我が国においては、かつて家督相続制度が存在し、長男が家督を継ぐのが当たり前という時代がありました。戦後民法が改正され、法律上は、今でこそ家督相続制度は残っておりませんが、租税特別措置法における事業承継税制にそうした色彩を感じます。今回はその点をご説明したいと思います。
民法の変遷と「家督相続制度」

民法は、被相続人の死亡時によって、適用される法律が異なります。適用法令が異なるということは、「相続人」も「相続分」も異なり、「相続税の総額」も異なることを意味します。相続手続が完了していないケースも少なくないことから、いつ被相続人が死亡したかという点は非常に重要です。もし、
そのような場合、家督相続では一人の家督相続人が、前戸主の一身に専属するものを除いて、前戸主に属する一切の権利義務を包括的に承継することとされていました。
この旧民法では、法定家督相続人になるのは被相続人の戸籍に同籍している直系卑属の男子が優先され、その中でも年長者が優先順位者とされていました。ただし、子供に男子がいない場合は女子が戸主となっています。
要するに家督は長男が継ぐという古き日本の考え方が色濃く表れているのが、旧民法の規定といえましょう。
もっとも、明治31年7月16日~昭和22年5月2日以前に死亡して家督相続制度が適用されるケースが、現在において租税法の適用上問題となるケースは考えづらいため、今日的には関心を寄せる必要はないかもしれません。
家業の相続と「個人版事業承継税制」
しかしながら、いわゆる「家業を相続する」という仕組みは現行租税法領域においても存在するといってもよさそうです。様々な見解があるかとは思いますが、見方によっては、いわゆる事業承継税制がそれであるともいえましょう。
事業承継税制は、相続税法の特例として、租税特別措置法70条の7《非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除》などの規定によって定められています。
事業承継税制の要件を満たすと贈与税や相続税の納税猶予あるいは免除を受けることができるとあって、実務上大変注目される税制の1つでしょう(制度の詳細については、酒井克彦編著監修『クローズアップ事業承継税制』(財経詳報社2019)参照)。
さて、令和元年度税制改正においては、いわゆる「個人版事業承継税制」が創設され、法人のみならず個人事業における承継についても、上記の贈与税等の特例措置が設けられました。
この制度は、青色申告(正規の簿記の原則によるものに限ります。)に係る事業(不動産貸付業等を除きます。)を行っていた事業者の後継者として円滑化法の認定を受けた者が対象とされています。
そして、その者が贈与又は相続等により、特定事業用資産を取得した場合は、①その青色申告に係る事業の継続等、一定の要件のもと、その特定事業用資産に係る贈与税・相続税の全額の納税が猶予され、②後継者の死亡等、一定の事由にあっては、納税が猶予されている贈与税・相続税の納税が免除される制度です。
この制度の適用を受けるためには、「個人事業承継計画」を都道府県知事に提出し、確認を受けた者でなくてはなりません。
上記のとおり、これは、事業承継税制のうちでも、令和元年度税制改正により創設された個人版のものですが、実際的には「事業承継」というよりは、「家業承継」ともいい得る制度であり、さらに強調すれば、「家督相続」としての色彩すら感じられるところです。
事業承継税制の2つの顔
今日、「持てる者」と「持たざる者」との格差を是正することが求められており、格差の承継を排除して機会の平等を担保すべきとする文脈からすれば、個人版事業承継税制にはやや違和感を覚えなくもありません。なぜなら、同制度を家業維持のための政策とみるとすれば、「持てる者」に有利な税制であるともいい得るからです。
中小企業が後継者不足等による存続の危機にさらされている現下にあっての措置法上の取扱いという意味では、重要な施策としての側面を有するものの、家督相続的意味合いをそこに見出すと、政策の意義についての課題もあるように思われるのです。
むしろ、親族以外の後継者に広く事業の引継ぎを進めるという意味において、第三者向けの承継税制を構築することこそが、「家業承継」ではなく、本当の意味での「事業承継」として意味を有するとみるべきではないでしょうか。
令和2年度税制改正の法案には盛り込まれなかったものの、第三者向け事業承継税制に期待が寄せられるところです。
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