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酒井克彦の「税金」についての公開雑談~温泉療法と医療費控除~

「令和」という新元号については、いま最も多くの人が口にする話題だと思います。
この「令和」という元号はこれまでの元号とやや趣を異にしており、従前の元号は中国の古典などからの引用が主であったところ、「令和」は『万葉集』の記録から発案されたといわれています。今回は国字の1つである「湯治」に着目してみましょう。

国字である「湯治」

新元号は、万葉集のほか、『古事記』や『日本書紀』からも検討されたことが伝えられています(毎日新聞2019年4月3日デジタル版)。「令和」をはじめとして、提案されたいくつかの元号案は、日本で作られた文字としての「国字」ということになるのでしょう。

さて、この「国字」には様々なものがありますが、例えば、「湯治」という言葉も国字であるといわれています。漢字学者の簡野道明は、「湯」の用語例として、「湯治」を挙げており、そこには、「温泉に浴して病気をなおす」と説明し、これは日本にのみ通用する訓義であるとします(簡野道明『字源〔増補版〕』1124頁(角川書店1991))。

日本で初めて正式な歴史書として編纂された上記の『日本書紀』には、特に7世紀前半から中頃にかけて、天皇や皇族が「伊豫温湯(いよのゆ)」(現在の道後温泉)や「紀温湯(きのゆ)」(現在の白浜温泉)などへ出かけたという記事がしばしば出てきますが、温泉への行幸は一般的な行幸と異なり長期間にわたって行われたため、現地に滞在して「湯治」を行う目的だったとされています(国立国会図書館ホームページ)。

今でも、例えば、病気に悩まされている人が温泉に行って湯治をする文化は残っています。租税法の研究者としては、この場合の「湯治」に要した温泉利用料は医療費控除の対象となるのかという点に関心を寄せてしまうのですが、どうでしょうか。

温泉療法による治療

居住者が、自己又は自己と生計を一にする配偶者や親族に係る一定の医療費を支払った場合には、医療費控除を受けることができますが(所法73①)、ここにいう「医療費」とは、「医師又は歯科医師による診療又は治療、治療又は療養に必要な医薬品の購入その他医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価のうち通常必要であると認められるもの」をいうとされています(所法73②)。

さて、本題に戻り、ここにいう「医療費」に温泉療法による治療に要した費用が含まれるのか考えてみましょう。

温泉に行くと、その入り口などに効用や成分といった温泉の情報が掲げられていますが、腰痛や胃腸障害に効くなどと記載されているのをご覧になったことのある方も多いでしょう。この点を見れば、温泉療法はたしかに「治療」や「療養」ともいえそうです。

しかし、温泉療法とはいっても、会社員が家族旅行で久しぶりの休暇を取って温泉に浸かることとどこが異なるのでしょうか。
この点、温泉療法とリフレッシュや健康維持、体質改善との線引きは難しいようにも思えます。

医療費控除の要件

もっとも、医療費控除にいう「医療費」とは、単に治療の対価であれば足りるわけではなく、①「医師又は歯科医師」による治療であるか、あるいは、②医薬品の購入か、③医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価でなければならないとされていますから、温泉治療に要した費用が医療費控除の対象となるにはそれなりのハードルがあることになりましょう。

国税庁はこの点、「健康増進のための温泉利用及び有酸素運動を安全かつ適切に行うことができる設備を一の施設において備えていること」を「温泉利用型健康増進施設」の認定要件としています。
そこで、温泉利用を行う施設(以下「温泉利用施設」といいます。)と有酸素運動を安全かつ適切に行う施設(以下「運動健康増進施設」といいます。)が一体となって運営される「温泉利用型健康増進施設」の利用料金を医療費控除の対象としています。

その理由は、このような施設が、慢性疾患の予防に資するとともに、医師の指導に基づき疾病の治療のための温泉療養を行う場としても十分機能し得ると認められることにあるようです。

そのような観点からでしょう、医療費控除の適用要件として、「医師が治療のために連携型施設を利用した温泉療養を行わせ、その旨を『温泉療養証明書』により証明した場合」に限って対象となることとしています。すなわち、このような施設の利用料であれば、医師等の診療等を受けるために直接必要な費用として医療費控除の対象になるというのです。

そもそも、漢字の語源である紀元前の中国古典籍には、「湯治」という言葉はないそうです(石川理夫『温泉の日本史』60頁(中公新書2018))。
「湯治」が日本で作られた文字としての「国字」とされていることは前述のとおりです。

まさに、その字のとおり「湯で病気を治す」ものが「湯治」であるとすれば、所得税法上も、それが「治療」であるとすることに問題はないといえるでしょう。ただし、そこには、単なるリフレッシュや休暇との線引きとして、医師等による証明が求められるものと解されます。

著者: 酒井克彦

中央大学商学部教授 兼 法科大学院教授/法学博士

中央大学商学部教授。法学博士。現在、税務会計論・租税法などを担当。一般社団法人アコード租税総合研究所 所長、一般社団法人ファルクラム 代表理事。単著に『スタートアップ租税法〔第3版〕』、『クローズアップ保険税務』他5冊のアップシリーズ、『所得税法の論点研究』(財経詳報社)、『裁判例からみる所得税法』、『裁判例からみる法人税法〔2訂版〕』(大蔵財務協会)、『レクチャー租税法解釈入門』(弘文堂)、『プログレッシブ税務会計論Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』(中央経済社)、『アクセス税務通達の読み方』(第一法規)、『キャッチアップ 仮想通貨の最新税務』、『キャッチアップ改正相続法の税務』(ぎょうせい)など。その他、論文多数。
■一般社団法人アコード租税総合研究所
http://accordtax.net/
■一般社団法人ファルクラム(FULCRUM)
http://fulcrumtax.net/

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