会計に携わる方々であれば、誰しも「簿記」を学んだことがあるでしょう。西洋簿記を輸入し我が国に広めた福沢諭吉は、「帳合の法を知らずして商売する者は、道を知らずして道を歩行する人の如し」と述べており、商売をするに当たって、帳簿の記帳を正しく理解することの重要性を述べています。今回は「簿記」について考えてみましょう。
帳合の法を知らずして商売する者
以前このコラムで「安全の7割は事前準備にあり-税務調査のはじまり-」というものを書いたことがありますが、そこでも述べたように、十分な下調べや、その領域の土地勘を磨くことは、登山に限らず、何事においても重要なことでしょう。
すべては「道を知らずして道を歩くな」という一言に尽きるように思われますが、この点、福沢諭吉は、「道を知らずして道を歩く人」のことを「帳合の法を知らずして商売する者」と説諭しています。ここにいう「帳合」とは、現金や商品の出入り・有高と帳簿とを照合して、計算・記入の正誤を確かめることや、帳簿に収支を記入して、損益を計算することを指す言葉で、すなわち「簿記」のことを意味します。
福沢諭吉といえば、アメリカにおける西洋簿記の教科書『Common School Bookkeeping』を翻訳し、『帳合之法』として我が国に広めたことで有名ですが、その福沢は、「帳合の法を知らずして商売する者は、道を知らずして道を歩行する人の如し」と述べているのです(福沢「小学教育の事」)。
福沢は、続けて「税の収納、取引についての公事訴訟、物産の取調べ、商売工業の盛衰等を検査して、その有様を知らんとするにも、人民の間に帳合法のたしかなる者あらざれば、暗夜に物を探るが如くにして、これに寄つくべき方便なし。日本にて統計表の不十分なるも、その罪、多くは帳合法のふたしかなるによるものなり。」とも述べており、日本の発展において、いかに「帳合の法」を重要視していたかを見て取れるでしょう。
「簿記」の語源
さて、この「簿記」という和訳について、簿記を意味する英単語「book keeping」から来ているという説があります。福沢諭吉が「book keeping」を和訳するに当たり、その発音(ブックキーピング→ブッキー)を転じて「ボキ(簿記)」としたという話を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
もっとも、これには諸説があります。「簿記」という用語は、それ以前から既に日本の公官庁において使用されていたこと、そもそも福沢諭吉が、『学問のすすめ』や上記『帳合之法』などにおいて「book keeping」を「帳合(い)」と訳していたことなどを踏まえると、どうやら福沢諭吉の和訳説は、いわゆる俗説といえるのかもしれません。
実際、この点について、簿記収集家として有名な西川孝治郎博士は、「簿記という字は、英語のブックキーピングを、最初ブッキーと略し、それがブキとなり、ボキとなったのに、当てはめたものだという人があるが、茶話に過ぎないことは明らかである。」と述べています(西川「簿記の語源について」三田商学研究7巻2号43頁(1964))。
服の「スボン」という名称が、これを履くときの「ズボン」という音に由来するといった話に似たようなものなのかもしれません。「ズボン」の語源についても諸説ありますが、フランス語で、女性がスカートの内側に履くペチコートを意味する「jupon(ジュポン)」が変化したものであるという説と、上記のように、履くときの音から来た洒落が語源であるという説などが存在します(なお、筆者は、カレーが「辛れ~!」という発音から来た言葉で、かつその意味を有する用語だと長い間信じていましたが、残念ながらそれも俗説のようです( カレーの語源についてはS&BカレーHP参照)。)。
さて、福沢諭吉といえば、当時多くの日本語を創出し、今では当たり前となっている言葉や概念の多くを福沢が作っています。例えば、「家庭」「健康」「自由」「独立」「競争」「討論」など枚挙にいとまがありません。「『簿記』も福沢が作った言葉である」という誤解は、福沢の凄さ故の誤解なのかもしれませんね。
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