社会やビジネスの大きな変化に伴い、過渡期を迎えている会計事務所業界。その背景には、業界独特の状況や課題の影響がある。この連載では、父親が立ち上げた会計事務所の事業承継をきっかけに経営を担い、事務所を法人化し、目覚ましい成長へと導いた「M&N辰巳税理士法人」CEOの辰巳悠樹氏に、成長戦略や実際の取り組みを執筆いただきます。

この記事の目次

辰巳悠樹

辰巳悠樹(M&N辰巳税理士法人)
1958年創業の「M&N辰巳税理士法人」のCEO。事務所としては、京都で約60年間多くのお客様を真摯にサポート。自身としては、強みである「営業力」をより活かせるようにMBA(経営学修士)を取得するなど、「組織として強くなる」という方針のもとに事務所の規模や業績拡大に貢献している。また顧客の拡大にあたり、「製販分離」やクラウドツールの導入などを実施し、事務所の改革も進めている。

※この連載は、「すべてのスモールビジネスを支える統合型経営プラットフォーム」を掲げるfreeeの協力でお送りしています

会計事務所が抱える3つの課題

現在、会計事務所および税理士事務所(以下:会計事務所)は大きな転換期を迎えています。
簡潔にいえば、これまで通りのサービス提供や働き方を続ければ確実に衰退していく。
しかし社会やビジネスの動向、お客様のニーズにマッチするように変化(変革)することができれば、大きく成長できる状況だともいえます。

私がCEO を務めるM&N辰巳税理士法人も、かつては時代の波に飲み込まれそうになりました。
しかし、事務所の経営から日々の業務に至るまですべてを見直し、自分たちが目指す会計事務所に成長するためにさまざまな取り組みを実行して成果につなげてきました。
今回から4回にわたり、会計事務所の課題を洗いだし、私たちがそれに対してどのような改善をしてきたのか(もちろん、現在も継続中です)をご紹介したいと思います。

変革を起こすための最初のステップは、現状を把握して課題を明確にすることです。
多くの会計事務所が抱えている主な課題は、以下のようなことが挙げられます。

① 税理士の高齢化
② 旧態依然としたサービスと働き方
③ 受け身の体質

どの業界にも当てはまるようなことではありますが、特に会計事務所業界はまさに社会の縮図といえるほどの切実な問題となっています。
これらの課題解決なくして成長はない、それどころか事務所の存続すら困難といえるでしょう。

次代を担う若い税理士が求められている

それでは、前述した3つの課題について掘り下げていきましょう。

まずは、「① 税理士の高齢化」について。
一見単純に見えますが、このワードの中にいくつもの問題が含まれており、それぞれが複雑に関連している非常に厄介な状態です。
近年の高齢化社会では、税理士の先生方も高齢のためリタイヤを考えておられる方が増えていますが、事務所を引き継ぐ人材がいない、事業承継の問題が顕著になっています。
そのため、会計事務所のM&Aが多く行われるようになり、当法人も多くの問い合わせをいただいている状況です。
ただしここで見誤ってはいけないのは、高齢の税理士が増えていること自体が本当の問題ではなく、次代を担う税理士のなり手が少ないことに問題があるという点です。
実際に税理士試験の受験者数・資格取得者数を見ると全体的に右肩下がり状態で、2014年度の資格取得者数が10,068人なのに対して、2022年度は5,626人に減少しています。
さまざまな要因が考えられますが、税理士ひいては会計事務所のあり方(存在価値)そのものが揺らいでいるのは間違いありません。

私が約8年前にインテリア関係の会社を退職して、父親の会計事務所に入ったのも、事業承継の問題に突き当たったことがきっかけでした。
当時、長く勤めておられた番頭的な役割を担っていたスタッフが急死され、事務所の経営に支障が出てきました。
父親は税理士の仕事に注力していて、マネジメントに関しては亡くなったスタッフに大半を任していました。
また当時、京都税理士協同組合の理事長に選出されたこともあり、第一線で実務から離れる時期でもありました。
そうしたことから事務所運営に関する詳細を把握することが難しくなり、このままでは事務所が立ちゆかなくなる状況になると思ったのです。
幸いなことに私の兄が税理士の資格を取得し、三代目を継承して会計・税務関連の仕事に従事、私が事務所の経営をすることに。
といっても当時の私は専門的な知識も経験もなかったので、約3年間、税理士補助業務の仕事を覚えました。
また並行して経営についてしっかり学ぶためにビジネススクールに通い、MBAを取得しました。
こうした経験を積む中で、業界の問題や疑問点を感じることが多くあったのです。

続いて、②と③の課題を深掘りすることで、「会計事務所のあり方」を明確にしていきたいと思います。

このままでは時代に取り残される

「② 旧態依然としたサービスと働き方」については、これだけで数回分の記事が書けるほど、課題・問題が多くあります。
わかりやすいように項目立てすると、主に次の3つが挙げられます。

A. デジタル化への対応が遅れている
B. 1人の税理士がすべての業務を行っている
C. お客様のニーズと税理士の意識とのミスマッチ

「A. デジタル化への対応が遅れている」は、税理士の高齢化が進み、若手が減少しているゆえの結果といえるでしょう。
さまざまな会計関連のソフトウェアやインターネットサービスが販売されているにもかかわらず、会計事務所はこうした状況に対応できず、頑なに人力(アナログ)で業務を行っているのが現状。
この点においては、お客様の方がずっと進んでいるといえるでしょう。

もうひとつ大きな問題として、「B. 1人の税理士がすべての業務を行っている」、非常に効率が悪い体質があります。
少ない件数であれば問題ないかもしれませんが、少し件数が増えるだけでリードタイムが長くなってしまい、何かトラブルがあったときにも迅速に対応できなくなってしまいます。
またこれもかつて当法人が経験したことですが、このようにすべての業務が1人に集中すると、その人が職を離れると管理ができなくなる。
これは、ビジネスをするうえで大きなリスクとなってしまいます。
税理士目線で見ても、こうした働き方は大きな負担となります。

「C. お客様のニーズと税理士の意識とのミスマッチ」については、Aの課題と重なるところはあるのですが、もっと根本的な部分でズレがあるように感じています。
たとえば税理士のかたがたは職人気質で、完璧主義な傾向がある。決算を組む際、お客様としてはできるだけ早く大体の数字を把握しておきたいのに、多くの税理士はすべての数字を完璧に合わせてからギリギリのタイミングで報告する。
これではお客様にとってストレスやクレームの原因になってしまいます。
その他にも、個人事業主のかたがたが気軽に依頼できるサービス形態を提供できていないことも課題です。
会計事務所業界は昔から顧問契約という、いまでいうところのサブスクリプションを取り入れているにもかかわらず、そのメリットをほとんど活用できていません。
しかし課題解決をして工夫を加えることで、新たな価値を創造することができ、収益につながるのです。

なぜ、自らお客様にアプローチしないのか?

最後に「③ 受け身の体質」についても少し触れておきましょう。
私たちの業界は相対的に受け身のスタンスが染みついています。
それはプロモーションにもいえることで、会計事務所自らお客様(ターゲット)にアプローチする意識が低い。
せっかくホームページをつくっても、何年も更新せず放置しているところが多いのではないでしょうか。
一般企業であればそんなことは考えられません。
私自身、以前は営業職に就いていたので、この体質に強い違和感を感じました。
そこで何とかこの体質を改善しなければと思い、新規のお客様を獲得するために飛び込みの営業も積極的に行いました。
このときの飛び込み営業は結果的には苦戦しましたが、そこから試行錯誤を重ねることで、当法人が大きく成長するきっかけをつかむことができました。
ですので、自ら積極的にアプローチする姿勢は絶対に必要です。
受け身の姿勢はプロモーションに限らず、毎日の業務にも当てはまります。
仕事の性質上やむを得ない部分はあるものの、改善すべきところはたくさんありました。

まとめ

今回は事業継承を導入として、多くの会計事務所が抱える課題、さらには当法人が直面した問題についてまとめました。
第2回では、こうした課題や問題を解決するためにどんな目標や経営方針を掲げ、どのように取り組んだのかを、最近の業界の動向を踏まえながら紹介したいと思います。

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