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酒井克彦の「税金」についての公開雑談~ハンナ・アーレントとアイヒマン~

ナチス政権下のドイツの親衛隊将校であったアドルフ・オットー・アイヒマン(Adolf Otto Eichmann)は、ゲシュタポのユダヤ人移送局長官で、アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送に関わり、数百万の人々を強制収容所へ移送において指揮的役割を担ったことで悪名高い人物です。もっとも、アイヒマンが、ナチス政権における法律を遵守した人物であると捉えれば、異なる見方ができなくもありません。今回は法律とその適用について考えます。

アイヒマンに下された死刑判決

戦後逃亡していたアイヒマンは、モサド(イスラエル諜報特務庁)によって捉えられ、イスラエルにおいて軍事裁判にかけられ、人道に対する罪や戦争犯罪の責任などを問われて、死刑判決が下され絞首刑に処されました。

さて、アイヒマンは、死刑宣告をされるような違法な行為をしたのでしょうか。

アイヒマンはナチス政権下の法律に従っただけであり、従順な遵法者であったといえなくもありません。

アイヒマンの行為は、ナチス政権下の法律に対して「違法」だったのでしょうか。適正なコンプライアンスの下での法執行者に過ぎなかったともいえるわけです。

実際、ドイツ出身のユダヤ人哲学者であるハンナ・アーレント(Hannah Arendt)は『人間の条件(The Human Condition)』(1958)において、アイヒマンを擁護しているのです。

遡及課税禁止の原則

さて、ここからは我が国の租税訴訟に目を向けてみましょう。

X(原告・控訴人・上告人)は、所轄税務署長に対し、長期譲渡所得の計算上生じた損失の金額を他の各種所得の金額から控除(損益通算)すべきであるとして、確定申告をしたところ、所轄税務署長から、同年4月1日施行の法律の改正により、同年1月1日以後に行われたXの住宅の譲渡についてはその損失の金額を損益通算できなくなったとして、更正処分を受けたため、国Y(被告・被控訴人・被上告人)に対し、Xが本件通知処分の取消しを求めた事案があります。

4月1日に施行された法律では、住宅の譲渡損失につき損益通算が制限されたのですが、1月1日から3月31日までの間になされた住宅の譲渡損失についても損益通算が制限されるのか否かが争点とされました。

これを遡及課税とみれば、遡及課税を禁止する憲法84条にいう租税法律主義の観点から問題となるわけです。

最高裁の判断

最高裁平成23年9月30日第二小法廷判決(集民237号519頁)は、次のように述べて、納税者の主張を排斥しています。

少し長くなりますが、実際の判示を確認してみましょう。

「憲法84条は、課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであるが、これにより課税関係における法的安定が保たれるべき趣旨を含むものと解するのが相当である(最高裁平成12年(行ツ)第62号、同年(行ヒ)第66号同18年3月1日大法廷判決・民集60巻2号587頁参照)。」

まず、租税法律主義の大前提を述べた上で、次のように続けます。

「そして、法律で一旦定められた財産権の内容が事後の法律により変更されることによって法的安定に影響が及び得る場合、当該変更の憲法適合性については、当該財産権の性質、その内容を変更する程度及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し、その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきものであるところ(最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照)、…暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用によって納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得る場合においても、これと同様に解すべきものである。」

すなわち、本件のような法律変更の憲法適合性については、財産権の性質、その内容を変更する程度、これを変更することによって保護される公益の性質といった諸事情を総合的に勘案した上で、その法律変更がかかる財産権に対して合理的な制約として認め得るものであるか判断すべきとします。

「なぜなら、このように暦年途中に租税法規が変更されその暦年当初から遡って適用された場合、これを通じて経済活動等に与える影響は、当該変更の具体的な対象、内容、程度等によって様々に異なり得るものであるところ、これは最終的には国民の財産上の利害に帰着するものであって、このような変更後の租税法規の暦年当初からの適用の合理性は上記の諸事情を総合的に勘案して判断されるべきものであるという点において、財産権の内容を事後の法律により変更する場合と同様というべきだからである。」

「したがって、暦年途中で施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適用を定めた本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するか否かについては、上記の諸事情を総合的に勘案した上で、このような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用による課税関係における法的安定への影響が納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかという観点から判断するのが相当と解すべきである。」

このように示した上で、最高裁は、結論において合憲性を判断しています。

立法違憲と適用違憲

なお、Xはいわゆる適用違憲の論点についても主張していますが、最高裁はかかる主張についても排斥しています。

違憲訴訟については、法律自体が憲法の要請に反するとする立法違憲の問題と、法律を適用する場面において違憲性が認められるとする適用違憲の問題があり得ますが、上記判決はいずれの論点においても、合憲性を判断したのです。

さて、仮に、法律が違憲であったときに、行政官がかかる違憲である法律を適用することについては、違憲性が認められるのでしょうか。

上記判決には、千葉勝美裁判官の補足意見が提出されているので、そちらも確認してみましょう。

「租税法規の適用は、客観的、形式的、画一的に平等に行うことが基本的に要請されるところであり、事案ごとに駆け込み売却かどうかを個別に判断して適用の有無を決めるといった判断が求められるような事態が生ずるのは避けるべきものである。また、法廷意見の述べるとおり、所得税は期間税としての性格を有し、暦年の全体を通じた公平を図るという要請もある。これらの点を考えると、暦年当初から本件損益通算廃止を適用したことに合理性、必要性がないとはいえないであろう。」

このように、千葉判事は、法律を適用したことについての行政官の裁量性を否定しています。

「読み手中心主義」の法律

これは、アイヒマンが、裁量権のない中で法律を機械的に適用し、ホロコーストに加担したことに理由があるとするハンナ・アーレントの見解に親和性を有するのではないでしょうか。

とりわけ、租税行政においては、税務官署に裁量権が認められていないことからすれば、アイヒマンを巡る関心と並べること自体に問題があるようにも思われるところですが、法律は、読み手中心主義で捉えるべきとすれば、別の見解も導出され得るように思われるのです。

もっとも、千葉判事は、次のように続けています。

「そうはいっても、前に述べたように、納税者が不動産の長期譲渡を行うに際しては、その際の税制を前提に譲渡所得に対する課税額等を考慮するのは当然の経済活動であり、特に、本件のように、売買契約自体は既に前年(本件では前年の12月26日)に締結され、代金等の授受と登記移転・土地の引渡し等が当該年度(本件では2月26日)になったようなケース(すなわち、売買契約の締結が前年中にされているケース)についてまで、年度途中の本件損益通算廃止を年度当初に遡って適用させることは、不測の不利益を与えることにもなり、また、必ずしも駆け込み売却を防止するという効果も期待し難いところである。本件改正附則は、このようにいわば既得の利益を事後的に奪うに等しい税制改正の性格を帯びるものであるから、憲法84条の趣旨を尊重する観点からは、上記のようなケースは類型的にその適用から除外するなど、附則上の手当てをする配慮が望まれるところであったと考える。」

すなわち、読み手中心主義に完全に投げ出すのではなく、附則において立法的手当をする必要があったとの付言をしている点にも関心を寄せておきましょう。

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著者: 酒井克彦

中央大学法科大学院教授/法学博士

中央大学法科大学院教授。法学博士。現在、税務会計論・租税法などを担当。一般社団法人アコード租税総合研究所 所長、一般社団法人ファルクラム 代表理事。単著に『スタートアップ租税法〔第3版〕』、『クローズアップ保険税務』、『クローズアップ事業承継税制』他5冊のアップシリーズ、『所得税法の論点研究』(財経詳報社)、『裁判例からみる所得税法』、『裁判例からみる法人税法〔3訂版〕』、『裁判例からみる税務調査』(大蔵財務協会)、『レクチャー租税法解釈入門』(弘文堂)、『プログレッシブ税務会計論Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』(中央経済社)、『アクセス税務通達の読み方』(第一法規)、『キャッチアップ改正相続法の税務』、『キャッチアップ外国人労働者の税務』、『キャッチアップ保険の税務』(ぎょうせい)など。その他、論文多数。
■一般社団法人アコード租税総合研究所
http://accordtax.net/
■一般社団法人ファルクラム(FULCRUM)
http://fulcrumtax.net/

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