主人公である26歳若手公認会計士が監査法人を辞めた勢いで独立し、せっかく安定したのに再就職して自分の居場所をだんだんと見つけていくフィクションライフスタイル。この物語に登場する人物や団体、事象はフィクションです。

前章『1.俺、監査法人辞めるわ』

主人公は大手監査法人に勤めていた若手公認会計士。無難に働いていて、監査という仕事の社会意義も感じてはいるが、何か物足りなさを感じていた。転職して新しいステージに移っている同期達を見ていて漠然とした焦りを感じていた。次が決まっていたわけではなかったが、何とかなるだろうということ、まず環境を変えないといけないと感じていたことから自然と退職を決意し、特に問題が起きることなく監査法人を退職した。

本章『2.監査法人辞めた後の選択肢はなんだ~①そもそも俺は何がしたい~』

いざ監査法人を辞めてみたものの、次が決まらない。就職先を求めているのに決まらないというより、自分がどこに行くべきか漠然とわからないのだ。なんとなくの選択肢はわかる。実際行くつもりもない選択肢を含めると、若手公認会計士として歩むべきキャリアとしては次のようなところだろう。

  • ①汎用性の高いスキルである法人税、所得税を中心とした会計事務所
  • ②専門性の高いスキルが身につく相続税や国際移転価格税制などが経験しやすい税理士法人
  • ③一般事業会社の経理
  • ④ベンチャーCFO(候補)
  • ⑤もう一度監査法人
  • ⑥中小企業を中心とした経営コンサルティング会社
  • ⑦M&Aのコンサルティング会社
  • ⑧会計ソフトなどの専門性が活かせるITベンチャーの専門職
  • ⑨大企業の組織再編・経営企画や戦略部署
  • ⑩その他

 

選択肢を並べてもみたが、やはりわからない。選択肢の業務内容はなんとなくはイメージできる。どの選択肢も専門領域なので一度ドアを開けば所謂エリートとして立派に育つことができる道に続いているのだろう。しかし、どのドアからもその仕事自体に自分が熱くなれそうなほどの熱量を感じられない。自分の人生が開くと感じられるようなドアが見当たらないのだ。どのドアもキャリアパスの1つのスキルとしてしか見えない。すべて同じドアに見える。

監査法人を辞めたのも「そろそろ卒業して次に行くべきなのじゃないか」そんな漠然とした焦燥感に過ぎなかったので、自分がどうなりたいのかゴールをイメージして、自分が歩みたい道との不一致を感じて辞めたわけではない。では自分はどうなりたいのか、考えてみるが答えは出ない。

そもそも公認会計士を目指したのも大学で公認会計士受験を強く後押ししていて、合格水準を考えたら、苦労はするがなんとかなりそうな漠然とした自信があったから始めたくらいだ。こう考えるとおれのキャリアはスタートも今も漠然としたまま時が進んでいる。

他の公認会計士仲間が公認会計士を目指した理由も似たようなものが多いと知っていたから焦りがあるわけではない。こんなもんだと今でも思っている。とりあえずビジネス力がつきそうだとか、安定した資格だとか、最難関資格の一つで箔がつくからとか仕事の中身よりはスキルの一つとしてや条件的な理由で目指していることが多いわけだ。突き詰めればやりたいことが見つかるまでに、ビジネス力を上げられるだけ上げておいてやろうという発想だ。一部には親が会計事務所を開いていて後を継ぐためとか親の線路を歩ける羨ましいやつもいるが、そういったのは1~2割ほどだ。

最難関資格の一つと言われる公認会計士の国家試験に合格した後も「公認会計士はひとまず監査法人で経験を積むものだ」という王道があり、自分も運良く就職できてキャリアについて深く何も考えずに歩んできたに過ぎなかった。ここから先は初めて自分でキャリアという道を本気で積み上げていかなければならないのだ。

こういうとき公認会計士ではない奴らはどうしていただろうか、公認会計士の試験勉強なんてしない普通の大学3年生なら自己分析をしていたはずだ。当時のおれは公認会計士を目指すという漠然とした通過点を決めていたのでしたことがなかった。今26歳、今までキャリアのために自己分析をしたことなんてなかったが、ようやく普通の奴らと同じように初めて自分のキャリアに向き合うために自己分析が必要なのかもしれない。

よく考えると監査もそうだ。どう監査を進めるか計画を立てるためにBusiness Understand(略してBU)から始まる。そしてどのくらいの監査資源(=監査をする予算や時間や人手など)があるのか、または必要なのかを理解する。現状を理解しないことには何も始まらないのだ。まずは自己分析をしてみることにしよう。

自己分析の目的は、もちろん自分のキャリアの進路を決めるために自分を知ることだ。

自己分析の手段は色々な方法があるが本質で言えば洗い出す現状は次の2点だ。

  • ①好き嫌いは何か
  • ②強みはなにか

この2つさえ分かれば、どこの方向に目指したいのか、目指す方向に進む際に実現手段として武器になるものは何か、すなわちキャリアステップの選択肢が絞れてくるはずだからだ。

まず「①好き嫌いは何か」から考えてみる。

特にビジネス面の好き嫌いから考えてみよう。ビジネスキャリアのための分析だしな。

俺が好きなもの

  • ・ビジネスマインド/成功哲学
  • ・ロジックやストラテジー
  • ・沸き立つ何か

パッとイメージしただけでもだいぶ意識高い系だ。ビジネス的に強くなりたくてとりあえず最難関国家資格の一つにチャレンジするくらいだもんな。我ながらクセが強い。もっと言えば、条件や身につくスキルで公認会計士というキャリアを入口に選んでいるが、一生涯のキャリアとの観点からは公認会計士がゴールだとは思っていない。ビジネス力のための大きな遠回りだと思って目指しただけで、公認会計士という職業はあくまで手段でありたいと感じる。

これまで部活も体育会系でやってきて白黒はっきりとして、熱いものが好きな性格だ。自分の可能性を伸ばせるだけ伸ばし、行けるところまで行きたい。漠然と単にすごいものが好きで関わっていたいと思う。しかし、意識高い系とは言っても、いきなり魔法が使えたり、奇跡が起きることを待ちたいタイプではない。むしろそんなあやふやものを純粋に待っていられる性格ではない。こつこつレベルを上げて実力を蓄え備え、勝負を仕掛けたいタイプだ。

逆に俺が嫌いなもの

  • ・ちまちましたルーティン化した計算
  • ・無駄に突き詰めたと感じるマニアック領域
  • ・硬直化して旧態依然とした組織風土

一般企業で働く友達たちに話すと驚かれるが、延々と計算ドリルを解いていられるようなちまちましたルーティン化した計算が好きなやつは公認会計士には多くはない。俺もその一人で、単に同じような作業が続く経費精算や税金計算ばかりし続けるのは性に合わないと思っている。

必要であればどんなめんどくさい計算をいくらでもこなす自負はあるが、俺たち公認会計士はビジネスの会計的な『ロジック』を探求しているのであって計算作業自体に付加価値を見出していないのだ。公認会計士とは、ビジネスの会計的な計算作業に自分の価値を見出してはならず、ビジネスの会計的な『判断』を担う役割をしなければ価値はないと考えているということだ。

よくベンチャーに役員で就職したやつが、判断するポジションのはずが作業に忙殺されて性能の良い電卓代わりにしかなっていないと嘆いているのはこのためだ。作業すること自体が自分の仕事ではないと思っているのだ。もちろん実際ベンチャーで成功するのは作業も判断も全部必要なことをやりきった奴だということはみんなわかっているので耐えてはいるようだが。

それは置いておいて、公認会計士はただの経理マンではなく、ロジックを判断することを公に認められた実力者であり、実力者としての本領を発揮できる舞台で戦いたいという自負はやはりあるということだ。

とは言え、ロジックを追求したいと言いながら最先端の会計学を探求したり、明確な答えがない場合さえあり難しいとされる国際移転価格税制など所謂マニアック領域を突き詰めたいとまでの胆力は俺にはない。

ビジネスの避けたいことを少し異なる観点で考えてみると組織風土だ。これは転職していった同期たち皆が口を揃えるところで俺も同じくだ。

専門領域というのはそう呼ばれるだけあって奥が深く、やはりベテランの実力というものがある。若手ではつかない判断がベテランだとつくということがあるのだ。また監査法人や会計事務所など組織だっているところは営業をそのベテランが担っている。そして監査は一人で作業をしきれることがなく、チームが必要になり、個人戦ではなく組織戦となる。こういった状況から医者の世界のドラマで見る医局のような非常に強い序列や縦割り意識がある。

こうなってくると当然に起きているのが組織の硬直化や旧態依然化だ。組織がどうあるべきか考えているのはベテランだけでいい、もっと言えばベテランしか考えてはいけないというような暗黙の了解で、風通しの悪さを作っていることが多いのだ。世論で語られるような労務環境と言われる課題への取り組みは比較的早く行われるが、組織としてより重要な要素である組織文化のマネジメントがなされていないのだ。

表向きは改善マネジメントをしている。だが大量早期退職制度を実行したり、監査で不正看過が起き続けたり、パワハラ問題が起き続けているのは根本的なマネジメントが出来ていない現れだ。

このため仕事組織の人間関係は気持ち悪いくらいのうわべ付き合いが多いと若手は嘆くことが多い。監査法人を早々に卒業していく人が多い要因の1つだ。

飲み会の席で民間企業で活躍している奴らや独立している奴らが、監査法人残留組に対して残留していること自体がそんな組織風土を是としている態度だとよく嘲笑っている光景を見かける。残っているほうも否定しないから酷いもんだ。

本来、公認会計士という職業は個人も尊重されなければならない。いつぞやの公認会計士のドラマでも取り上げられていたが、特に監査では不正対応で重要なのだ。監査はビジネスだがソーシャルビジネスであり、効率だけでなく存在意義を守るためにも、下っ端であろうが個人の意見で必要な調査の主張や結果や結論への主張が行えることが大切だからだ。もし個人がなんらかのプレッシャーを感じて十分な調査をしきれなければ不正を防ぐことができるはずがないからだ。

なので不正が世の中で起きて、それを監査法人が見逃したというニュースを聞くと会計的な問題だけでなく、公認会計士の在り方そのものに感じ入るものがあるのだ。

自分が能力をフル発揮して気持ちよくチャレンジできる組織環境で働きたい。安定していて条件の良い監査法人をわざわざ出て働く理由はそれに尽きる。


次章『2.監査法人辞めた後の選択肢はなんだ~②公認会計士としてキャリアを積んできた俺の強みはなんだ~』は近日公開!

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