今回、ご紹介するのは公認会計士・税理士の篠昌義氏。大学院では原子力について研究をしていたものの、公認会計士の道へ。大手監査法人、税理士法人、上場企業の取締役CFOを務めたのち、代表取締役に就任。その後、2020年からは独立をし株式会社相談室を創設。個人事業主と税理士を結ぶマッチングビジネスを展開している実力派会計人だ。公認会計士として様々なキャリアを歩んできた篠氏だが、今が一番自由で充実していると語る。“お金持ちになりたい”と豊かさを求め走り続けてきた篠氏のこれまでのキャリア、そして独立するまでの歩みについて話を伺った。(取材・撮影:レックスアドバイザーズ 市川)

お金持ちになりたい…サッカーができる豪邸に憧れる幼少期

公認会計士を目指されたきっかけを教えてください。
篠:
出身は兵庫県芦屋市で、周囲には経営者を父親に持つ裕福な家庭の子が多く、庭でサッカーができるような家もありました。そういった暮らしぶりを見て、子どもながらにとても憧れました。そして、どうしたらこういった優雅な生活ができるんだろうと考えるようになったのです。

とりあえず、お金持ちになるために勉強は必要だろうと分かってはいたので、中学受験の勉強も頑張っていて小学校では優等生でした。ただ、進学した中学・高校は自分より遥かに優秀な人もたくさんいたので、あまり成績は振るいませんでしたね。クラスメイトと比較し、自分としては落ちこぼれてしまったような感覚がありました。

その後、数学が得意だったこともあり大阪大学の工学部に進みました。ここでは今まで真面目に勉強してきた反動もあって遊ぶ方に夢中になってしまい、留年を経験しなんとか大学を卒業しました。学部を卒業しても工学部では90%が大学院に行くので自分も大学院へ進学をしましたが、まず専攻を決めないといけません。そのときに自分のいる学部には、主に4つの就職の選択肢があることを知りました。

半導体分野か電気系または情報系のエンジニア、そして原子力。エンジニアはその頃から人気でしたが、私は自分の市場価値が上げるには、変わったことをやっておいたほうがいいと思っていました。当時は震災前でしたし、就職率も給料も原子力の分野で卒業した人が一番高かったのです。せっかく原子力の知識を使って高い給料をもらえる職業が存在するなら、大学院では原子力を学んでみようと思って決めました。

稼ぎたい、という気持ちが大学院を中退して公認会計士への後押しに。

篠:大学院で1年目が終わって就職活動をすることになり、確かに原子力の分野なら普通の大学院卒の学生より稼げることは分かりました。しかしここで、小学校の頃の憧れを思い出したのです。自分の目標は、庭でサッカーができる家に暮らすこと。もし原子力の分野で就職したら、平均年収600~1千万円と一般的には高いとはいえますが、庭でサッカーができる家を都会で買えるわけではありません。

ちょうどそのとき、同じ高校から神戸大へ入った友達が公認会計士に上位で合格したことを知り、公認会計士という資格に興味が湧きました。公認会計士になれば、経営者の右腕として仕事をしながら経営を学べる。これまで自分が見てきた裕福な人というのは、総じて経営者でした。

医者の中でも自分で病院を経営している人や、自分で事務所を持っている弁護士、そして事業会社の経営者…。自分もサッカーができる庭を持ちたいなら、経営者になりたい。そのために公認会計士は近道になる。これが公認会計士を目指すことになったきっかけです。

しかし周囲には、とても反対をされました。なぜ、大学院まで出て安定した就職先が目の前にあるにも関わらず、受かるかどうかも分からない国家試験に挑むのかと。

たしかに原子力の研究をしていて、公認会計士の道に進むというのは異例だったとは思います。また私がいた大学院は就職活動時に、東京電力や三菱重工、日立など大手企業に推薦をしてもらえます。しかし、私は“庭でサッカーができる家”が持てるぐらい稼ぎたかったのです。そうなると大手企業とはいえ会社員として勤めていては上限に限りがあると思いました。

こうして24歳の頃、大学を休学して予備校に通い始めます。短答式は1年で、論文式は2年目で受かったので、26歳のときに大学院を退学して有限責任監査法人トーマツへ入所しました。

経営者の夢を叶えるも1年で退任の道を選択

その後、独立するまでのキャリアを教えて下さい。

篠: 1年目は法定監査、2年目以降は公会計を主に担当し、修了考査が終わった3年半で退職しました。退職したのは独立をしたかったからです。公認会計士のキャリアとして税理士事務所の所長になって経営していき稼ぐのが一番イメージしやすかったので、税務を学ぶために都内にある税理士法人に入所しました。

税務の仕事はとても楽しく、人間関係にも恵まれていましたが、9カ月が経過した頃、上場準備中の会社のCFOのポストに誘われました。当時はまだ公認会計士がIPO準備のためのCFO採用というのは主流ではなかったので悩みました。社内にいる同僚に相談したところ、めったにCFOというポジションは空かないから貴重なキャリアが築けることなど教えてもらいました。私の中でも次第に、税理士事務所の所長以外の一般企業での経営者への可能性も広げられると感じ、1年も満たないうちに退職することは申し訳なかったのですが、転職することにしました。

こうして前職のシェアリングテクノロジー株式会社に入社をしました。ここは生活の困りごとを解決するプラットホームサイトを運営する会社です。例えば、夜、鍵がなくて家に入れないとなったら、ネットで検索するとシェアリングテクノロジーが上位に出るようになっていて、そこで「港区で鍵を夜中に開けられる業者」として連絡先を掲載するしマッチングされれば手数料が入るビジネスモデルです。社長が優秀な方だったので、入社後すぐに上場して、3年後に退任。後任として私が代表取締役に就任することになりました。雇われ社長という立場でしたが、経営者になるという夢を叶えることができたのです。

しかし、結果的にはその1年後に私自身も退任の道を選びました。

豊かさとはなにかー篠氏の今後の展望

なぜ1年で退任をされたのでしょうか。
篠:
経営者という長年の目標を達成し、給与も申し分ないほどでしたが、上場企業の雇われ社長は、実質的には株主に給与額決定と社長選任の権限があります。常に、株主の目を気にしながら会社の業績を上げ続けないといけないプレッシャーに耐えられなくなってきました。

また、この頃になると自分よりもっとすごい経営者と知り合うようになり、自分で事業をし成功している方と比べてみると、肩身が狭くなっている自分自身が豊かだとは全く思えなくなりました。自分でも起業して、そういった方と肩を並べるくらい稼いでみたいと思うようになってきました。

そこで考えついたのが、士業など税務の専門家に仕事を依頼したい人が探しやすいサービス。これまでの経験からSEO対策などのマーケティングの知識はありましたし、税理士など専門家目線で登録したいと思えるサイトを作ろうと思いました。そして、4年でシェアリングテクノロジーの時価総額を超えるのを目標に2020年、株式会社相談室を立ち上げました。

しかし、最初は赤字が続き、軌道に乗るまでは徐々に減っていく預金口座を見るたびに不安になりました。出資を募ろうとして会社の理念やビジネスモデルを社長の知り合いに話しても、全く上手くいかなかったり…。雇われ社長から自分一人で経営をしてみて、その難しさやキャッシュが減っていく不安に駆られました。

独立から2年が経過し、徐々に業績も安定してきて、現在では人材採用もできるようになりました。弊社は基本的にいつ働いてもいいルールにしているのですが、私自身平日のお昼にお酒を飲んだり、好きな時間まで寝たり、仕事に集中するときはガツガツ働いたり、責任と自由は紙一重とはよくいったものですが、独立をして自分が好きな仕事をしながら自分のペースで働けるのは心身共に自由になったなと感じています。

最近では、本当の意味での“豊かさとはなにか”と考えることがあります。幼少期の目標は、庭でサッカーができる家に住めるようなお金持ちになることでした。しかし実際に、庭にサッカーコートが作れる給料を得られるようになると、周囲にいるもっと稼いでいる人たちと自分を比較し、豊かさを感じられなくなっていきました。

それに気づいたとき、際限の無いハードルを追いかけるよりも、今あるものに感謝をして、心から楽しめることに重きを置くようになりました。独立した今は、他人と比較せず、心の自由を手に入れたように感じます。今が一番、本当の意味で豊かに暮らせているのかもしれません。

私は、お金持ちになりたいというモチベーションで公認会計士を目指しましたが、幼少期も大学院時代も“稼ぐにはどうしたらいいのか”という軸は変わりませんでした。周囲には突然進路を変え驚かれましたし反対もされましたが、自分が本当に叶えたいことがあるなら、そこへの手段はいくら変更してもいいと思います。これもまた、“誰になにを言われようと自分自身がどう思うか、どうしたいのか”ということが大切なのかなと思っています。

私は公認会計士という道を選び、監査法人を始めCFOなど幅広いキャリアを築くことができました。この資格は、何にでも応用が効きますので、様々な仕事にチャレンジできる資格だと思います。

先ほど、心の豊かさについて話しましたが、もう少し安定したらまた前職を超える時価総額を目指したり、全く別の夢を追いかけているかもしれません(笑)。自由に様々な道が歩めるのも公認会計士という安定した資格があってのことです。これからも自分の可能性に制限を持たず楽しく働きたいと思います。

 

【編集後記】
常に夢を持ち続けている篠先生。今後も新しいサービスを生み出していかれるのですね!篠先生、ありがとうございました!

株式会社相談室

●設立

2020年

●所在地

愛知県名古屋市中村区名駅5丁目24番5号 納屋橋 CUBES 3番館 3階 BETA株式会社内

●理念

DX(デジタルトランスフォーメーション)により、古い業界に根付く情報の非対称性を解消する

●会社HP

https://www.sodanshitsu.co.jp/

 


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