主人公の渥美清亡き後、山田洋次監督の人気シリーズ『男はつらいよ』は終わりを迎えたと思ってたところに、第50作「お帰り寅さん」が公開され、筆者を含め、多くの寅次郎ファンを喜ばせています。同シリーズでは、しばしば「税務署」という言葉が顔を出すのですが、今回はその辺りにスポットを当ててみましょう。

「恋やつれ」と「〇〇やつれ」

この『男はつらいよ』シリーズに「寅次郎恋やつれ」という作品があります(第13作・昭和49年8月公開)。

主人公の車寅次郎が恋にやつれて苦労するという話ですが、そのお相手の「マドンナ」を大女優の吉永小百合さんが演じています。寅さんが津和野で知り合った歌子(吉永小百合)に好かれてしまうという話です。

さて、いつものお団子屋のとらや(のちの「くるまや」)の奥座敷の食卓を囲んで、おいちゃん、おばちゃん、妹のさくら、その夫の博が食卓を囲んでいるシーンがあります。そこで寅さんの「恋やつれ」の話が出た際、おいちゃんは博の勤める隣の朝日印刷所のタコ社長のことを「おまえんとこの社長は『税金やつれ』じゃあねぇか」といって一同を笑わせるシーンがあります。

零細企業の印刷所を切り盛りするタコ社長を巡っては、このシリーズ全作を見た方はご存じのとおり、「ちょっくら税務署行ってくるわ」とか、「社長、税務署から電話ですよ」とか、税務署に追い立てられているような会話が何度も何度も登場するのです。

税務署に追い立てられているタコ社長、「税金やつれ」もあながち冗談でもなさそうですね。

現実世界の「税金やつれ」

ただし、現実世界においては、税務署との付き合いは笑いごとでは済まないことが多いでしょう。

福岡高裁宮崎支部平成12年6月13日判決(税資247号1175頁)の事例において、X(納税者)は次のように主張しています。

「Xは、…K眼科医院で手術を受けたばかりなのに、税務職員の強い要望があり、同月15日外出許可を得て、本店で税務職員の質問を受けた。その当時のXの症状は悪化しており、めまい、口渇、眼のかすみ等、時に冷脂汗が起り、不整脈については救心を飲んで対処している状態で、Xは税務職員の質問も十分理解することができ〔なかった。〕」

そして、以下のように自らの健康状態の悪化を訴えます。

「そのようなことから、Xは、食事も不規則、睡眠も不十分で、緊張の余り体調も悪化していたが、翌25日、N税務署に呼ばれて赴いたところ、係官から平成元年分から平成五年分までの所得税の修正申告をするよう指示され、…長時間にわたり強要を受けたため、Xは最悪のストレス状態となり、声もやっと出る状態で、顔色も真っ青になり、眼瞼摘出手術を受けた直後で衰弱しており、低血糖神経症等によって意識も朦朧となって、肉体的、精神的に混乱した状態になった。」

すなわち、Xは、肉体的にも精神的にも衰退している状況下で修正申告の勧奨を強く受け、一部についての非違を認めるとしても、提出した修正申告は正常な判断の下でなされたものではなかったなどと主張したのです。
第一審宮崎地裁平成10年5月25日判決(税資232号163頁)及び上記控訴審判決では、Xが提出した修正申告書は無効であると判断され、Xの勝訴となり確定しています。

前述のとおり、『男はつらいよ』シリーズでは、タコ社長が度々税務署の話をしています。零細企業の社長がそれほどまでに税務署に用事があるのかと疑いたくなるほど、税務署話が頻出するのです。

タコ社長ほど税務署に慣れた社長でも、税金にやつれてしまうのですから、納税者が初めて税務調査を受けるに当たっては相当張り詰めた気持ちになるでしょう。まるで警察官による取調べを受けるかのごとく緊張してしまう納税者もいると聞きます。

ましてや、高齢者であったり、調査官が大勢やってくるような国税局課税部資料調査課の調査などであればなおさらでしょう。税務調査の実施の細目については、調査官に一定の合理的な裁量が認められていますが(いわゆる荒川民商事件最高裁昭和48年7月10日第三小法廷決定・刑集27巻7号1205頁)、行き過ぎた調査手続や手法が認められないことはいうまでもありません。

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