入管法改正によってインバウンドに関心が集まっている中、多くの外国人が我が国に流入することに対する対応ないし懸念が示されたり、国籍取得に関する議論が沸騰していることは周知のとおりです。とりわけ、テニスの大阪なおみ選手の国籍選択が話題となったり、有名国会議員の二重国籍が問題となったりするなど、国籍に関してはとかく話題が絶えないところです。今回は国籍を巡る論点を取り上げてみたいと思います。
国籍に係る条約と国内法
何人がいかなる条件に基づいてその国の国籍を取得し、いかなる条件に基づいてその国の国籍を喪失するかは、各国の裁量により決定されるというのが、確立された国際法の原則です(長谷川正国「国籍の剥奪と国際法」早稲田法学会誌25号217頁(1975)。以下においても同稿を参考にしています。)。
この原則は、常設国際司法裁判所の「チュニス及びモロッコ国籍法事件に関する勧告的意見」の附随的意見において次のように述べられています。
国籍法の抵触についてのある種の間題に関する条約1条は、「何人が自国民であるかを自国の法令によって決定することは、各国の権限に属する」と規定し、2条は、「個人がある国の国籍を有するかどうかに関するすべての問題は、その国の法令に従って決定する」と規定しています。
すなわち、原則として、国籍に関する問題は国内法によって規律されるこということです。
さて、我が国の国籍法の一部を確認してみましょう。
国籍法11条《国籍の喪失》1項は、「日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。」とし、2項は、「外国の国籍を有する日本国民は、その外国の法令によりその国の国籍を選択したときは、日本の国籍を失う。」とします。
また、同法14条《国籍の選択》1項は、「外国の国籍を有する日本国民は、外国及び日本の国籍を有することとなった時が20歳に達する以前であるときは22歳に達するまでに、その時が20歳に達した後であるときはその時から2年以内に、いずれかの国籍を選択しなければならない。」とします(これが、上記の大坂なおみ選手について話題となっている国籍の選択です。)。
そして、同法15条1項は、「法務大臣は、外国の国籍を有する日本国民で前条第1項に定める期限内に日本の国籍の選択をしないものに対して、書面により、国籍の選択をすべきことを催告することができる。」とし、3項は、かかる「催告を受けた者は、催告を受けた日から1月以内に日本の国籍の選択をしなければ、その期間が経過した時に日本の国籍を失う。」としています。
このように、国籍選択の場合において日本国籍を選択しない者については、自動的に国籍が剥奪されることになると思われますが、ある指摘によると、国籍選択の催告は行われていないのが現状のようです(山脇康嗣「大量の『偽装日本人』が、安全保障を揺るがす―増加の一途をたどる『二重国籍』の根深い問題」東洋経済ONLINE)。そのようなことから、二重国籍者は増加の一途をたどっているとも指摘されています(前掲稿)。
住所認定における推定規定
さて、所得税法2条《定義》1項3号にいう「居住者」に該当するか否かの判定は、国際社会を迎えた現下の我が国においては大きな問題の一つであるといってもよいでしょう。
同法にいう居住者判定においては「住所」認定がその鍵を握っていますが、この点の事実認定には常に困難が伴います。
そこで、所得税法施行令14条《国内に住所を有する者と推定する場合》は、「住所」認定における推定規定を設けており、「国内に居住することとなった個人が次の各号のいずれかに該当する場合には、その者は、国内に住所を有する者と推定する。」として以下のような場合を示しています。
① その者が国内において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有すること(所令14①一)
② その者が日本の国籍を有し、かつ、その者が国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有することその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が国内において継続して1年以上居住するものと推測するに足りる事実があること(所令14①二)
また、所得税法施行令15条《国内に住所を有しない者と推定する場合》は、「国外に居住することとなった個人が次の各号のいずれかに該当する場合には、その者は、国内に住所を有しない者と推定する。」として以下のような場合を示しています。
① その者が国外において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有すること(所令15①一)
② その者が外国の国籍を有し又は外国の法令によりその外国に永住する許可を受けており、かつ、その者が国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有しないことその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が再び国内に帰り、主として国内に居住するものと推測するに足りる事実がないこと(所令15①二)
このように、所得税法は原則として「国籍」による居住者・非居住者判定を行っていませんが、所得税法施行令における推定規定では、「国籍」を判断材料に用いているのです。そうであるとすれば、日本の国籍を有しているか否かは、国内に住所を有する者の認定において重要なファクターとなるといえましょう。
目下の国籍問題と租税法
もっとも、上記のいずれの条項も「国内に居住することとなった個人」や「国外に居住することとなった個人」に関する規定であって、「国内に居住する個人」や「国外に居住する個人」の規定ではありませんから、インバウンドやアウトバウンド以外の者に対しては適用がないとも考えられます。
しかしながら、今日の状況下においては、国内に居住している者が国籍を有しないこととなった場合の推定規定などが設けられていないことなどについて、改めて検討を要するように思われます。
いずれにしても、国籍をどのように扱うかは行政管轄としては法務省の領域ですから、いわば、法務省の態度が課税上の取扱いにまで影響を及ぼすことが十分にあり得ることを指摘できましょう。
上記のように、法務大臣が国籍法に規定されている催告を行うか否かという問題が、所得税法上の居住者・非居住者の判断にも直結することになるとすれば、その問題は大きいようにも思われるのです。
国際化の問題は、なにも外国人流入や国籍取得問題のみならず、外国への日本人の流出や国籍剥奪の問題もあること、そして、そのことが租税法領域にも大きな影響を及ぼす可能性があることを忘れてはなりません。