「これ、どこまでAIに任せられるんですか」
私は、監査で調べた内容や判断の根拠を記録する「監査調書」の作成を支援するAIを作っています。会計士の方と話すと、よくこの質問を受けます。
「借入金の確認を任せる」だけでは、どこまでしてもらうのかが分かりません。「銀行から届いた残高と帳簿の金額を比べて、違うところを一覧にする」なら、任せる作業が具体的になります。その一覧を見て、なぜ違うのかを調べ、どう扱うかを決めるのは人です。
私が考える出発点は、普段ひとまとめにしている業務を、実際にしている作業に分けてみることです。
借入金の仕事を分けてみる
監査法人1年目に私が担当した科目は、借入金でした。会社が銀行などから借りている金額や、契約に沿って計算された利息が、帳簿に正しく記録されているかを確かめる仕事です。
まず、銀行に借入残高を問い合わせる書類を送ります。これが「残高確認状」です。文面や宛先を整え、発送し、返ってきたかを管理する。送付先や文面を人が確かめたうえで、こうした定型的な作業は自動化できます。
銀行から回答が届けば、帳簿の金額と突き合わせます。一致していない箇所を拾うところまで任せられれば、人は、見つかった違いを調べるところから始められます。
利息の再計算も、任せやすい作業です。契約書の金利や借入額、計算期間を確かめ、その条件に沿って計算してもらう。ここで大事なのは、何を使って計算したかが分かることです。数字だけが返ってきても、契約どおりに計算されているかを確かめられません。
ほかにも、返済予定を計算し直す作業があります。借入の契約で約束した財務上の条件、つまり「財務制限条項」を満たしているかの確認もあります。条項を抜き出して実績の数字を当てはめる作業と、条件を満たしていなかったときに返済や監査上の結論への影響を考えることは、分けて扱えます。
計算や発送のすべてにAIが必要なわけではありません。表計算ソフトや従来の業務システムが使える部分もあります。どの道具を使うにしても、任せる前に条件を確かめ、返ってきた結果をどう扱うか考える仕事は残ります。図では、借入金の確認を5つの工程に分けて整理しました。
図1 借入金の監査手続を5つの工程に分けた例。作業を機械に渡しても、対象の範囲と結果の扱いは人が判断する。
計算が合っていても、安心できない理由
任せる範囲を決めるとき、私が気になるのは資料の漏れです。たとえば、ある銀行からの借入を確認の対象に入れ忘れたとします。ほかの銀行の金額を正確に照合しても、その借入の漏れは見つかりません。調書だけは、きれいに出来上がってしまいます。
どの銀行を対象にするかは、帳簿に残高がある先を並べるだけでは決められません。期中に返し終えた借入や、契約はあるけれどまだ借りていない枠も、確認の対象に含めるかを検討します。
私は、前期の調書をめくり、稟議書や取締役会議事録を読み、経理の担当者に「ほかに借入はありませんか」と聞いていました。返ってきた答えがどれくらい確からしいか、相手の口ぶりも含めて考える。帳簿の中だけを見ていたわけではありません。
もちろん、前期の調書に載っていたから、今年も同じだとは限りません。今年新しく借りたものはないか、途中で条件を変えていないか。前年と今年の資料を比べる作業はAIに手伝ってもらえても、必要な資料がそろっているかは別に確かめる必要があります。正しく計算できることと、調べるべきものを調べていることは別なのです。
結果を受け取った後も同じです。銀行の回答と帳簿に差があったとき、その差だけで重要かどうかは決まりません。ほかの科目で見つかった誤り、経営者の説明、前期の指摘が直っているか。そうした事情を合わせて判断していました。AIに作ってもらう一覧は、その判断のために使うものです。
判断を残しても、時間は減らせる
そこまで人が見るなら、結局あまり楽にならないのではないか。そう感じるかもしれません。
私自身、1年目には、計算や照合と、その結果を見て判断することを区別していませんでした。全部ひと続きの借入金の仕事として手を動かしていたので、何時間かかっても、どこが自分にしかできない部分だったのかを、あとから言えませんでした。自分の1時間がいくらなのかも、考えたことがありませんでした。
いま作っているツールでは、照合や再計算、調書の下書きをAIに任せ、結論は会計士が決めるようにしています。前回の記事で紹介したとおり、私の実務では、全科目で6〜8時間かかっていた調書作成が30分から1時間になりました。これは開発者である私が最初に使って測った数字で、第三者の導入事例ではありません。借入金だけの時間でもありません。
残った時間では、対象の範囲を確かめ、出てきた差をどう扱うかを考えています。自分で一から計算し、合わない箇所を探す時間が減っても、判断する仕事は残りました。
結論を人が決めることは、開発の段階で決めていました。技術的には、結論まで書かせられます。けれども、「ここまで書けてしまう」と目の前で見せられるほど、どこで止めるかは決めにくくなる。だから、性能が上がってから考えるのではなく、先に任せる範囲を決めたのです。



