新型コロナウイルス感染症拡大やウイルス蔓延防止の観点から、私たちの日常生活は大きく変わってしまいました。当初は、「マスクなどしない」と豪語していた自民党の古参議員もいましたが、いまやマスクなしに散歩や買い物といった外出を考えることはできない状況になったというべきでしょう。さて、今回はマスクの購入費用が、所得税法上の医療費控除の対象となるかを考えてみましょう。

新型コロナウイルスとマスク文化

新型コロナウイルスの蔓延は、全世界に及んでいます。5月20日午前4時現在で世界の感染者数は486万7,515人で死者は32万1,459人と報じられています(NHKがアメリカのジョンズ・ホプキンス大学の発表をもとに報じたものを参照)。中国発の新型コロナウイルスといわれていますが、アジアを席捲しながら、欧米にも瞬く間に広がりを見せました。

日本を含め、アジア諸国の一部にはマスクをすることが比較的習慣付いている場所もありますが、欧米人はマスクを毛嫌いする傾向にあるともいわれています。欧米人は顔を隠すことにコミュニケーション上の不安を覚えるなど、文化上の違いもあるのかもしれません。新型コロナウイルスが蔓延し始めた頃の欧米諸国では、マスクをするアジア人を差別する向きもあったようです。

もっとも、いやがおうにもマスクをしなければならなくなった現下のような状況は、今にはじまったものではなさそうです。スペイン風邪が流行した当時、アメリカなどでも、外出する人は全員がマスクで「武装」したといいます。サンフランシスコでは、マスクをしていない者を警察が逮捕したという記録もあるそうです(その他、町の入り口を自警団が固めて見知らぬ人を追い返したとか、劇場の入り口には、「咳くしゃみをするものの入場禁止」の掲示が貼り出されたといいます。石弘之『感染症の世界史〔第5版〕』219頁(角川書店2020))。

必須となったマスクなどと医療費控除

前述したとおり、マスクの着用はいまや必須です(政府はマスクの重要性に鑑みて、各世帯2枚の布マスクを配布するという政策に踏み切っています。)。いまや、マスクなしに外出はできないのではないでしょうか。また、予防的にアルコール除菌液や除菌用濡れティッシュなどの除菌グッズも各家庭に常備されていると思われます。こうした衛生関連の出費がそれなりに多くなっているのが現状といえるでしょう。

さて、薬局で購入するマスクや衛生用品が所得税法上の医療費控除の対象となるかという問題を考えてみましょう。所得税法73条《医療費控除》2項は、医療費控除の対象となる医療費について、次のように規定します。

医師又は歯科医師による診療又は治療、治療又は療養に必要な医薬品の購入その他医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価のうち通常必要であると認められるものとして政令で定めるもの

法は、具体的に医師や歯科医師による診療又は治療には当たらないとしても、治療又は療養に必要な医薬品の購入費用であれば医療費控除の対象となるとしています。

ここに「医薬品」とは、「治療又は療養に必要な医薬品の購入」とされ(所令207二)、課税実務は次のように解釈しています(所基通73-5)。

医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第2条第1項《医薬品の定義》に規定する医薬品をいうのであるが、同項に規定する医薬品に該当するものであっても、疾病の予防又は健康増進のために供されるものの購入の対価は、医療費に該当しないことに留意する〔下線筆者〕。

このように考えると、医療費控除とは、実際に病気やケガをした場合の事後的な費用が対象とされているのであって、予防的な見地からの医薬品の購入費用は医療費控除の対象からは除外されてきたといえるでしょう。