税制を考えるに当たって、「格差」の問題は切っても切り離せない最大のテーマの一つといっても過言ではないかもしれません。格差是正に資する税制の構築が望ましいことに異論はないと思われますが、そもそも私たちは、「格差」というものを本能的にどのように捉えているのでしょうか。今回は脳科学を出発点として「格差」を考えてみましょう。

格差が無くなると人は喜ぶ
ヒトを対象とする脳イメージング実験によれば、自分と相手の間の不平等が改善されると、腹側線条体(ventral striatum)などの「報酬系」と呼ばれる脳部位が活発化することが分かっているといいます(亀田達也『モラルの起源―実験社会科学からの問い』139頁(岩波書店2017))。
すなわち、ヒトは、格差が無くなると「快い」と感じるのだそうです。しかも、驚くことに、元々の不平等が自分にとって不利だった場合だけでなく、有利だった場合でも働くというのです。
自分にとって不利だった取扱いが是正されるのであれば、そこに「快さ」を感じることは当然といえば当然のようにも思われますが、自分にとって有利な格差が解消された場合にも「快さ」を感じるというのは興味深いところではないでしょうか。
なるほど、何らかの不公平な取扱いに直面している場合、たとえ自分に有利な格差であっても、なんとなく自分ばかりが得をすると居心地が悪い、申し訳ない気持ちになる、ばつが悪いという感情が働くのがヒトの常なのかもしれません。
嫉妬や競争心―ネガティブな側面―
他方で、ヒトは、自分よりも優れた相手が失敗したときにも、脳の報酬系が活発化するという実験報告もあるそうです(亀田・前掲稿140頁)。この点は、優れた相手の失敗が「密の味」と揶揄される所以でしょう。
逆に、たとえ自分の所得が上昇しても、他者の所得がもっと急激に上がる場合には、かえって人は不幸を感じるという相対的剥奪(relative deprivation)と呼ばれる現象も知られるところです(亀田・前掲稿140頁)。
亀田教授は、大きな経済的格差が存在する社会ほど、さまざまな病気・疾患への罹患率や死亡率などの統計が高いという事実が、世界各地での多くの疫学調査から報告されているとされた上で、「経済的格差の存在はストレスとなり、人々の寿命を縮めるという結果」がでていると論じます(亀田・前掲稿140頁)。
そして、「格差や不平等を嫌う人間の心性は、相手の成功への嫉妬や競争心、社会からの疎外感や病気などのネガティブな側面とも切り離せない」とされるのです(亀田・前掲稿140頁)。
格差と税制
仮に、上記見解が妥当であるとすれば、「格差が解消される税制」が社会的に望まれることになるでしょう。
例えば、所得再分配機能を高めることで格差を無くすべく、所得税に係る累進課税や、相続税・贈与税の強化が肯定されることになりそうです(もちろん、その是非については、租税の公平性やタックス・ミックスなどの議論がなされるべきでしょう。)。
また、私たちが本質的に格差を無くすことに「快さ」を覚えることは、すなわち、脱税などによって不公平が生じるとした場合に、それを防ぐような行動が求められることにも繋がりましょう。例えば、内部通報者の保護制度や違法行為の通報制度のような社会的インフラストラクチャーを構築すべきとの見解も肯定されるのではないでしょうか。