複数の海外法人の業務に従事するため、1年の大半を海外で過ごし、自らは「非居住者」に該当するとして所得税の確定申告をしなかったところ、国税当局が「居住者」に該当すると判断し、争いとなっていた事件を紹介します。東京高裁は地裁判決と同様に、納税者は「非居住者」に当たると判断し、国税当局の主張を退けました(令和元年5月30日東京地裁、令和元年11月27日東京高裁)。

事実関係

  • ・納税者Xは、日本国籍を有し、複数の日本法人と海外(シンガポール、インドネシア、アメリカ、中国)の関連法人の代表者を務めていた。
  • ・Xの平成21年から24年までの国別の滞在状況は以下の通りであった。
  • ・Xの妻や子らは日本に居住していた。
  • ・Xが所有する資産の多くは日本に所在していた。
  • ・Xの住民登録は日本にあり、住民票の転出届を提出していなかった。これは、Xが、日本法人の借入れについて個人保証等をしていたことから、印鑑登録証明書を取得する便宜のためであった。

裁判所の判断

所得税法では、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」を「居住者」としている。

ここで「住所」とは、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものとされている。

そして、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かは、滞在日数住居職業生計を一にする配偶者その他の親族の居所資産の所在等を総合的に考慮して判断すべきとした。

その上で、裁判所はこれらの項目について個々に検討を行った。

 

1 滞在日数及び住居について

  • ・日本国内における滞在日数と、Xが住所があったと主張するシンガポールにおける滞在日数とを比較すると、両国における滞在日数に大きな差があるとはいえない
  • ・世界的なハブ空港があり各国への渡航の利便性が高いシンガポールを起点として渡航していることからすると、シンガポールが、各国へ渡航する際の主な拠点となっていたことは否定し難い。
  • ・シンガポールをハブ(拠点)とする他国への短期渡航はシンガポール滞在と実質的に同一視する方が経済社会の実態に適合する。
  • ・以上によれば、滞在日数の比較から、Xの生活の本拠が日本国内にあったことを積極的に基礎付けることはできない

 

2 職業について

  • ・各海外法人に係る経営判断は専らXが行ってきたものである。他方、日本法人各社については、Xの弟が経営判断を行っていた。
  • ・Xが日本法人のために行っていた業務は、毎月1回の経営会議や年2~3回程度の株主総会及び取締役会に出席するほか、日本法人において重要な意思決定がされる場合に相談を受けるという程度のものである。
  • ・一方、Xは各海外法人の営業活動や工場の管理等の業務のため、年間の66~75%程度の期間は、諸外国に滞在して業務を行っていた。このうち、年間の約4割の日数においてシンガポール又は同国を起点として渡航したインドネシアや中国及びその他の国に滞在していたことになる。
  • ・以上から、Xの職業活動は、シンガポールを本拠として行われていたと評価することができる。

 

3 配偶者その他の親族の居所について

  • ・妻や子を日本に残したことについては、妻らがXとともに海外に転居したとしてもXが不在となることが多々あるため、妻らの生活の便宜や子の教育上の配慮から、日本における居住を継続していたものであり、こうした説明は合理的なものである。
  • ・Xの職業活動に適応した生活の在り方として、妻らの生活の本拠は海外に移さず、日本居宅のままとし、Xが帰国したときに休暇も兼ねて妻らと会うという方法を選択したものということができるから、妻らが国内に居住していたことは、Xの生活の本拠が日本国内にあったことを積極的に基礎付けるものとはいえない

 

4 資産の所在について

  • ・Xは日本国籍を有し、妻らの生活の本拠も日本であったから、日本国内の保有資産が大きくなるのは自然なことである。
  • ・資産の所在は、それだけで居住者判定に大きな影響力を与える要素ではない。各海外法人の業務への従事状況、シンガポールを中心とする日本国外滞在日数を考慮するとき、資産の所在を理由に日本国内の居住者と判定するには無理がある

 

5 その他(住民登録について)

  • ・住民登録の所在が必ずしも生活の実体を反映したものとなっていない例がある。また、海外に赴任する者が他の手続上の便宜のために日本国内に住民登録を残しておくこともその者の行動として不自然であるとはいい難い
  • ・よって、Xが住民登録について転出の届出をしていなかったとしても、このことをもって、生活の本拠が日本にあったことを積極的に基礎付けるものとはいえない

 

これらを総合すると、Xの生活の本拠が日本にあったと認めることはできないから、Xは「居住者」に該当するとは認められない。

コメント

経済のグローバル化の進展により、複数国に跨がって業務に従事する者が増加しています。こうした動きに伴い、個人が「居住者」に当たるか「非居住者」に当たるかが争いとなる事案も増えていくものと予想されます。

今回の判決では、Xの生活実態等を踏まえ、Xの職業活動を重要な要素として「居住者」であると判定したものであり、今後の同様の事案において参考となる判決といえそうです。

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