最高裁大法廷はこのほど、「預貯金」を遺産分割の対象に含まないとしてきた従来の判例を変更し、不動産などと合わせて遺産分割の対象とするという初めての判断を示した。これにより、相続シーンで「長男は不動産、次男は預貯金」といった柔軟な遺産分割がしやすくなり〝争続〟が減るとの期待が寄せられている。しかし一方では、「不便になるのでは…」と心配する声も。今回の判断でいったいナニがどうなるのか。

そもそも「遺産分割」ってナニ?
相続が発生すると、相続人が集まって遺産の分け方を話し合う。この遺産分割協議で相続人同士がモメないよう、民法では、遺産分割の目安として法定相続分を定めている。「子どものいる配偶者は2分の1」「子どもは全員で2分の1」などと定められているアレだ。しかし、必ずこの通りに分けなくてはならないということではなく、相続人同士が話し合って合意すれば、法定相続分と異なる分け方もできる。話し合いがまとまらない場合には、家庭裁判所に遺産分割の調停や審判を申立てるという流れになる。
「預貯金」は特別扱い
ところで相続財産の中には、この遺産分割協議をするまでもなく、法定相続分に応じて当然に各相続人に分配されるものがある。「預貯金」がそれ。被相続人名義の預貯金は、相続人にとっては金融機関に対する「払戻請求権」という債権になり、現金や証券、不動産などその他の相続財産とは違った性質をもつ。可分債権(注*)である預貯金は、相続発生と同時に法定相続分に応じた分配ができるものとされ、「遺産分割の対象外」とされてきた(最高裁平成16年4月20日判決)。これは法律に書いてあるわけではなく、過去の判例の積み重ねによる解釈だ。
今回、最高裁大法廷が示したのは、長年にわたり相続シーンで幅をきかせてきたこの「預貯金は遺産分割の対象外」という取扱いを覆すもの。相続の当事者のみならず金融機関にも大きな影響を与える注目の初判断となっている。
「法定相続分で分けるのは不公平」
争っていたのは、約4千万円の預貯金を遺して死亡した男性の遺族であるA氏とB氏。両氏は法定相続分2分の1ずつを有する共同相続人だ。原告であるA氏は、B氏が故人から5500万円の生前贈与を受けていたとして、「生前贈与を考慮せず、法定相続分に従って預金を2分の1ずつ分けるのは不公平」と主張。一審の大阪家裁と二審の大阪高裁は、過去の判例に従って「預金は相続によって当然に分割されるので遺産分割の対象外」とし、遺産分割を認めなかったため、A氏が最高裁の判断を求めて許可抗告の申立てをしていた。
「許可広告」とは、最高裁への上訴手続きの一つ。高等裁判所の決定に最高裁判例に反する判断や法令解釈上の重要な問題があるとして当事者が申立て、高裁が認めた場合に認められる制度だ。A氏は過去の最高裁判例に物申したことになる。
過去の最高裁判例をバッサリ
A氏の抗告を受け最高裁大法廷は、二審の決定を破棄。預金の分け方などを見直すために、審理を二審・大阪高裁に差し戻す決定をした。
決定理由では、「遺産分割は、共同相続人間の実質的公平を図るものであることから、被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましい」とした上で、実務上でも「現金のように評価についての不確定要素が少なく、具体的な遺産分割に当たって調整可能な財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在する」と指摘。そして、「預貯金は確実かつ簡易に換価できるという点で現金との差をそれほど意識させない財産である」とし、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である」と結論づけた。
過去の判例では「預貯金は法定相続分に応じて当然に分割される」などとされており、預貯金については不動産や株式など他の財産とは区別し、法定相続割合に応じて相続人に分配するものとしてきた。しかし実務上では、共同相続人の同意を得て預貯金債権を遺産分割の対象にするという取扱いが広く行われており、今回の大法廷の決定は実態に沿った内容ということになる。
遺産分割シーンが激変!
今回の最高裁大法廷の決定により、遺産分割シーンは大きく変わることになる。これまで預貯金については「相続開始時点から当然に法定相続分が各相続人に分配」されることとされていたため、遺産分割シーンでトラブルの種になるケースが少なくなかった。しかし今回の新たな判例に従う場合、「長男は土地建物、弟は預貯金」など柔軟な分け方がしやすくなる。また「長男は多額の生前贈与を受けているから、遺った預貯金は次男が全て相続」など、特定の遺族が多額の生前贈与を受けていたケースで公平な遺産分割がしやすくなる。
しかしメリットばかりでもない。預貯金が遺産分割の対象とされたことで、相続発生直後に相続人が金融機関に出向いて故人の預貯金を引き出そうとしても、すぐに応じてもらえない可能性がでてくる。
従来は、相続財産である預貯金のうち「自分の取り分」については、遺産分割するまでもなく金融機関から引き出すことが可能だった。実務上、引き出しに応じるかどうかの判断は金融機関によって異なっていたものの、過去の最高裁判例が幅を利かせていたため、いざ争いになれば従前の取扱いが強かった。