監査法人の1年目が担う作業が、AIによって次々と消えていく――。
自身も大手監査法人出身で、現在は監査調書の作成を支援するAIエージェントの開発を手がける公認会計士・星野宇潮(ほしのうしお)氏。「仕事を消す側」に立った同氏が、若手会計士から寄せられるリアリティのある不安に向き合い、AI時代のキャリア戦略と監査の価値を明かします。
この記事の目次
「先輩、ちょっと相談したいんですけど、いいですか?」
監査法人を辞めてから何年も経つのに、後輩から呼び出される回数はむしろ増えました。後輩を持つ会計士なら、たぶん全員が同じ経験をしているはずです。
最近その相談の中身が、はっきり変わりました。
以前は「修了考査が終わったらどうしよう」でした。いまは入所1年目から来ます。しかも困っているのが待遇や人間関係ではない。「この仕事って、あと何年あるんですかね?」なんです。
議事録の作成がBotに置き換わった。単純な突合が自動化された。1年目が任されていた仕事から順に消えていく。「Botがあるから君はいらないのでは」と言われたわけでもないのに、そう聞こえてしまう。
私はいま、その「仕事を消す側」のツールを作っています。監査調書を自動で組み上げるAIです。だから彼らの不安は、私のせいでもある。
そのうえで、この記事を書いています。結論から言うと、私は若い会計士にもっと飛び出してほしいと思っています。そしてそれは、根性論ではなく、いまの構造から素直に出てくる結論です。
立教大学在学中に合格し、トーマツへ
2018年、21歳のとき、立教大学在学中に公認会計士試験に合格し、同じ年に有限責任監査法人トーマツへ入所しました。
監査法人に入って最初に驚いたのは、自分が監査の全体像をまったく見られないことでした。大手ほどこの傾向は強く、1年目は1科目しか見ないことがザラにあります。
私が最初に持ったのは借入金でした。金融機関に残高確認状を送り、返ってきた金額と帳簿を突き合わせる。返済スケジュールを引き直して、利息を再計算する。約定を読んで、財務制限条項に触れていないかを確かめる。
きちんとした仕事です。ただ、これを1年やっても、その会社がどうやって儲けているのかは何も分かりません。監査を一巡するのに、昔言われていた「3年」ではまるで足りない。実感としては5〜6年かかります。
ここで多くの人が計算を始めます。「3年頑張ればいろいろできる」と言われて入ったのに、実際には5年以上かかる。しかもその5年のうち、最初の数年で担当していた作業は、そのあいだに自動化されていく。待っているあいだに、待った先にあるはずの価値のほうが先に目減りしていく。
私が1年目からの転職相談が増えていることを深刻だと思うのは、彼らが飽きっぽいからではなく、この計算がおそらく正しいからです。
転職エージェントに登録して、転職しませんでした
実はこのKaikeiZineを運営しているレックスアドバイザーズさんには、5年ほど前に登録して相談したことがあります。今回の打合せで、当時のアカウントが残っていることを教えていただきました。
そのとき言われたのは、まっとうな助言でした。「一度コンサルなどを経由してから独立したほうがいい」。周囲の先輩からも同じことを言われました。事業会社を見てから、経営を学んでから、それから独立しろと。
私はその助言を聞かずに、そのまま独立しました。
いま振り返っても、あの助言は正しかったと思います。正しいと認めたうえで、私には合いませんでした。理由は単純で、早く自分で経営がしたかったからです。回り道の合理性は理解できるけれど、自分の人生の残り時間から逆算したときに、その順番では遅いと感じた。それだけです。
若い会計士に伝えたいのは、「エージェントの言うことを聞くな」ではありません。逆です。まず聞いてください。そのうえで、自分の時間の使い方は自分で決めていい、ということです。相談に行くことと、言われたとおりにすることは別です。
星野 宇潮(ほしの うしお)氏
IPO支援に振り切って、会計事務所を作った
2022年に独立し、IPO支援に特化したコンサルティングファームを立ち上げました。上場準備の会社に入って、内部統制を組み、監査法人と対話し、証券会社の審査に耐えられる形まで持っていく仕事です。多数の企業の上場に関わりました。
面白いのは、ここで借入金がまた出てきたことです。今度は「確認状を送る側」ではなく、「資金調達をどう組み立てるか」を一緒に考える側としてです。同じ勘定科目でも、立つ位置が変われば仕事の中身がまるごと変わります。
独立してすぐに分かったのは、監査法人で身につけた技術は、外に出てもそのまま使えるということでした。監査調書を組む力は、そのまま「他人に検証される形で物事を整える力」です。これは事業会社でも、行政でも、スタートアップでも通用します。会計士の技術は、思っているよりずっと汎用的です。
もうひとつ分かったのは、独立すると自分の時間の値段を自分で決めることになるということでした。監査法人にいるあいだ、私は自分の1時間がいくらなのかを真剣に考えたことがありませんでした。考え始めた瞬間に、作業に費やす時間の意味が変わります。この感覚が、後半のAIの話につながります。



