「相続税対策のリスク説明がなかったために損害を被った」—。
税理士法人が元顧問先から損害賠償を求められていた裁判で、東京地方裁判所(宮坂昌利裁判長)はさきごろ、元顧問先の訴えを全面的に認め、税理士法人に総額3億2900万円の支払いを命じる判決を下した。税理士法人が相続税対策として提案したのは、債務の株式化により債権者の資産を圧縮するデット・エクイティ・スワップ(DES)。テクニカルな相続税対策が次々に開発される中、今やポピュラーな手法ともいえるDESの説明義務違反で賠償命令が下された判決に、顧問先への説明義務に日々心を砕く全国の税理士が強い関心を寄せている。

訴えていたのは都内の不動産管理会社A社。A社は元社長(故人)の資産管理を目的に設立された会社だ。判決等によると、元社長はA社に対して多額の金銭を貸付けていたことから、A社の顧問だったI税理士法人に相続税対策について相談。提案されたデット・エクイティ・スワップ(DES)を実行した。

DESとは、デット(債務)とエクイティ(株式)のスワップ(交換)、つまり「債務の株式化」のこと。このケースでは、元社長が所有する債権をA社に現物出資して、代わりにAの株式を受け取る、ということになる。

最大のリスクは債務消滅益

社長が会社に運転資金等を貸し付けるケースは少なくないが、社長に相続が発生した場合、債権はその利息も含めて相続財産にカウントされてしまう。そこでDESによって債権を現物出資し、株式化しておくことで、相続財産を圧縮できる。DESは通常、経営不振にあえぐ会社の再建策の一つとして用いられており、債権者である金融機関が融資の一部を現物出資して株式を取得するケースが多いが、最近では中小企業の社長が自身の相続税対策として活用するケースも増えてきた。

ただしリスクもある。平成18年度税制改正によりDES実行時の債権は「時価」で評価されることが明確化された。これにより債権の額面金額との差額は「債務消滅益」として法人税の課税対象となる。ここでいう時価とは「合理的に見積もられた回収可能額」のこと。会社更生や民事再生などの法的整理等(合法的な私的整理を含む)においてDESが行われた場合には、期限切れ欠損金との相殺が可能だが、細かい条件をクリアしている必要がある。また、グループ内の現物出資等は税法上の「適格現物出資」として簿価取引が認められているが、本件DESについては適格現物出資には当たらない(争いがない)。かくしてA社には、DESによって債務消滅益が発生することとなった。

相続税申告と法人税申告に矛盾が…

DES実行後に元社長が死亡し、A社を引き継いだ息子が相続税申告のため別の税理士に相談したところ、DESによってA社に多額の債務消滅益が生じていることが判明。I税理士法人は対応策として「DESはなかったことにする」という方針を示し、DESがなかったことを前提とする法人税申告書(元社長の債権は計上されたまま。債務消滅益の記載なし)が提出された。

しかしその後、DESを前提とする相続税申告書(DESにより債権が消滅)が提出されたことで、法人税申告の内容と矛盾が生じてしまう。A社は、DESを前提とする法人税の修正申告書を提出し、法人税等2億9000万円を納税。I税理士法人に対し、「リスク説明を受けていれば別の方法で相続税対策を行っていた」として、債務消滅益への法人課税分を含む3億2900万円の損害賠償を求めて提訴に至った。