渋沢栄一が1916年に著した『論語と算盤』には「蟹穴主義」なる考え方が示されています。言わずと知れた、「蟹は自分の甲羅に似た穴を掘る」という金言がその考え方です。今回はそんな渋沢栄一の名言をきっかけとして、租税法上の「帳簿」とは何かを考えてみたいと思います。

蟹穴主義

蟹穴主義とは、蟹は、大きければ大きいなりに、小さければ小さいなりに、それぞれ自分の体に合った穴を掘って住処を作ることから、人間も、自分の身分や力量に応じた言動をすべきであるという例えです。「一升徳利に二升は入らぬ」といった諺もありますが、身の丈をわきまえた行動をすべきという渋沢の教えでしょう。

さて、この「穴を掘る」という金言の表現振りを不思議に思う人はいないでしょうか?すなわち、掘った結果出来たものを「穴」と呼ぶのであって、「穴を掘る」というのは日本語としておかしいのではないか、という疑問です。

「パンを焼く」「お湯を沸かす」などもそうですが、よくよく考えると不思議な日本語のようにも思われます。言うまでもありませんが、蟹は「穴」を掘るのではなく、海岸の「砂」を掘るのですし、「パン」を焼くのではなく、「小麦粉」を焼く、「お湯」を沸かすのではなく、「水」を沸かすというのが正しいのではないでしょうか。