絵画に関心の薄い人でも、フェルメール(Johannes Vermeer、1632?~1675?)の、青いターバンと真珠の耳飾りを付けた少女の絵(『真珠の耳飾りの少女』)や、牛乳を注ぐ女性の絵(『牛乳を注ぐ女』)は、誰もが一度は見たことのある絵画の一つでしょう。世界的な画家であるフェルメールですが、とりわけ日本での人気は高く、展覧会はいつも超満員になることでも有名です。今回はそんなフェルメール作品に注目します。

修復作業で蘇ったキューピッド

さて、そんなフェルメールの作品の中で、最近『窓辺で手紙を読む女』の修復作業がとても注目されていることをご存知の方も多いかもしれません。

今から遡ることおよそ40年前、フェルメールの初期の代表作『窓辺で手紙を読む女』の背景に、仮面を踏みつけるキューピッドの「画中画」があることがX線調査によって判明し、「画中画」が塗りつぶされていることが分かりました(1979年)。長年、そのキューピッドの「画中画」は、フェルメール自身が塗りつぶして消したものと考えられてきたのですが、2017年の調査によって、なんとそれを塗りつぶしたのがフェルメール自身ではなく、彼の死後何者かによってなされたことが分かったのです。

そこで、その何者かによって上塗りされた塗料を剥がす修復作業がなされ、いよいよ2021年にその作業が終わったわけですが、修復後のこの作品の最初の外遊先として日本が選ばれたことは、我が国におけるフェルメール人気を如実に表しているものといえましょう。

私もさっそく、新しく生まれ変わった(いや、正しくは「当初の姿」に戻った)ドレスデン国立美術館所蔵の同作品展を見に行きましたが、この塗りつぶしが、誰によって、なぜなされたのかなどについては依然として謎が多いようです。

実は、フェルメールが評価されるようになったのは比較的最近のことで、諸説はあるものの、存命当時(17世紀)において必ずしも超売れっ子の画家だったというわけではありませんでした。一説によると、この上塗りは、フェルメールの死後、急速に忘れ去られてしまった彼の絵を入手した画商によるもので、当時人気を博していたレンブラント(Rembrandt Harmenszoon van Rijn、1606~1669)風に加工することで高く売るために行われたのではないかともいわれています。

同じオランダ人画家でもあり同時期の人気画家であったレンブラント作品として売れば高く値が付くというアイデアの下で、「画中画」のキューピッドを塗りつぶしたのではないかというわけです。実際に、この絵は、レンブラントの絵として出回ることになり、ザクセン選帝侯のアウグスト三世(August Ⅲ Sas、1696~1763)が購入しています。

フェルメールの最高傑作『真珠の耳飾りの少女』は、1881年に取引されたとき、当時の価値でたったの1万円くらいだったといわれていますから、レンブラント作品として売り出したその詐欺的な手口は成功したのでしょう。

絵画評価の不安定さ

さて、もし、相続財産の中に『窓辺で手紙を読む女』があった場合、どのような評価がなされるべきでしょう。相続税法22条《評価の原則》は、「この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。」として、時価主義を採用しています。

この点、「時価」とは「客観的交換価値」であると解されているところ(金子宏『租税法〔第24版〕』734頁(弘文堂2021))、果たして、フェルメールの絵画『窓辺で手紙を読む女』はいくらと評価されるべきだったのでしょうか。

「時価=客観的交換価値」を前提とした場合、贋作であれば贋作なりの評価になることは多くの方の理解するところだと思われます。しかしながら、それは「贋作が贋作である」と見抜けた場合の評価額の話であって、贋作かどうかが判然としないなかにあっては、専門家の知見を頼りに認定せざるを得ないわけです。

上記の『窓辺で手紙を読む女』の場合、当時の専門家もレンブラントの絵だと思っていたわけであって、高額で取引されていたかもしれません。しかし、それがレンブラントの絵ではなかったことが判明した段階で「レンブラントの贋作」として評価額が下がると考えるべきなのでしょう。他方、フェルメール人気が高まった現在にあっては「レンブラントの贋作とされたフェルメールの絵」として客観的交換価値はむしろ高まっているのかもしれません。そう考えると絵画の評価は思ったよりも不安定なものなのだと再認識させられます。

ましてや、フェルメールの絵だということが分かった後においても、つい40年程前までは「画中画」に仮面を踏みつけるキューピッドが描かれていることなど知られてもいなかったのです。そして、2021年にこの「画中画」が姿を現しました。キューピッドの登場前と登場後で評価額は大きく変わることになるのでしょうか。ますます、絵画評価の不安定さを感じざるを得ないのです。

さて、余談ですが、そのフェルメール、若い頃は会計職員として商社に勤めていたことをご存知でしょうか。彼はその勤務先の仕事で鬱病を患ってしまい、職を離れていますが、もしかしたら、税務にも携わっていたかもしれませんね。フェルメールならば、税務処理としていくらの評価をつけたでしょうか。


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