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酒井克彦の「税金」についての公開雑談~戒石銘を読む~

令和3年8月23日、役所の規制などに関する苦情や提案をホームページで募る「規制改革・行政改革ホットライン(縦割り110番)」の受付けが再開されました。河野太郎行政改革担当大臣主導の下、約9か月ぶりに再開するとあって再び注目を集めるところですが、ときとしてみせる河野大臣の強気な改革姿勢には、行政庁内部から不満の声が上がることもしばしばです。行政改革には「産みの苦しみ」が付き物ですが、今回は、江戸時代は二本松藩の藩政改革から知見を得てみましょう。

岩井田作非と戒石銘

江戸時代の儒学者に、岩井田作非という人物がいます。享保19年(1734年)に二本松藩に仕え、同藩の藩政改革を推し進めたことで有名です。

作非が着任した当時、藩士の中には満足に読み書きをできる者が少ない状況にありましたが、昨非は、五代藩主の丹羽高寛や家老丹羽忠亮の後ろ盾により、重臣・藩士らの反対を押し切り、文武両道の義務化等の教育制度をはじめとして、軍政・士制・刑律・民政などの重要施策の改革に次々と取り組みます。藩士教育では、毎月城内において3日、昨非宅において6日間の講義を行うなど教育普及にも力を注ぎました(二本松市HP「ふるさと人物史」参照)。

そうした改革の中、凶作の年だった寛延2年(1749年)、昨非の進言で、藩政改革と綱紀粛正の指針として、藩士を戒める目的で「戒石銘」という石碑が建てられました。これは現代でいうところの「通達」に相当するといってもよいと思われますが、長さ約8.5m、最大幅約5mの自然石(花崗石)の大石に、次のような漢文が刻まれています(訳も含めて、二本松市HP「国指定史跡『戒石銘』」より引用)。

爾俸爾禄:爾(なんじ)の俸 爾(なんじ)の禄は

民膏民脂:民の膏 民の脂なり

下民易虐:下民は虐げ易きも

上天難欺:上天は欺き難し

現代語に訳せば、「お前(武士)の俸給は、民があぶらして働いた賜物より得ているのである。お前は民に感謝し、いたわらねばならない。この気持ちを忘れて弱い民達を虐げたりすると、きっと天罰があろうぞ。」ということになります。

作非は、藩財政を立て直すべく民衆に対して収税の厳格化を図る中、そうである以上、行政官たる藩吏も襟を正せよと説いたのです。すなわち、戒石銘は、藩吏の倫理感、あるべき姿を説いたものですが、この考え方は現代の公務員倫理に通じるところが多分にあるものでしょう。

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