今回の会計人ライブラリーで紹介するのは、東京共同会計事務所の窪澤朋子税理士による『税務トラブルを起こさない事務所の掟』。税理士とクライアントや事務所職員とのもめごとを予防する、事務所に1冊欲しいトラブル対策本です。
税務トラブルを起こさない事務所の掟
窪澤朋子(東京共同会計事務所、税理士・損害保険プランナー)
中央経済社・発売日:2024/8/29
https://www.biz-book.jp/isbn/978-4-502-50391-7
著者本人が語る本の見どころ
Q まずは『税務トラブルを起こさない事務所の掟』の紹介をお願いします。
A 『税務トラブルを起こさない事務所の掟』は、最近の税賠訴訟の裁判記録をなぜ税賠(税理士損害賠償)が発生してしまったのか、発生を防ぐことはできなかったのかという観点から検討し、これらの事例を通して、今後クライアントとの間でのトラブルがなるべく起こらないようにするためのポイントを解説した書籍です。
Q このテーマで執筆されたきっかけや理由はありますか?
A 仕事柄、税賠訴訟の裁判例を参照する機会が多いのですが、いままでに出版されている書籍は当事者の主張と裁判所の判断といった裁判例の紹介にとどまるものが多く、訴訟の結果はわかっても、なぜ訴訟になってしまったのかについてはわからないままのことが多くありました。
このような点に気をつけたら訴訟にならずに済む、もっといえばそもそもトラブルにならずに済む、ということを税理士の先生方に伝えたいと思い、『税務弘報』で連載させていただくことになりました。
連載を始めたところ、見開き2ページの紙面に収まりきらない事件などが出てきたため、取り扱う事件を増やして書籍化することとなりました。
Q 本書では実際の税倍訴訟を取り上げていますが、どのようなケースがあるのかひとつ例を挙げて紹介していただけますか。
A ある会社の社長が社長職を退任する際に、退職金のほか、会社に対して自社株と不動産を譲渡して資金を得るという方法を提案したある税理士は、自社株を会社に譲渡したことでみなし配当が発生するのを見落としており、退任する社長に対し、手取額を誤って多く伝えてしまっていました。
この元社長が、これらの資産の売却を行ったことにより発生した税額の合計額は、約3,800万円でした。
元社長は、正しい手取額だったらこの取引は行わず、社長からも退任しなかったとして税理士に対して損害賠償を請求し、地裁での税理士の敗訴を経て、高裁での和解にて決着となりました。
みなし配当のミスについては、たしかに税理士として言及すべき点が漏れていたといえますが、資金繰りなどに鑑みると、会社から拠出できる金額はそれほど増額できたわけではなく、税理士のミスはあったといえど、社長退任と資産売却は既定路線だったのではないかと推測できます。
したがって、元社長としても当初税理士から聞いていた手取額には満たない金額しか得られなかったものの、税理士に対して損害賠償を求めるほどのクリティカルな損害は被っていないように思います。
スキームの提案の中で、税理士は元社長の譲渡所得の申告をそれまでのコンサル料も含め500万円で受任しましたが、ミスがあったことも含め、裁判官にはこれが高額と捉えられたようです。
結果的に税理士は1,000万円を負担することとなったのですが、常識的な報酬額で申告書作成を受任し、また自身のミスについて真摯な態度で接することで、クライアントの理解を得、トラブルを避けることができたのではないかと思われる例でした。
Q トラブルを未然に防ぐため、クライアントとのコミュニケーションを大切にすべきというのが本書のメッセージの一つだと思います。先生が考えるクライアントとのコミュニケーションのコツを一つ教えてください。
A クライアントとのやりとりを証拠として残すには、記録を取る、つまり文字として書かれた状態でやりとりの内容を残すことが重要です。
ただメールなどでのやりとりでは、微細なニュアンスがうまく伝えられないことがあります。
したがって、これらをバランスよく組み合わせてクライアントとコミュニケーションを取るのが肝要と思います。
クライアントとのメインのやりとりが電話のかたは、メールでの連絡や備忘メモの作成が後回しになっていないでしょうか。
電話した内容についてもきちんと残しておくことを心がけるとよいと思います。
クライアントとのやりとりがメールやチャットの場合は、ニュアンスがうまく伝わっているか、メールなどの内容を受信者の立場で読み返して、適時電話で補足することもよいかもしれません。
またクライアントとのコミュニケーションに限らず、所内でのコミュニケーションもとても重要です。
何かあったときにすぐに報告・相談できる関係性を築いておくためには、普段の小さなことでも上長からも相談を持ちかけたり報告や連絡をしたりしておくと、部下からの相談も自然としやすくなるように思います。
大事故を防ぐためにも、所内外問わずちょっとでも気になったときにそのままにせず、解決しておくことがポイントだと思います。
Q これから税理士として活躍をしていきたい若手にも必携の一冊だと思います。クライアントとのコミュニケーションのほかにも、トラブルを未然に防ぐため、とくに若手が心がけるべきことやポイントがあれば教えてください。
A これから活躍をしたい若手の場合は、業界での経験が浅いため、クライアントに質問された場合に適切な回答をすぐに行えないことが多いと思います。
しかしその場で適切な回答ができなくても、多くの場合にはすぐさま問題となることはありません。
「確認して回答します」と伝えて条文を参照する、文献を確認する、上長に質問し、そのうえで適切なタイミングで回答を行うという基本的な対応を怠らないことが重要と思います。
クライアントとのやりとりで、その場をうまくやり過ごすことができた場合には、ともするとちょっと冷や汗はかいたものの大丈夫だった、ということだけを記憶していて、肝心の正しい知識や答え方が身につかないことが懸念されます。
またクライアントである社長との間に年齢差がある場合、伝えるべきメッセージを受け取ってもらえないこともあるのではないでしょうか。
「税務上はこうです」と単に伝えるのではなく、社長の考え方を尊重したうえで、伝え方を変えてみるのもよいかもしれません。
このような対応方法にたけた先輩に教えを乞うたり、上長から社長に対して意見してもらうことも効果的かと思います。
Q 窪澤先生ご自身について聞かせてください。
A 大学卒業後は大学職員となったのですが、配属されたのは学生と直接の接点がない財務部でした。
学生に関わる仕事ができている同期をうらやましく思いつつ、与えられた環境で何かできることがないかを考え、簿記の勉強を始めることとしました。
税理士を目指し始めてからは、昼休みには図書館で勉強するなど大学職員のメリットも大いに享受しました!
現在の仕事は、実際に実務に関わりながら、税賠の分野では他の先生方へ税賠予防をお伝えするという、自分にしかできない、とても意義深い仕事と認識しております。
私が活動することで、将来の税賠事故が1件でも2件でも減ってくれたらと思っています。
Q 窪澤先生が大事にされている本と、その理由を教えてください。
A 坂田純一著『新版実践税理士法』(中央経済社)です。
大学院で税理士法と税賠に関する科目を担当させていただき、ちょうど勉強させていただいているからです。
税理士とはどうあるべきか、と考えることも税賠の理解に必須と考えています。
Q 今後の執筆予定や書きたいテーマがあれば教えてください。
A 税賠対策のマニュアルの具体的なものを、というお題を頂戴しており、目下構想中です。
各事務所によって対策の仕方はそれぞれですが、汎用性のある具体的なものをどれだけ示すことができるか、悩んでいるところです。
著者紹介
氏名 | 窪澤朋子 |
プロフィール | 東京共同会計事務所、税理士・損害保険プランナー。
茨城県出身。上智大学外国語学部卒。 【主な著書】 【セミナー】 2021年4月から1年間、中央経済社『税務弘報』にて「税務トラブルを起こさない事務所の掟」を連載したものを、今回書籍化。 |
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