排便管理機能」などが対象となっている。
こうした機能を持ったIoTを開発することで、介護現場のITは飛躍的に向上するだろう。

さて改めて、導入失敗の理由から見ていこう。よくある失敗理由として、介護事業者や関係者のリテラシー不足がある。新しいソフトウェアやハードウェアを導入しようとしても、従来なかったそれらを「使えない」「使いこなせない」というケースだ。一部のスタッフだけ・ひとつの事業所だけが一生懸命ITを使ったとしても、事業所全体や関連・連携する先も含めた全体が活用できなければ効果を発揮できないことも多い。

次に挙げられるのが、資金的な理由だ。事業者は中小企業で資金に余裕がないケースが多い。そのため、導入自体ができない、導入しても十分な環境に至らない、廉価で不十分なものしか導入できないことで、そのITが効果を発揮しないことが珍しくない。「試しに1つだけ買ってみた」というレベルでは、ITの効果は出るわけがないのだ。

また、ITの導入目的自体が失敗の原因となることもある。IT導入の目的としてイメージしやすく、決断しやすいのは、ITで新たな利益を得ようというものであるが、介護現場においては保険制度でサービスの額が決まっていることもあり、そう簡単に今まで以上の利益は上がらない。どちらかと言うと介護現場のITは経費削減に向いているのだが、無理に利益を追求した結果、失敗に終わることがある。

では、IT導入に成功している介護現場では、一体どのような使われ方をしているのだろうか。そこには冒頭で述べた「管理会計」の視点が共通して存在している。「管理会計」と言っても、特に難解なものではない。IT導入をきちんと事前に計画し、検証して準備を行っている、という程度のものだ。

大丈夫?会計視点でIT導入をチェック

IT導入を準備・検証する時、「管理会計」ではどこに気をつけるのだろうか。それは「そのITを導入すること」の「価値」をしっかり判定することである。つまり、「そのITの導入は本当に価値あることですか?」ということを、突き詰めて考えた現場は、導入を成功させやすいのだ。
「ITの価値」とは、そのITを導入することで、事業が得られる効果のことだ。それをイニシャルコスト、ランニングコストを合わせた費用と照らし合わせて見て行く。もちろん、得られる効果が現場のニーズと合っているのかも確認する必要があるだろう。

こうした「ITの価値」を測るには、「管理会計」の考え方が必要になってくる。大企業にとってはシステム開発・導入時の会計管理は至極当たり前のものかもしれないが、中小企業が多い介護業界では、会計面での計画や指摘が十分でないことが多い。介護の業界では、売上が保険制度に基づいており、経費の大半が人件費であることで入出金の急変動が少なく、良くも悪くも安定していることも「管理会計」が浸透していない一因となっている。

とはいえ、特別なことをしなくてもIT導入に成功している介護現場があるように、特別なことが必要なわけではない。IT導入時に簡単にチェックできる、「管理会計」の視点を加えた5つのチェックポイントを解説しよう。

(1)費用削減は可能か
(2)収益計上が可能か
(3)減損にかからないか
(4)基幹システムに影響するか
(5)内部統制等のリスク管理に影響するか

まず、費用の削減・圧縮は当然検討すべきものだ。収益計上は、新たな収益をどれくらい生めるか?ということだが、これは目的次第だ。費用削減が目的のIT導入ならばこだわるポイントではない。「減損会計」とは、導入したITの価値が低下してしまい、その投資を回収できる見込みがなくなった時に、その価値の低下を帳簿に反映することだが、こうしたリスクの分析も導入時には必要だ。基幹システムへの影響の有無も、リスクやコストを大きく左右するため押えておきたいポイントだ。内部統制等のリスクはわかりにくいかもしれないが、ITは便利である反面、情報伝達や意思決定が混乱しやすくなったり、情報漏洩のリスクが増したりする可能性があるため、その認識とチェックも必要である。

ここで上述の「減損」に関連したコストとリスクの話を加えておきたい。ITに限らず、設備などの資産の価値は一定ではなく変動し、どちらかというと期間を経るごとに陳腐化や旧式化などによって価値が低下していく。そしてついに投資が回収できなくなったということを帳簿に明記することが「減損会計」である。
こうして投資の失敗に気づき、撤退や縮小を行うのだが、それでも戻ってくることの無い投資費用が「埋没費用(サンクコスト)」と呼ばれる。この戻ってこない「埋没費用」を惜しむ余り、撤退や縮小の決断をためらうことを俗に「もったいない理論」と言うが、こうした投資の失敗に陥り挽回できない状況が、介護現場のIT導入ではよく起こる。事前にそのITの効果を総合的に検討すべきなのは言うまでもないが、無駄が発生してしまった時には迅速に別なITへ変更するなど、適切な「取替投資」を検討することも重要である。

介護現場へのIT導入を成功させるには、上記のような「管理会計」の視点に基づくチェックを慎重に行い、見た目や既成概念でその価値を量らずに、合理的な判断をする必要がある。