およそ7万年前からホモ・サピエンスの複数の生活団体がアフリカ大陸を離れ、中東にいたネアンデルタール人をはじめ他の人類種をすべて追い払い地球上から一掃してしまいました。ホモ・サピエンスはその後、驚くほど短い期間でヨーロッパ、東アジアのみならず、オートラリア大陸にも上陸しています。ホモ・サピエンスが生き残った理由の1つに「噂話」をする能力を挙げる見解がありますが、今回は脱税の噂話を耳にした時の話を考えます。
ホモ・サピエンスの一人勝ち
上述のようなホモ・サピエンスの前例のない偉業は、ホモ・サピエンスに起きた「認知革命」によるものといわれています(ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史(上)』〔柴田裕之訳〕35頁(河出書房)2016。以下の記述は同書を参照しています。)。
かかる「認知革命」によって、たまたま遺伝子の突然変異が起こりホモ・サピエンスの脳内の配線が変わり、それまでにない形で思考したり、まったく新しい種類の言語を使って意思疎通を図ることが可能となったと解されています。
このホモ・サピエンスが使いだした言語は、他の動物における鳴き声による意思疎通と何が異なるのでしょうか。ここには二つの見解があります。
その一つは、限られた数の音声や記号を繋げて、それぞれ異なる意味を持った文をいくらでも生み出すことができるという驚異的な柔軟性に注目する見解です。この見解は、「気をつけろ!ライオンだ!」という情報伝達をホモ・サピエンスが容易に行うことができたことに着目します(「川の近くにライオンがいる説」)。
また、別の見解もあります。
ホモ・サピエンスが、伝達した情報のうちで、もっとも重要なのはライオンやバイソンについてではなく、人間についてのものであり、私たちの言語は「噂話」のために発達したものであるという見解です(「噂話説」)。この説によれば、ホモ・サピエンスは本来社会的な動物であるということになりましょう。
噂話や陰口で種が発展する?
一見したところ、「川の近くにライオンがいる説」が正しいように思われるものの、実はそうした情報伝達は、多くの動物も同様の意思疎通を行っています。「気をつけろ!ライオンだ!」は、例えば、サバンナモンキーも同様の意思疎通を行うことができるのです。
考えてみると、私たちにとって、社会的な協力は、生存と繁殖の鍵を握っています。個々の人間がライオンやバイソンの居場所を知っているだけでは十分ではないのです。集団の中で、誰が誰を憎んでいるか、誰が正直か、誰がズルをするかを知ることの方が、はるかに重要といえるのでしょう。
ホモ・サピエンスに滅ぼされたネアンデルタール人は、なかなか陰口がきけなかったのです。陰口は忌み嫌われる行為ですが、大人数で協力するには実は不可欠なものです。ハラリ氏は、このような理由で「噂話説」を重視します。
私たちの社会では、おびただしい数のコミュニケーション情報が電子メール・電話・新聞記事に溢れていますが、いずれの形にせよこれらの圧倒的多数は噂話でできています。
この噂話こそが、ホモ・サピエンスの認知革命において強調されるイノベーションであり、私たちの社会は、有史以来、ある意味噂話によって支えられてきたのではないでしょうか。