生命保険会社のライフプランナーという異色のキャリアの公認会計士、菊池諒介氏の連載をお送りします。1回目は、会計士のキャリア相談に乗ることも多い菊池氏に会計士の多様な転職事情などを語っていただきました。

この記事の目次

公認会計士 菊池諒介氏

転職市場での公認会計士の需要は高く、会計業界はもちろん、コンサルティングファームやさまざまな事業会社でも求められています。監査法人での経験をベースに、スキルや知識を幅広い業務で活かすことができます。

インタビューに登場する菊池諒介氏はリーマンショック後の監査法人就職氷河期に公認会計士試験に合格し、税理士法人を経て現在はプルデンシャル生命保険株式会社で活躍する異色のキャリアの持ち主です。
会計士からのキャリア相談やイベント登壇などの活動をしてきた菊池氏に、会計士の活躍の可能性についてうかがいました。


■今回は、公認会計士のさまざまな転職先についてお話しを伺わせていただきます。監査法人からの転職先としては、事業会社、会計事務所、FAS系などのコンサルティングファームあたりがメインと考えていいでしょうか?

菊池諒介(以下菊池):はい、あくまで転職エージェントなどではなく、ライフプランナーとして会計士業界の方々と関わっている中での私見とはなりますが、お話しさせていただきます。挙げていただいたものがメインと考えていいと思います。例えばひと言で事業会社と言っても、大企業からベンチャーまであるので幅広いですよね。あとはフリーランスに転向して、非常勤監査や経理支援、コンサル業務などをこなしている方も増えてきている印象です。

■なるほど。他に、監査法人から監査法人への転職というのも少なからずあるものでしょうか? 

菊池:ありますね。例えば大手監査法人である程度働いて、中堅規模で特色のある監査法人に移るとか、そうした例はけっこうあると思います。

■そうなると、いま挙がった「事業会社」「会計事務所」「コンサルティングファーム」「フリーランス」「監査法人から監査法人」が、監査法人からの主な転職先となりますかね。まず事業会社への転職に関してですが、どんな業界や業種が多いのでしょうか? 

菊池:よく聞くのがスタートアップ界隈です。上場準備中の段階で入る場合もあれば、上場直後の市場替えのタイミングで入る場合もあります。業界では、やはりテック企業はじめIT業界が多い印象です。

あとは、創業期から経営者と二人三脚でがんばる会計士もいます。CFOの役割に留まらずバックオフィス全般、時には営業もやりますといった、スキルベースというより事業にコミットできる方には良い選択だと思います。

■CFOになりたい、またすでにCFO職に就いている会計士は増えているのでしょうか?

菊池:そうですね。20年前にCFOを目指す会計士は少なかったかもしれませんが、ここ10年で全く珍しくなくなりました。むしろ一つのキャリアの王道みたいになっているイメージです。

CFOのロールモデルと呼ぶべき優秀で素敵な会計士もどんどん増えている印象です。スタートアップ業界に限らず、上場企業や外資系企業で経理や財務等のフィールドにて活躍されている方もたくさんいらっしゃいます。

■事業会社への転職のメリットとデメリットはありますか?

菊池:最初に申し上げた通りで事業会社と言っても幅広いので、人それぞれだとは思いますが、監査にしろ税務にしろ、さまざまな企業の内部と関わるのが会計士の仕事なので、豊富な他社事例の知見を活かせる局面は多々あるのだと思います。

また最も多いであろう財務や経理のポジションに関しては、いきなり管理職やそれに近いポジションで入社したとしても、比較的周囲の理解を得やすいところはあると思います。社会的信頼のある資格なので、責任あるポジションにもアクセスしやすいのではないでしょうか。もちろん転職先でバリューを出すことが大前提ですが、昇進の際にも周囲の理解を得やすいとも思います。

一方でデメリットというか、当たり前の話かもしれないですけれど、その分企業側からの期待値は高くなりますよね。例えば経理や財務に関してミスがあったり知識不足を露呈したりしてしまうと、一般的なビジネスパーソンよりも厳しい目で見られるでしょう。

■監査法人で働き続けるよりも、事業会社の方が出世が早い傾向はありますか?

菊池:厳密な統計データを把握しているわけではないのですが、今監査法人ではパートナーになるのがすごく大変だと聞きます。「マネジャーには上がれても、それ以上が…」という話をよく聞くので、出世に関しては事業会社の方が有利と言えるのかもしれません。歴史ある超大手企業ならまた別かもしれませんが、近年急成長して大きくなった事業会社で、若くして要職に就いている会計士もたくさん知っていますので。

また取締役CFOなどの肩書で、ある程度名の知れた会社に一定の年数勤めた経験があれば、転職にしろ独立にしろ、年齢を重ねてもその後の選択肢を多く持てる印象です。

会計事務所やコンサルファームへの転職、またはフリーランスという選択

■続いて、監査法人から会計事務所への転職について聞かせてください。

菊池:監査法人から会計事務所への転職に限らずですけれど、監査法人やコンサルティングファームに劣らない待遇を用意できる会計事務所はまだまだ少ないと感じていて、自分が本当にやりたいことや身につけたいスキルとその会計事務所で得られることが合致していないと、早期離職につながる可能性もあると思います。 中長期的には、成果を出せば収入含めた待遇は後からついてくると思いますし。

また会計事務所への転職に関しては、大企業と中小企業の会計や税務が全く違う点も、個人によって合う合わないがあるかもしれません。さらに、会計事務所ではクライアントとのやりとりに理屈だけではなく感情論が絡んでくることも多いので、そこも向き不向きがあるでしょうね。個人的にはそこがおもしろいところだと思っていますが。

■以前のインタビューである会計士の先生が、「監査法人はクライアントから感謝されることはほとんど無いけれど、会計事務所では、クライアントから感謝されるからうれしい」と話していたのを、思い出しました。

菊池:それは理解できます。監査って、誤解を恐れずにいうとお客様からお金をいただいた上でそのお客様の間違いを指摘する仕事なので、企業側から積極的に関わってほしいと思ってもらうのはなかなか難しいですよね。一方で会計事務所はお客様に伴走し、支援やコンサルティングをしてフィーをいただく仕事なので、やりがいが感じやすいのではないでしょうか。クライアントの成功は会計事務所にとっての成功でもありますからね。

■次に、監査法人からコンサルティングファームへの転職はどうでしょうか。

菊池:FAS系のコンサルファームに転職をする方は、監査法人から仕事の幅を広げるといったイメージなのかなと思います。監査法人での経験を活かしつつ、監査以外の仕事を経験したいという方にはおすすめの選択肢です。監査法人に環境やカルチャーも近いと思いますので、会計士の方であれば全くなじめないということは少ないのではないでしょうか。

また、PEファンドや投資銀行などのファンド系に行きたいという方も一定数いますし、最近はVCへ転職する会計士も増えてきました。監査法人からFASを経由してファンドというキャリアの方も複数名存じております。ファンドのお仕事も、ハードですがやりがいのある仕事ですよね。

■「フリーランス」があまり想像がつかないのですが、みなさんどういった働き方をしているのでしょうか?

菊池:フリーランスになって特に最初の時期は中堅、中小規模の監査法人で非常勤で働くみたいな方が多いのではと思います。上場企業から業務委託で経理支援などをされているケースもよくお聞きします。

■コロナ以降、世の中でフリーランスが増えていることとも関係しているのでしょうか?

菊池:自宅で仕事をするのなら、企業に属していてもいなくても変わらない。それならば組織に属することによって得られる安定や福利厚生よりも、自由な働き方を重視する。そうした価値観の人が増えているのは、会計業界も一緒かもしれませんね。

監査法人から監査法人への転職、または独立について

■監査法人から監査法人への転職に関してはどうですか?

菊池:こちらは、あくまで僕の知る中では「それなりにいる」くらいの印象です。まず、BIG4からBIG4へ転職をする方はあまりいないですよね。BIG4から中堅、中小規模の監査法人に行くパターンが多いと思います。

■そのBIG4から中堅の監査法人への転職は、どんなメリットがあるのでしょうか?

菊池:中堅の監査法人は、BIG4よりもクライアントが小規模になるケースが多いです。よく聞く話ですが、メガバンクがクライアントのBIG4の監査チームは人員が100人くらいいて、業務を細分化して個人個人が分担するので、どうしても作業感が強くなってしまいます。メガバンクの経営層に会うチャンスもなかなかないかもしれません。しかし業界特有の専門性が身に付きますし、海外赴任や昇進に有利になるなどのメリットもたくさんあります。

ただ、そもそも会計士になった理由が、「経営者と仕事がしたい、経営が分かるようになりたい」という方は多いと思います。大企業の監査チームのスタッフでは、その企業の経営の全体像をつかむのはなかなか難しいですよね。そうした売上が数千億を越える大企業ではなく、数百億、数十億の規模の売上の企業であれば、会社の全体像が見えやすく、経営者層とディスカッションする機会も多いと思います。そうした環境を早めに経験できるというメリットが、BIG4から中堅の監査法人への転職にはあると思います。

■クライアントの規模に関しては、BIG4の監査法人から会計事務所への転職も同じメリットがありそうですよね。 

菊池:その通りですね。その辺りは、自分がどの規模のクライアントに対して貢献したいのかによって変わってくると思います。

ちなみに100人規模ぐらいの監査法人や会計事務所なら全員の顔と名前が一致すると思うので、社内も自然とアットホームな雰囲気だと思います。一方で最近はリモート環境も拍車をかけて、大きい事務所では社内の人間関係が希薄になりがちだと思います。良い意味でウェットな人間関係の方が仕事がしやすいという方は、大規模ではない組織の方が合うのかもしれませんよね。

■転職とは異なりますが、当然他にも独立という選択肢がありますよね。

菊池:そうですね。それに関しては、独立してから実力を付けるのか、実力を付けてから独立するのか、そのどちらを選ぶかがまずはポイントだと思います。早く独立をするメリットとしては、若くて体力のあるうちにハードワークして顧客開拓ができますよね。20代のうちに足で稼いで顧客開拓をし、30代ですでに大きな組織を作っている方もいます。早く組織を大きくしたいなら、独立も早い方がいいと思います。

一方で、監査法人や会計事務所に所属していれば、上司や先輩からのフィードバックが受けられます。早く独立をしたことで、経験不足からクオリティの低い仕事をしてしまい、「あそこの事務所はイケてない」という評価が固定化してしまうと、挽回するのはなかなか大変です。経験不足をハードワークで補う気概が必要です。そのためしっかりキャリアを積んでから独立するという考え方もあると思います。例えばBIG4の監査法人で複雑な最先端の仕事や海外駐在、大規模チームのマネジメント経験などが得られれば、独立後も大きな付加価値となるでしょう。満を持しての独立も素晴らしいと思います。

また、20代で独立した人と30代・40代で独立した人では、特に独立直後の時期に取れる仕事も変わってきます。20代で独立すると、同世代のスタートアップ経営者に伴走したり、先輩会計士の仕事を手伝ったりという形からスタートすることが多い印象です。対して、ある程度の年齢で実力を付けてからの独立なら、最初から高度で高単価な仕事が取れるでしょう。それぞれの良し悪しがあると思います。

監査法人から事業会社を挟んで独立するというのも良いですよね。例えば監査法人で監査をする側、事業会社で監査をされる側の両方を経験してから、上場企業の経理コンサルをやりますというのは、クライアント側から見てもバックグラウンドへの納得感がありますよね。

■独立にもいろいろなパターンがあるのですね。

菊池:結局独立も、なぜ独立したいのかが重要だと思います。「組織の人間関係に疲れたから…」みたいな気持ちで独立しても、あまりうまくいかないんじゃないですかね。もしそう思ってしまうのであれば、今の組織で自分なりにできることをいろいろやってみてから、独立や転職するかの判断をするのが良いのではと思います。

全く別の業界にチャレンジするなら、独立や起業は早い方がいい面もあります。でも王道の会計士としてのキャリアを前提とするのならば、どのタイミングで独立をして自分の名前で仕事をし始めるべきなのかは、熟考することをおすすめします。