海外子会社が現地の金融機関から借入れ等を行なう場合、日本親会社が海外子会社の債務保証を行うことがあります。この債務保証取引は移転価格税制の対象となり、適正な保証料の回収が求められます。今回紹介する事例では、審判所は保証料の独立企業間価格の算定にあたり、銀行が行なっている保証取引の保証料率を比較対象取引として独立企業間価格を算定することが相当と判断しました。(平成14年5月24日裁決)
海外子会社が現地の金融機関から借入を行う場合や、債券を発行して資金調達する場合に日本親会社が債務保証するケースがあります。
債務保証とは、一般に、金銭消費貸借取引における借手が債務不履行に陥った場合に、保証人が借手に代わって貸手に弁済することを保証する取引をいいます。
保証を受ける者からみると、保証を受けることによって保証を受けなかった場合と比較して有利な条件で資金調達できるかもしれません。一方、保証した者は、保証することによって、借手が弁済不能にとなった場合には肩代わりをしなければならないという義務が発生します。
このように、保証取引によって、借手には便益が生じ、保証人にはリスクが生ずることから、通常、第三者である金融機関から保証を受ける場合には保証料の支払が必要となります。したがって、関連者間においても、例えば日本の親会社が海外の子会社に債務保証を行った場合には、保証料を収受するのが原則となります。もし、債務保証を行っているにも関わらず、保証料を収受していない場合には移転価格課税等のリスクがあります。
債務保証については、我が国の移転価格税制の法令上、明文の規定はなく、通達や事務運営指針でも具体的な取り扱いは示されていませんが、国税不服審判所で争われた以下の事例が参考となります。
≪事案の概要≫
(1)事実関係
日本法人であるX社は、発行済株式のすべてを保有するオランダ王国に所在するY社が発行する債券等の保証等を行った。Y社は、債券の発行及び銀行等からの借入れにより資金を調達し、その資金を運用することを業としている。
X社は、Y社が行う資金調達に関して次の保証行為等を行った。
イ 保証取引
Y社が行う債券の発行に当たり、その債務を保証した。
ロ キープウェル契約の締結
Y社との間で、「X社は、Y社が債務を返済するに足る流動性資産を持たない場合にはY社に十分な資金を供与する」こと等を内容とするKEEP WELL AGREEMENTと題する契約(キープウェル契約)を締結した。
ハ 保証予約念書の差入れ
Y社が行った銀行借入れに関して、「貴行(貴社)の請求があり次第協議の上、債務者と連帯して保証の責を負うことを確約致します」との文言を記載した「保証予約念書」と題する書面を差し入れた。
ニ 経営指導念書の差入れ
Y社が行った銀行借入れに関して、「子会社の財務状態を健全に保つことを経営方針としている」こと等を表明する経営指導念書と題する書面を差し入れた。
これらのうちロ~ニを「保証類似取引」と呼ぶこととする。
X社は、イの「保証取引」については、対価として債券の額面総額に対する年間0.1%相当額の保証料をY社から収受していたが、ロ~ニの「保証類似取引」についてはY社から対価を収受していなかった。
これに対し国税当局は、イ~ハのすべての取引に対して対価を収受すべきであるとして、それぞれ独立企業間価格を算定し、X社がY社から収受した対価の額との差額について移転価格課税を行なった。
(2)国税当局による独立企業間価格の算定方法(以下「本件算定方法」)
国税当局は以下の計算方法(以下「本件算式」)により保証料の独立企業間価格を算定し、「独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」に当たるとした。
- 米国格付会社が発表する格付け(AAA,AA,A,BBB,BBなど)別、経過年数別の累積デフォルト確率のデータを基に、年間デフォルト確率を計算する。
- Y社が、X社から保証を受けないで発行するとした場合の債券の格付けを「BBB」と認定した上で、Y社とX社(X社は本邦格付会社から「A」の格付けを得ている)のそれぞれの債券の格付けに対応する年間デフォルト確率の差を保証料率とする。
- この保証料率にY社の債券の額面総額又は借入金額及び各事業年度に占める保証日数の割合を乗じて算出した保証料をもって、独立企業間価格であるとした。
(3)審判所の判断
本件の主要な争点は、「保証取引及び保証類似取引に対して移転価格税制を適用することの適否」及び「独立企業間価格の算定方法の適否」についてである。
■「保証取引」と「保証類似取引」に対して移転価格税制を適用すべきか
審判所では、上記イ~ニまでの「保証取引」及び「保証類似取引」について、以下の通り判断した。
イ 保証取引
保証取引は役務提供取引に当たり、移転価格税制が適用されることは明らかである。
ロ キープウェル契約の締結
キープウェル契約の締結は、保証取引とは契約形態は異なるものの、キープウェル契約の締結により、X社は債券購入者に対して実質的に保証があったとした場合と同程度の法的責任を負い、その結果として、Y社は、保証取引による保証があったとした場合と同等の格付けを取得し、債券を発行することが可能になったと認められる。
以上から判断すると、キープウェル契約の締結については、その独立企業間価格の算定に当たり、保証取引を比較対象取引とすることは相当であると認められる。
ハ 保証予約念書の差入れ
保証予約念書は保証の予約であって、各金融機関から請求があれば協議に応じる義務はあるものの、当然に保証契約の締結に応諾する義務まで負うものとは認められないことから、必ずしも、X社は各金融機関に対して保証と同等の法的責任を負っているということはできない。したがって、保証予約念書の差入れについては、これを保証取引とみなして独立企業間価格を算定することは相当でない。
ニ 経営指導念書の差入れ
経営指導念書は、いずれもX社が親会社としてY社の経営方針等を表明したものにすぎず、その文面からは、X社がY社の各債権者に対して何らかの法的責任を負担するものとは解されない。したがって、経営指導念書の差入れについては、これを保証取引とみなして独立企業間価格を算定することは相当でない。
■独立企業間価格の算定方法は適切か
- 本件算定方法が独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法であるというためには、本件算式により保証料が算定された取引と本件各保証取引等との比較可能性の検討が必要である。
- 国税当局からは、金融市場の参加者が本件算式を用いて保証料を算定したことを示す証拠資料の提示はなく、また、当審判所が、金融市場の主要な参加者である銀行、証券会社及び損害保険会社の複数を対象に調査したところによっても、本件算式を保証料の算定に用いたとの答述も得られず、本件算式により保証料を算定した取引を確認することはできない。
- したがって、比較可能性の検討がされていない本件算定方法は、独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法であるということはできない。
- 当審判所が銀行の保証取引を調査したところ、X社が行なった保証取引と時期を同じくする平成元年8月から平成2年11月までにユーロ市場で発行した債券に係る保証取引16件を把握し、その保証料率は、いずれも1%であった。よって、当該銀行保証取引を比較対象取引とする独立価格比準法と同等の方法を適用すべきであり、独立企業間価格の算定に用いる保証料率は0.1%が相当である。
(4)コメント
日本親会社が海外子会社の資金借入や債券発行の保証をする場合、役務提供取引として移転価格税制の対象となり、保証料を海外子会社から収受しなければなりません。
この場合、まず、移転価格税制の対象となる保証取引に該当するかどうかの検討が必要となります。この裁決事例では、審判所は「保証取引」と「キープウェル契約の締結」について保証料の受領が必要であると判断しました。このように保証契約という名称でなくても、実質的に保証契約と同様の法的責任を負うものであれば、対価の収受が求められることになります。
債務保証取引の独立企業間価格の算定方法については、2022年1月に公表された「OECD 移転価格ガイドライン 2022年版」に指針が示されました。それを受け、移転価格事務運営要領の改正が予定されていることから、今後の動向に注意が必要です。
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