アメリカ映画『ビリーブ~未来への大逆転~(原題:On the Basis of Sex)』〔ミミ・レダー(Mimi Leder)監督〕は、連邦最高裁判事のルース・ベーダー・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsburg)女史の学生時代から租税訴訟であるチャールズ訴訟における勝訴までの実話を基にした作品です。今回はキンズバーグの半生から、ジェンダー問題を抱える所得税法の規定を考えてみたいと思います。
ギンズバーグ女史とチャールズ訴訟

初めに、キンズバーグ女史の半生を辿ってみましょう。
ギンズバーグは、コーネル大学を経て入学したハーバード大学ロースクール在学中に、同窓のマーティン・ギンズバーグ(Martin D. Ginsburg)と結婚します。
その後、ニューヨークにあるコロンビア大学ロースクールへ移籍して法学位を得たものの、女性であることから法律事務所での弁護士の仕事を得ることができず、卒業後は大学で教鞭をとっていました。
そのとき、アメリカ自由人権協会 (ACLU:American Civil Liberties Union) ニュージャージー支部に参加し、ジェンダー問題に取り組み、その後、コロンビア大学ロースクールで常勤教員を経て、租税訴訟であるチャールズ訴訟(チャールズ・E・モーリッツ対内国歳入庁長官裁判(1972年))を手掛けることになったのです。
同事件は、米国内国歳入法214条の介護費用控除の適用の是非を争うものでした。
原告チャールズは母親の介護費用について介護費用控除を受けることができないとしてIRS(内国歳入庁)から課税処分を受けたため、かかる処分の取消しを求めて提訴しました。当時の介護費用控除は、一定の女性に限って受けることのできる控除規定でした。
すなわち、同規定は、「介護に関する所得控除は、女性、妻と死別した男性、離婚した男性、妻が障害を抱えている男性、妻が入院している男性に限られる」としており、性別によってその適用の可否が左右されるものでした。
男性であるチャールズは、母親の介護をしなければならない一方、外で仕事をする必要があることから、ヘルパーを依頼したところ、それに要した費用について独身男性であるという理由から同控除の規定の適用を受けられないという点が問題となったのです。
当時は、依然として男尊女卑的風潮があり、とりわけ最高裁判事はみな男性でした。
多くの法律内に存在していた性差別につき、男性が不利な扱いを受けている介護費用控除の規定の適用を争うことでジェンダー問題への風穴を開けようという考え方が、ギンズバーグ女史の考え方であったと、くだんの映画では描かれています。
キンズバーグ自身、若いころに母親が要介護になり亡くなっていることから、そうした自らの経験も大きく影響したのかもしれません。
ジェンダー問題を抱える我が国の所得税法
映画のネタバレにならないように紹介する必要があるため、これ以上映画の内容に立ち入ることは止めておきますが、このような内国歳入法典に似た規定(現在は、この事件の後に廃止されています。)が我が国の租税特別措置法にも存在します。
すなわち、租税特別措置法41条の17《寡婦控除の特例》は、一定の要件(扶養親族である子を有する合計所得金額が500万円以下の女性)についてのみ、寡婦控除(寡夫控除ではない。)の特例として、控除額に8万円を加算する措置を講じています。
あくまでも「寡婦控除」であって、「寡夫控除」でないことに注意が必要です。
これは、我が国の所得税法上、いわば男性が不利な扱いを受ける規定であり、前述の介護費用控除と同様のジェンダー的問題を包摂した控除であるといえなくもありません。
その後、キンズバーグは、1980年に、カーター大統領によってコロンビア特別区巡回区連邦控訴裁判所判事に指名され、1993年、クリントン大統領によって連邦最高裁判事に指名されています。
米国におけるジェンダー論に欠かせない存在であるキンズバーグが内国歳入法典を巡る訴訟を手掛け、これが性差別規定の撤廃への大きなきっかけになったという点には注目すべきでしょう。
我が国の所得税法もキンズバーグに見習うところがあるように思われるのです。
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