今回の実力派会計人は、税理士・後藤勇輝氏。航空系専門商社の営業としてキャリアを積んでいたがある日、会計事務所の後継者候補となった。この時、税務の経験もなければ、税理士科目もすべて揃っていない状態だったという。これが“親族からの一度目の事業承継”だった。その後、税理士となりようやく自分の会計事務所として新たなキャリアをスタートしたのもつかの間、今度は“赤の他人から二度目の事業承継”をすることとなる。二度に亘る会計事務所の事業承継を経験し得たものとは…?後藤氏のこれまでのキャリアと共に迫ります。(取材・撮影:レックスアドバイザーズ 市川)
28歳のある日、会計事務所の後継者候補に…
税理士を目指したきっかけについて教えてください。
後藤:私の場合は税理士を目指すよりもまず、自分で事業をしてみたいという気持ちが先でした。私の祖父は明治生まれで、戦後は映画館、不動産、貸金業などを営んでいた事業家。着物を着ていて、正直強面の人でしたが、自宅へ部下が慕ってやってきたり、押し売りに負けていろいろなものを買ってしまったり・・・。強くて、そして優しい面も含めて尊敬していましたし、自分もいつか祖父のように事業を通じて人の役に立つことをしたいと思うようになりました。
高校は地元の進学校に行きましたが、大学受験では第一志望に不合格。受かった大学へ入学したものの意欲が湧かず、1年で辞めようかと思っていました。しかし大学2年生に上がる際に、ゼミの説明会で出逢ったのが元・税理士試験委員の恩師。その教授自身も公認会計士・税理士で5、60人規模の会計事務所の経営者でした。この方が「学歴なんて関係ない、手に職をつけて働くという方法もある」と言ってくれたことをきっかけに変なプライドを捨てて、士業を目指そうと思うようになりました。
税理士を目指すことを視野に入れながらも、当時の私は学生起業を始めており経営のほうに夢中。大学卒業後は、MBAを取得するため大学院に進学しましたが、これも経営について勉強する目的が大きかったです。とはいえ一度は社会に出て一般企業の中で勉強したい気持ちもあったので、その後は商社に就職することにしました。その商社は規模もあり、起業風土もありそうだったので、そこで経営者か社内税理士を目指していこうと考えていました。
ところが、商社を2年で退職されています。
後藤:赤羽で会計事務所を経営していた義父が、体調を崩し現場に出ることが難しくなってきていたからです。急いで事業承継が必要となり、私に白羽の矢が立ちました。税務の経験も税理士資格もありませんでしたが、いつか事業を始めたかったのでチャンスだと捉えていました。どちらかというと資格取得をして事業を発展させるのがカッコいいなというイメージで、上手くいかなくてもまずはスタートしてみようと軽いノリでした。今思えば、顧客もあり抱えるスタッフもいて、恐ろしい決断をしたなと思いますが、20代の勢いもあり始められたのかもしれないですね(笑)。
ところが、蓋を開けてみるとその会計事務所の経営状態は良くなく、更にスタッフが担当顧客と信頼関係をしっかり築いていたので私が入る余地は全くありませんでした。
このときに初めて自分の置かれている立場を理解しました。
実務経験のない私ができることは、税理士としての力量をつけて会計事務所の代表としてスタッフの生活や人生を守ること。こうして28歳から腰を据えて税理士を目指すことになります。
ここからが本当に大変で…。実務もそこそこに税理士試験の勉強もして、時間がないので夜間土日の大学院にも通いとにかく必死でした。体調を崩してしまったこともありましたが、周りの皆様のお力添えもあり、大学院を最短の1年で終え、2006年9月に晴れて税理士になりました。
こうして赤羽にいたお客様を引き継いで、春には桜が咲き誇る目黒川の近く、東京都・目黒区に移転をして自分の会計事務所を始めました。
すると、ほぼ同時期に知り合いから「同じ目黒にいる税理士さんが、跡継ぎもいなくて誰かに引継ぎたがっている」と紹介を受けました。話を聞きに行ったところとても気に入られて、「5年で引き継ぐ」という条件を提示されました。その方は私の父ぐらい歳が離れている方でしたが、キャリアも豊富で顧客も富裕層ばかり。私自身頼れる人が欲しかったので事業承継を前提にというよりも私がスタッフを引き連れて修行させて頂く形で合流することにしました。
気難しく、でも父のようだった“赤の他人”からの二度目の事業承継
こうして先生と新たな会計事務所をスタートさせます。
後藤:ところが、この先生がとても崇高な思想と生き方をされていて、スイッチが入ると怒鳴るし、とにかく怖い(笑)。ある顧客のところに同行した帰り際には「あの説明の仕方はなんだ、税理士資格だけ取っても何もお客様の役に立っていない。法律に基づいた実務とお客様に向き合うこと。これが税務なんだ。」と電車の中で大きな声で延々と怒られました。
更に、私も最初は生き残っていくために集客が大事だと思って「ホームページを作りたい」とか「マーケティングをしたい」と話をしても「税務はそんなもんじゃない、税務は法律と実務とお客様と向き合ってなんぼだ。営業じゃない。利益を追求なんてとんでもない。公益的な役割を担うものだ。」と経営方針すら考えが交わりません。しまいには税務のことで教えて下さいとお願いしても「そんなもん、見て覚えろ」とまた大きな声で。でも不思議と嫌になりませんでしたね。
哲学的な生き方をされていましたし、プライベートなことは一切話したがらなかったのですが、私に子供が生まれたとき、いきなり「奥さんと家に来い。」と呼び出されたことがありました。恐る恐るご自宅へお伺いすると、大きな鯛や赤飯といったご馳走を用意してくれていました。ご祝儀を手渡してくれて、でもそっぽを向きながら「よかったな」とぽつりと言ってくれて・・・(泣)。
これは心を開いてくれたかもと思いきや、また翌日になると何事もなかったかのように怒っていましたけれど(笑)。
こうして、当初の5年という約束を超え、7年が経過した2013年のある日。怒りながら「俺は他にやりたいことがあるんだよ!いつまで一人でできないままでいるんだ。半年後には税理士法人を脱退する。法人を維持することを条件にパートナーを探しなさい。そして脱退後は連絡するな、自分でやれ。手紙も送るな。金輪際関わるな!」と宣言されてしまいました。
これには本当に驚きました。自分が甘えていたのは悪かったけれど、相談もできない関係になってしまったのです。その後、連絡もつかずとても焦りました。でも、担当していたお客様お一人ずつに事情を説明したところ、皆さん口を揃えて「あの先生らしいね~」と言っていました。
たしかにそういう考えの人ではあったかもしれませんが、当時は「7年も一緒にやっていたのに、こんな終わり方なのか・・・。」とショックを隠し切れませんでした。本当はもっと相談もしたかったし、まだまだ教えてもらいたいこともあった。色々腹が立つこともありましたが、せめて顧問として残ってもらいたいくらいのことは言いたかった。
しばらく心の中にモヤがかかったような状態でしたが、ある日、相続のことで何度か来所されている70代のご婦人と話していたときのことです。
「ねぇ、こないだもう一人の税理士の先生いたでしょ。あの方は、あなたのお父さん?」と聞かれました。
「いいえ、他人なんですよ。」と話したところ
「そうなの…でも、あなたを見ている目。あれはね、親の目をしていたわよ。」と言われました。
後藤氏の考える“本当の意味での事業承継”とは
この時、どのようなことを感じられましたか。
後藤:“本当の意味での事業承継”をされたのだと悟りました。事業承継では経営者が期間を決め、最後はきちんとバトンを渡して手放すことが大切と考えています。多くの経営者は、自分で育ててきた大事な事業だからとなかなか手放せないことも多々あります。いざ、引き継ぐときには私自身が経験した一度目の事業承継のように、受ける側が苦労をすることも少なくありません。
そうした事業を承継される側の苦労も見て、また長年お客様と信頼を築いてきた人だったからこそ、自分のやり方で私に引き継いだのかもしれません。本当に桜が散るように彩りを残し、潔く去っていった先生でした。
今でも、時折手紙を書きたいなとは思うこともあります。それでも、あの先生のこれまでの生き方や哲学を考えると、簡単に連絡はできないなとも思います。今までのことは先生なりの私への愛であり、事業承継は潔さと引き際が大切だと知っている人だったからこそ、私にできることは先生がいつも言っていた「お客様に向き合え」という言葉を真剣に守ることだと思っています。
あれから更に7年が経過し、私自身もお客様に向き合った結果、ご紹介などでご依頼も増えてくるようになってきました。引き継いだお客様はほとんど継続いただいており、経験を積むことで税理士として自信もついてきました。
そして”事業承継”に対する考え方も少し変化してきました。今までは社長に決断を促すように働きかけていたのですが、今は型にはめる必要もないように感じています。迷うのも惜しむのも、その人なりの生き方。私はそれを支えながら、会社に、家族で残された人が困らないようにサポートさせてもらっています。
これまでを振り返ると想定外なこともありましたが、会計事務所の経営者という目標を達成することができました。目の前にやってくる事態に合わせて、自分を成長させ変えていくのは苦しいこともありましたが、手を差し伸べてくれる方も必ずいました。
また、私自身、資格も経験もない中、ある日突然事務所の代表候補となり税理士の資格を得ましたが、とてもいい業界で、掘れば掘るほど魅力のある仕事だと感じています。
そして、仲間との繋がりが深いのも税理士の魅力だと思います。2006年の登録時から韓国の税理士さんとサッカー交流をしていますが、国境を越えてもスポーツと税務でつながっています。そんな経験もできる、有難い職業に出会えたのは幸運だと思っています。
【編集後記】
ご自身の体験を通じて、本当の意味での事業承継を経験された後藤先生。とても珍しいご経験をされていますが、その中ですべてをチャンスと捉え前向きに取り組まれているのが印象的でした。後藤先生、ありがとうございました!
税理士法人タックスウェイズ
●創業
2007年1月5日
●所在地
目黒オフィス:東京都目黒区目黒2丁目10番8号 第2アトモスフィア青山ビル6階
赤坂オフィス:東京都港区赤坂3丁目2番2号 日総第24ビル6階
●理念
- 【使 命】
- 「日本の中小企業を幸せな未来へつなげる」
- 【価値観】
- 「タックスウェイズに関わるすべてのヒトに感謝し、会計・税務
- を通して、相手よし・自分よし・みんなよしを実現する」
- 【スローガン】
- Work Hard TAX Right
- 我々は真剣に働き、税を正確に扱います。そして、真剣に会社を伸ばそうとする社長に税を正しく扱うようアドバイスします。
●企業URL