民法の相続部分が40年ぶりに改正され、通称「おしどり贈与」の“先渡し”に関する規定が見直された。相続シーンにおいて使い勝手が良くなったとされているが、実際にどのように変わったのか理解されていない部分も多いようだ。「おしどり贈与」の内容と活用法について考えてみる。

民法の中の「相続」に関する部分が40年ぶりに改正され、7月1日から一部施行されている。その一つに、いわゆる「おしどり贈与」がある。
従前は、夫婦間の「おしどり贈与」を含め、生前贈与した不動産などの財産は、相続財産の“先渡し”があったものとして取り扱われ、相続発生時に生前贈与した分も合算して、相続財産を計算していた。専門用語では、「持ち戻し」などといわれている。宅配便の「持戻し」とは違う。これが7月1日から、「おしどり贈与」に関しては、相続財産には合算しない、“先渡し”がなかったものと判断されることになったのだ。
“先渡し”があるか、ないかで、納税者にはどのような影響があるのだろうか?
それは、「遺留分減殺請求」があった場合に、「おしどり贈与」分は外して計算できる点だ。
「遺留分」は、相続人に法律上保障された一定割合の相続財産のこと。相続人は遺留分権利者と言われ、配偶者およびその子どもだ。遺された配偶者や子どもたちが最低限の生活を保障するために設けられた制度で、被相続人の利益と相続人の保護のバランスをとったとされる。遺留分権利者の留分の割合は、子のみが相続人になる場合は相続財産の1/2、子と配偶者の場合は相続財産の1/4が配偶者、1/4が子、配偶者と直系尊属の場合は相続財産の2/6が配偶者、1/6が直系尊属、直系尊属のみの場合は相続財産の1/3が遺留分として相続人に保障される。被相続人の遺言のあるなしに関係なく、遺留分権利者は、前述の権利を申し出ることができる。遺留分を請求することを「遺留分減殺請求」という。
相続財産の計算に「おしどり贈与」分が含まれなくなれば、「遺留分減殺請求」があったとしても、その財産は守られる。「おしどり贈与」した居住用不動産も相続財産に含まれてしまうと、遺留分減殺請求で他の相続人に支払う財産がなければ、その居住用住宅を売り、その資金を作らなければいけないケースもでてくる。せっかく、被相続人が配偶者の老後の生活のために遺した家さえ失う可能性があるのだ。
今回の民法改正では、この部分が見直されたことから、配偶者の老後生活を最低限守っていくためには大きな意味がある。
相続税法の「おしどり贈与」
一方、税法においては、そもそも民法と取り扱いが違っていた。
相続税の税額計算で「おしどり贈与」は、婚姻期間20年以上の夫婦なら1回のみ、
① 居住用不動産(土地を含む)
② 居住用不動産を取得するための金銭
について、
暦年贈与の年間110万円控除とは別に最高2千万円までの配偶者控除が受けられるとされている。
そして相続税の申告では、民法と異なり、贈与税の申告でこの「おしどり贈与」の2千万円の配偶者控除を受けていれば、特例の限度額の範囲においては加算されないこととされている。
基本的に相続税法では、相続の開始前3年以内に相続人が贈与で財産を取得していたら、その価格が相続税の課税価格に加算されるが、「おしどり贈与」に関しては、この3年の持ち戻しから外れているのだ。
税務実務からすると、この「おしどり贈与」を利用するに当たっては、基本的には贈与税の申告及び、次の書類の添付をする。一例をあげると、居住用不動産の登記事項証明書や財産の贈与を受けた日から10日以降に作成された戸籍謄本または抄本など。ただ、平成28年以後の「おしどり贈与」の際の添付書類では、贈与登記後の登記事項証明書に代えて、贈与契約書等の写しを添付してもよいことになり、贈与税の申告に当たり必ずしも登記が必要条件ではなくなった。
そこで、「おしどり贈与」を活用したときに、相続税発生時に問題になりそうなのが、管理支配権が誰にあったかという点。税務署は、贈与事実の確認として、実質管理を被相続人が行っていれば、贈与したものと認めない可能性が考えられる。そのため、実際に贈与を受けた側がその不動産にかかわる経費、たとえば固定資産税などの支払いを行うなど、財産を実質管理している実態を税務当局に示す必要が出てくる。
この点は、遺産相続の際に税務当局が一番注目する「名義預金」の扱いと同じだ。被相続人の相続財産を減らすため、妻や子ども名義で預金をしていると、名義人が被相続人ではない預金であっても「名義預金」として相続財産として合算されることがある。税務当局では、その口座を名義人が実質的に管理しているかを、「名義預金」か否かの判断ポイントとしている。
さて、配偶者の生活を守ることや相続税の節税面での「おしどり贈与」のメリットを紹介したが、他にはないのだろうか。たとえば、長年連れ添った配偶者を安心させるために贈与を行うということも一つの使い方だ。もっとも、生前贈与してしまったがために、配偶者が自宅を売却してしまい、被相続人と別れるきっかけに使われる可能性もある。