キャンピングカーをシェアリングし、ロケーションの予約もできる。時間と場所にとらわれず、誰もが好きなときに、好きな場所で好きな人と過ごす-そんな新しい次世代のバンライフを牽引するのは公認会計士・宮下晃樹氏。有限責任監査法人トーマツ、フリーランスを経験後、Carstay(カーステイ)株式会社を2018年に創立。その後、三井住友海上火災保険と提携し、自動車保険が自動付帯する日本初のキャンピングカーのシェアリングサービスを開発、2021年12月にはベンチャーキャピタルから1.1億円の資金調達に成功させた実力派会計人だ。一見、順風満帆に見えるその裏側には、「スタートアップならではの苦悩があった」と語る。今回は宮下氏の起業をしてから3年間の軌跡に迫ります。(取材・撮影:レックスアドバイザーズ 市川)
食事はカップラーメンやナッツ…創業者3人が270万円の資本金で生活する日々
起業をして1年目はどのような生活をされていましたか。
宮下:会社を立ち上げて1年目の壁は、とにかくお金がないことでした。起業後1年間は270万円の資本金でメンバー3人が食い繋いでいました。私はフリーランスの公認会計士として仕事をしたり、お金を借りながら他のメンバーに給与を支払っていました。これまで銀座でお金を気にせず食事をしていた監査法人時代が一転、皆でカップ麺や腹持ちの良いナッツばかり食べて…。お金がないので外食もできず、1年ほど友達に会わなかったら生存を心配されました(笑)。
事業においては、この時期の主な仕事は場所の確保。キャンプや車中泊をしたい人向けに、空いている土地を貸出できるシェアサービス事業をスタートさせました。この頃から世の中でも駐車場のシェアリングや、キャンプ場のAirbnbのようなサービスも登場し始めていたので、場所取り合戦が激しくなる前にとにかく先手を打つ毎日。他社に先駆けていい場所を確保し、それを当社から予約してもらえれば、今後に繋がると考えていました。
当初は訪日インバウンド旅行客がターゲットでしたが、事業を進めていくうちに分かったのは、意外と国内でも需要があるということ。自治体の解決したい二次交通や宿不足といった課題と、ユーザーの「安心安全に車で滞在きる場所があまりない」というニーズを両方解決できるサービスだったので、日本国内でも反響はありました。ただ反響はあったけれども会社にお金がない。会社のスケールを大きくするにはお金を使って商品開発をし続けなければなりません。そのためにどのようにして資本を集めるのか。資金調達を模索した1年間でしたね。
2年目で資金調達に成功されています。
宮下:2019年4月に最初のファイナンスで3千万ほどの資金調達に成功。資本が集まったので、この1年は私自身が起業家としてどう成長していくかを深く考える年になりました。会社の成長速度に役員が追いつかない会社は必然と潰れます。会社にお金が集まったなら、その評価額に追いつき、超えるような自分になっていないといけません。
そこでまず取り組んだのは、人に会ったり、本を読んだりして、起業家としてのマインドを吸収すること。このときにサポートしてくれたのがベンチャーキャピタルの方です。先輩起業家に会わせてくれたり、事業の認知度を上げるべくメディアに取り上げられるようなピッチイベントを紹介してくれたり。勧められた本も片っ端から読みました。こうした手厚いサポートをしていただいたベンチャーキャピタルの方は、私にとって創業者の一人のような感覚です。このサポートによって、長期的な目線でどのようにして事業を伸ばしていくか、今ターゲットとしている人や価格はこれでいいのか、対象としている地域をどうやって広げていくか、そういった事業を成長させるための基本を学ぶことができました。
医療従事者にキャンピングカーを無償提供―スタートアップの信念とは
3年目は2020年。新型コロナウイルスで旅行者が減少します。
宮下:2020年4月、緊急事態宣言が出た頃に、キャンピングカーを医療従事者の方向けに貸し出す「バンシェルター」というプロジェクトを始めました。また、同時に熊本や熱海の被災地にも貸し出しました。キャンピングカーは可動性があって、寝具・水道・電気もあり、中長期的な滞在もできます。有事の際に社会に向き合えるのがスタートアップだと思っていましたし、それをしっかりやり切りたいという僕らの信念もあり、クラウドファンディングでご支援をいただいた800万円を使って貸し出すことができました。
そしてこのときにトヨタファイナンシャルサービスさまと、サブスクのKINTOさまから「自動車というモビリティで、人々が困っている局面を支えたい」という思いにご共感いただき、多額のご支援をいただいて…。このときに得たトヨタさまとのご縁もあり、現在自動車会社との連携も進めています。
そして、2020年6月に、カーシェアのサービスをリリースしました。その頃海外ではInstagramのハッシュタグなどで「バンライフ(Van Life)」という言葉を見かけることが増えていました。不特定多数との接触を避けながら非日常を楽しめるキャンピングカーなど大型の車で暮らしながら旅をするというものです。
流行に乗って日本でも「Carstayってバンライフできるサービスなんだ」と思ってもらえるようになったのですが、あくまでも“バンライフができる場所を提供してくれるプラットフォーム”として認知されただけ。
まだまだ日本ではバンライフをするための大型車を持っている人が少なく、実践できる人はごくわずかでした。20~30代からの「バンライフをしてみたいけれど車がない」という声も届きました。
しかし、実は日本にはキャンピングカーや車中泊可能なバンは200万台ほどあるのです。しかし街中でほとんど見かけませんよね。駐車場に年間340日くらい眠っているからです。せっかく7~800万円するものを買っても使わなくて維持費だけ掛かります。それなら、それを貸し出せるサービスを作れば、私たちの確保した用地も使ってもらえる。キャンピングカーでの旅行を体験して楽しいと感じる人が世の中に増えれば、事業が発展する種火にもなる。つまりクロスセルになります。
こうしてカーシェアのビジネスを進めましたが、保険の問題もありました。オーナーさまは知らない人に貸すのは不安ですし、OneDay保険など、簡単に入れるものもキャンピングカーは対象外なので友達に貸そうにも貸せない。そこで、キャンピングカーも対象になるよう三井住友海上さまで保険を作ってもらって、私たちのサービスに実装してもらいました。Carstayが日本で初めてキャンピングカーを貸し出すサービスになったのです。
資金面では、2回目のファイナンスでサイバーエージェントキャピタルさまが私たちの株主になっていただきました。サイバーエージェントさまといえば日本で最高峰のマーケティング会社の一つ。ですから資金だけでなく、マーケティングの知見や人のご紹介もしていただきました。こういった会社の動きは、コロナ禍にあっても当社にとって追い風となりました。
“自由に生きる”ライフスタイルを。宮下氏の今後の展望
3年目は、組織体制の構築、そしてコンプライアンスの問題にも直面されています。
宮下:一般的には、売上や成果が出ると会社の雰囲気も良くなり、目標を達成したら次の高い目標も目指せると思います。ところが、この3年目くらいに会社のメンバーの退職が続きました。試行錯誤して前に進んでいるようでも結果、売上が上がらないと会社が上手くいっていないと感じられ、やりがいもなくなっていく…。経営者として会社の売上のことばかり考えており、現場で頑張ってくれているメンバーと向き合うことを疎かにしていたと自省しました。
どうしたらメンバーの頑張りが成果に繋がるのかを考え、まずオフィスを移転させてコミュニケーションが取りやすい席配置に変えました。経営合宿なども行い、改めてCarstayが今後どうなっていきたいか洗い出しも行いました。各自のマインドが変わると、業績にも繋がっていき、良い循環に近付きました。
しかし、また新たな壁にぶつかります。元取締役の田端が、彼自身のSNSへの投稿が原因で会社を離れたことです。世の中に会社の存在をアピールすることは必要ですが、線引きははっきりしなければなりません。私自身もこの件は各方面にご心配をお掛けする結果となり、法人の代表としてコンプライアンスの重要性を痛感しました。
しかし田端が離れても、彼はマーケティングのナレッジを会社に引き継いでくれました。それもあって社内で現在もマーケティングを運用できています。そして、彼自身キャンピングカーを持っているので、カーステイのユーザーとしてファンでいてくれています。立場は変わるけれども、個人的には応援してくれて嬉しいなと思っています。
今後の展望を教えて下さい。
宮下:これまでの経験を活かし、組織体制を強化させながらIPOを目指したいと思っています。上場をして、パブリックカンパニーを仲間と一緒に作ったら、見える景色も変わってくるでしょう。
今の事業は私自身“自由に生きたい”という気持ちから始めたものですが、その原体験は2歳から7歳まで父の仕事の関係でロシアにいたことでした。帰国子女で日本に帰ってきて、最初はどこにいっても自分が変わり者だと感じるんですよね。大学に入り、社会人になり、それまでの学校生活よりも多様であることが「良し」とされる環境になって初めて楽に生きられるようになりました。
幼少期も、今の私も、そして会社のテーマも“自由”です。自分が生きやすいと思えるような空間で、より生きやすくなるような世界を作れる仕事をしたいと思っています。
起業をしてからの3年間を振り返ると監査法人という組織から出て、身一つで挑戦できた期間でした。苦しいけれども、自由でいたいという自分の人生の哲学をサービスに置換できた。そしてそれが社会に受け入れられたとき、本当に嬉しかった。
ただ、公認会計士という看板があるからこそ、自分では気が付かないうちに助けてもらえたことはあったかもしれません。資格があるからこそ、これからも守りに入らず挑戦し続けられるのだと思います。
【編集後記】
新型コロナウイルスの影響で、近年キャンプは人気になってきています。キャンピングカーの貸し出しで車中泊もより身近なものになっていくでしょう。宮下先生、ありがとうございました!
Carstay株式会社
●設立
2018年6月1日
●所在地
神奈川県横浜市神奈川区西神奈川1-6-15 サクラビル502号室
●理念
誰もが好きなときに、好きな場所で、好きな人と過ごせる世界をつくる。
●会社HP