税理士業界では、ずっと一つの事務所で勤務する人もいますが、何回か転職することも多いと思います。入社も退社も理由があってのこととは思いますが、どれもご縁。狭い世界ですから、できれば気持ちよく転職したいものです。
特に統計で調べたわけではないのですが、実感として、税理士事務所では、就職して数年後に転職を考える人が多いように思います。「相続税に特化した事務所に行きたい」「パートではなく正社員として働きたい」、または、その逆の理由で転職を考えることがあると思います。キャリアアップのため、家庭との両立のため、事務所の規模や仕事内容、人間関係、給料など、転職を考えるきっかけはさまざまですが、たとえ一時期だったとしても、ご縁があった事務所。お世話になったのだから、辞め方は大事だと思っています。
私は、最初の個人税理士事務所にパートで約2年間勤務したあと、税理士法人の正社員として約3年半勤務しました。その後、上場を目指すベンチャー企業の管理部門に転職したものの、激務と人間関係であっという間に辞めてしまったという苦い過去があります。
いずれも表面的には円満退社となったのですが、最後のベンチャー企業だけは、逃げるようにして辞めてしまったため、今でも「ご迷惑をおかけしたな」という思いと、それでも「あれ以上あそこにはいられなかった」という思いがあり、残念ながら、今でも仲良くしているような仲間がいません。でも、転職しなければよかったとは思っていません。たった1カ月強でも「こんな世界があるんだなー」と垣間見ることができたし、そこで生き生きと仕事をしている仲間もたくさんいました。ただ、私にはどうしても合わなかったのです。
このように、うまく転職できなかった経験もあるのですが、最初の税理士事務所と次の税理士法人には、辞める理由を理解していただけて、今でも良好な関係を築けています。私は、税理士法人勤務のときに税理士登録をしたのですが、その際、パート時代の事務所の所長からも実務経験の証明を提出していただく必要がありました。連絡をして、必要な手続きをいろいろしていただいたときには、こちらがお手間を取らせるのに、「お祝いしましょう」と言っていただき、一緒に飲んだことを覚えています。

そして税理士法人の仲間達。総勢20名ほどの事務所だったのですが、こちらは本当に仲が良く、中にいる人は一部入れ替わっているものの、退職から4年経った今でもそのうちの8名くらいのメンバーで年に数回、出かけたり飲みに行ったりしています。
私より前に辞めた人、私より後に辞めた人、私が辞めた後に入社した人もいます。熱海でバーベキューをしたり(毎年恒例になりつつあります)、高尾山に登ったり、釣りに行ったりお花見をしたり、お芝居を観に行ったり、単に飲みに行ったり……と、たくさんの時間を共有しています。
また、元代表とも税理士の集まりでお会いする機会があり、必ずご挨拶をします。そうすると「元気?」「調子はどう?頑張ってる?」など、声を掛けてくださいます。税理士業界は狭いですから、転職後もお世話になった所長の先生とお会いする機会があると思います。再会したときに、「目を合わさないようにしなきゃ」などと思ってしまうような、逃げるような辞め方をしなくてよかったなと思います。
もちろん、これは私が恵まれていたからであって、どう転んでも尊敬できない先生やブラックな事務所もあるので、どうしても円満に退職することができないというケースはあるかもしれません。でも、そういう場合以外は、たとえば、本当は人間関係が原因で退職を決意したとしても、自分のキャリアアップや勤務時間、通勤距離などを理由にして(笑)、誠意を持って感謝の気持ちを伝えた方がいい。そして辞めた後もお会いしたら挨拶をし、その後の関係も良好でいられたら、仕事も進めやすくなります。だって、研修など、税理士の集まりに参加するときに、「前の事務所の人達に会ったらどうしよう」なんて思うのは嫌ですよね。それより「お久しぶりです! 最近どうですか?」と、久しぶりに会えたことがうれしくなるような関係の方が絶対いいです。
もし、これを読んでくださっている読者の方の中に、「いずれ今の勤務先を辞めようかな」と考えている方がいらしたら、今の事務所の不満な面ではなく、良いところに目を向け、感謝の気持ちを持ちつつ、「それでももっとこうしたいから」という前向きな理由で転職や独立をしていけたらいいと思います。特に、独立をすると、いろいろな面で組織に守られていたんだなぁと思うことがありますよ。