(2)実質時給

収入、残業ともに多い職場でよく使われる、実質時給という考え方があります。明確な定義は不明ですが、「総収入÷総労働時間」または「手取収入÷総労働時間」と考えられます。FIREを視野に入れる場合、この実質時給が1つのポイントになります。それぞれの要素を見ていきます。
① 総収入か手取収入か
まず分子の収入面について。一般的に、総収入は残業手当などの諸手当を含んだ総額の収入、いわゆる額面の金額を指します。一方、手取収入は税金、社会保険料等を控除した後の、実質的な収入、いわゆる手取りを指します。どちらを用いても間違いではないのですが、FIREの観点からは、資産の形成に直接つながる、手元に残るお金が重要と考えられます。また日本の所得税は累進課税を採用しており、高所得者ほど額面と手取りの差が大きくなります。具体的に見ると、所得税の税率は下記のようになっており、段階的に上がっています。
国税庁HP 「No.2260 所得税の税率」より
税率5%から始まり、課税所得が900万円~1,800万円の場合は33%、1,800万円~4,000万円は40%、4,000万円を超えると45%となっています。右端の控除額があるとはいえ、住民税や各種社会保険料等を加味すると、手取収入は総収入の半分となるケースもあります。このように高所得者であるほど税金・社会保険の負担は重くなり、年収と手元に残る金額に差が出てきますので、税引前の額面収入で考えるとミスリードの恐れがあります。
以上より、資産形成に直結する金額を重視し、実質時給算出にあたっては手取収入を用いることとします。
※より正確には、年金や健康保険の会社負担分、福利厚生費、勤務期間にかかる退職金相当分といった、サラリーパーソンが会社から得ているその他の報酬ないし費用も考慮すべきです。ただし、ここではシンプルに「手元に残るお金」にフォーカスするため、これらの要素は検討していません。
② 労働時間に含まれるもの
次に総労働時間について。通常は所定の労働時間と残業時間の合計とされるようです。残業代が発生しない役員、専門職、管理職であれば、職場で費やした時間でしょうか。
ただし、この総労働時間の捉え方にも幅があります。上記のように収入に直結する所定労働時間+残業時間とするケースの他、休憩時間を含めるケース、通勤時間を含めるケース、出張にかかる移動時間や準備時間を含めるケースなどです。より極端に、仕事のストレス解消に費やした時間や体力・気力の回復のための時間(睡眠時間など)を含めるべきという主張もあります。自分の過去を振り返ると、土日も祝日もなく、睡眠や食事の時間をぎりぎりまで減らし、時間と体力をひたすら仕事に注いだ時期がありました。当然余暇に割く余裕はなく、24時間すべてを労働に費やしたと言えなくもありません。こういったケースでは、丸一日を総労働時間として、実質時給の算出に反映させるべきなのかもしれません。絶望的な気分になりそうではあります。
何をもって労働時間とするか、議論はありますが、一旦、所定の労働時間+残業時間、もしくは職場で費やした時間と考えてみます。
③ 年収500万円、1,000万円における実質時給
年収500万円と1,000万円で、それぞれ実質時給を計算してみます。なお給与所得、独身(扶養なし)等、いくつか前提はありますので、あくまで参考程度です。
年収500万円の場合、手取収入は390万円程度と想定されます。日本経済団体連合会の統計によると、ここ数年の平均的な労働時間は2,000時間程度となっています(パートタイム除く、一般労働者)(※3)。これをそのまま用いると、実質時給は1,950円となります。
非管理職(一般労働者)の年間労働時間(2016~2018年)
日本経済団体連合会 「2019年労働時間等実態調査集計結果 1.年間総実労働時間(一般労働者)(1)業種別平均年間総実労働時間」より
年収1,000万円の場合、手取収入は720万円程度になります。このケースでは企業の管理職ないし専門職であることが一般的と考えられますので、分母の労働時間として管理職の平均労働時間2,057時間(2018年実績値)を用います(※3)。実質時給に換算すると3,500円となります。
管理職(管理監督者)の年間労働時間(2016~2018年)
日本経済団体連合会 「2019年労働時間等実態調査集計結果 2.年間総実労働時間(管理監督者)(1)業種別平均年間総実労働時間」より
額面では2倍の差がありましたが、実質時給では1.8倍に縮まり、累進課税の影響が窺えます。なお、上記経団連の統計によると、管理職と非管理職の差は60時間程度となっていますが、実際のところはどうでしょう。月にすると5時間の差でしかなく、経験上、管理職はより長時間働く印象です。
ここまでは通勤時間や出張の移動時間、体力回復にかかる時間を加味していませんが、これらを含めて考えると、より実質時給は下がります。仮に年間の休日を120日、つまり働いている日数を245日とし、通勤で往復2時間かけているとした場合、それぞれ下記の通りとなります。
年収500万円:手取390万円÷労働時間と通勤時間合計2,490時間=実質時給1,566円
年収1,000万円:手取720万円÷労働時間と通勤時間合計2,547時間=実質時給2,827円
当初算出した実質時給に比べ、いずれも80%程度まで下がります。さらに、出張の移動や準備にかかる時間など、仕事にかかわるあらゆる時間を加味した場合の実質時給は、果たしてどのぐらいになるのでしょう?
特に、日本で年収1,000万円を超えるサラリーパーソンの場合、長時間労働、累進課税といったマイナス要素に加え、多大な業務負荷や精神的なプレッシャーも想定されます。ストレス発散にお金をかけている人もいるかもしれません。
高収入な人こそ、一度実質時給を計算することをお勧めします。「あなたの9時5時の仕事は、あなたが思っているよりもずっと多くのあなたの時間と人生を奪っている」(Grant Sabatier氏)ことを実感するかもしれません。