後継者不在や人材難、顧問ニーズの高度化、DX対応など、会計事務所を取り巻く課題は一段と複雑になっています。そうしたなか、所長は「M&A」をどう経営戦略として捉えるべきなのか ── 書籍『所長の「知りたい」がすべて詰まっている 会計事務所M&A成功の法則』の著者、日本M&Aセンターの森下靖永氏・上夷聡史氏にM&Aの実情や成功の条件を聞きました。会計事務所の未来を考えるヒントが満載です。
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所長の「知りたい」がすべて詰まっている 会計事務所M&A成功の法則
日本M&Aセンター 会計チャネル 著
クロスメディア・パブリッシング
発売日:2026/2/13
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会計事務所のM&Aが、いま大きな転換点を迎えています。
後継者不在だけでなく、顧問先ニーズの複雑化、人材難、DX対応など、事務所運営の課題が重層化するなかで、成長戦略としてのM&Aを検討する所長が確実に増えてきました。
こうした現場の変化を背景に、日本M&Aセンターの森下氏・上夷氏が出版したのが『所長の「知りたい」がすべて詰まっている 会計事務所M&A成功の法則』です。
本書は単なる事例紹介ではなく、実務の最前線で見えてきた会計事務所ならではのリアルをまとめた一冊です。
今回はお二人に、書籍の背景だけでなく、会計事務所M&Aの難しさ、成功のポイント、そしてこれからの業界の行方について、専門家ならではの視点でお話を伺いました。
執筆の背景 ── 会計事務所でいま何が起きているのか
会計事務所提携部 M&Aコンサルタントの森下靖永氏
■出版、おめでとうございます!このタイミングで本書を出版された理由を教えてください。
森下靖永(以下、森下):ありがとうございます。実はここ数年、会計事務所のM&A相談が一気に増えているんです。本にも書きましたが、60歳以上の所長が多く、後継者不在の悩みはずっとあります。息子さんや娘さんがいても税理士資格を持っていないケースも多く、後継者問題は根深いものです。所長の年齢が上がるにつれてその割合も大きくなりますね。
一方で、後継者不在だから譲渡するというより、もっと良いサービスを提供するためにM&Aをしたいという相談が増えてきたのも大きな変化です。成長戦略としてのM&A、あるいは経営課題の解決策としてのM&Aが増えてきています。
現場で所長の悩みを直接聞くなかで、これは体系的にまとめる価値があると感じたのが、執筆のきっかけのひとつです。日本M&Aセンターは会計事務所の先生方に支えられて誕生し、成長してきた会社でもありますし、業界の発展に役立つ知識やノウハウを提供したいという思いで企画し、出版に至りました。
■上夷さんはいかがですか?
上夷聡史(以下、上夷):森下と同じ思いです。現場では、会計事務所の二極化がかなり進んでいると感じています。顧問先のニーズが複雑化していて、
・税務だけでは対応しきれない
・経営相談や財務支援のレベルが上がっている
・IT・DXの要求も高まっている
こうした変化に応えられる事務所と、そうでない事務所の差がはっきりしてきました。「このままでは顧問先のニーズに応えられない。だからどこかと組んでサービスを強化したい」という相談が増えています。
規模感の問題もあります。一定の規模がないと、採用・育成・IT投資などが難しくなる。それならばM&Aで一緒になった方が良いという選択肢をとるのが、今の流れですね。
■執筆でのお二人の役割分担についても教えてください。
上夷:執筆の中心はほとんど森下です。私は全体の流れや構成を見て、必要に応じて調整する役割でした。
森下:私は前職が人材業界で、当時も今も現場で所長の悩みを直接聞いています。人材の課題は共通して強いので、その部分はとくに自分の経験を生かして書きました。全体としては、社内の税理士にも見てもらい、日本M&Aセンターとしての知見を集約した形にしています。一人の視点ではなく、複数の専門家の視点を入れた本になっています。
■読んでいて、事務所の先生の生の悩みがそのまま書かれている印象でした。
森下:現場で聞く悩みは本当にリアルで、しかも共通点が多いんです。だからこそ、これは全国の所長に届けるべきだと強く思いました。
会計事務所M&Aの難しさ ── スキーム・価格・相性が生む独特の壁
執行役員 会計チャネル部長の上夷聡史氏
■会計事務所同士のM&Aには、他業界とは違う難しさがありますか?どんな点が特有のハードルになるのでしょうか。
森下:いくつかありますが、まず最初に必ずぶつかるのが、税理士法によるスキームの制約です。一般企業なら株式を譲り受けてオーナーを変えるだけで済むところが、税理士事務所はそうはいきません。税理士でないと買収できない、税理士法人であれば持分の問題がある、複数の税理士がオーナーになっている ── こうした事情があり、どうやって譲り受けるかという論点が必ず出てきます。
次に、売却のタイミングです。税理士の先生は、やろうと思えば70代でも80代でも現役で続けられます。60歳、あるいは65歳などの一般的な定年がなく、やめどきが曖昧で、踏ん切りがつきにくい。「今譲るべきか」「もう少し続けるべきか」という判断が難しいんです。
さらに、対価(価格)の決め方も大きな論点です。税理士の先生は、「自分が50年かけて付き合ってきた顧問先だから」などの強い思い入れがあります。しかし買い手は、投資回収をロジカルに考える。この、気持ちとロジックのズレが、不成立の原因になることもあります。
■スキーム、タイミング、価格 ── どれも会計事務所ならではの難しさですね。他にもありますか?
上夷:それぞれの事務所の職員さんの働き方の違いは、かなり大きなズレになります。会計事務所って、勤務時間やルールが明文化されていないところが多いんです。制度にはないけれど、16時に帰る人がいます、繁忙期でも残業はほぼゼロです、といったケースも普通にあります。譲り受ける側が、17時半までは働くルールですと言うと、そんなに縛られるなら辞めます、となってしまうことも。実際に起きている事例です。
森下:一般企業よりも、人対人の相性が強く出るのも特徴です。税理士の先生は、長年ひとり親方としてやってきた方が多く、独自のポリシーをお持ちのこともある。トップ面談で、合う・合わないがはっきり出るんです。
■PMI(統合作業)でも感情の衝突が起きやすいですよね。
森下:そうですね。後継者として入った方が「よし、改革しよう!」と燃えすぎて、既存の職員さんとぶつかるケースは本当に多いです。「やってられない!」と辞めてしまうこともある。
上夷:事務所それぞれの文化や価値観が違うと、ちょっとしたことでも摩擦になります。これは会計事務所M&Aのリアルですね。
■不成立になるケースについても伺いたいです。スキームの問題で途中で止まることはありますか?
森下:日本M&Aセンターの場合は着手前にスキームを整理するので、スキームが理由で途中で不成立になることはほぼありません。
ただし、条件の不一致はあります。例えば、売上1億円の事務所が1億円で売りたいと言っても、買い手がその価値をどう見るかは別問題です。金融機関からの借入がしやすいわけでもないので、買い手が用意できる金額にも限界があります。買い手側は投資回収に何年かかるかをロジカルに考えますから、結果として、売り手の期待と合わないこともあります。本書のタイトルに『所長の「知りたい」がすべて詰まっている』とありますが、実際、現場で最も多い質問は「いくらで売れる?」というものです。価格への関心は高まっていますね。価格は単なる数字ではなく、所長の思い入れや買い手の投資判断が交差するポイントであり、M&Aの成否を左右する重要なテーマです。
■他士業との違いも気になります。税理士以外の士業でもM&Aは起きているのでしょうか?
上夷:弁護士や司法書士は、そもそも顧客の紹介行為が法律に抵触する可能性があり、M&A自体が難しいんです。お金で顧客を買うという構造が、弁護士法などに引っかかる。
その点、士業でいうと税理士と社労士は比較的M&Aが成立しやすいですね。会計事務所M&Aは今後も増えていくと思います。
森下:会計事務所M&Aは特殊な面がいくつもあります。だからこそ、正しい知識と準備が必要だと思っています。



